つま先ジョニー

卯月二一

つま先ジョニー

 2XXX年某所。


 世界はAI及び仮想現実の技術が飛躍的に進み、人は自己の妄想をバーチャル空間にほぼ現実と変わらぬ状態にまで再現することが可能となった。かつて行われた人工知能(AI)エージェントを使用した疑似社会シミュレーションによれば、彼らは人のように振る舞い独自の文化圏を形成することが確認されたという。個々人が生成したこの時代の妄想仮想空間は、その実験通り、かつて人類が長きに渡り営んできたそれと全く区別できないまでのリアリティを持つこととなった。『AIにも人権を』という世界的な社会ムーブメントが起こるのは当然の流れであり、創造主たる人間の行き過ぎた『ご都合主義』、『R18相当のけしからん行為』、『その世界のバランスを崩しかねない俺ツエー』といった悪を断罪する組織が秘密裏に誕生することも必然であった。


 その組織のひとり。それが彼、【つま先】ジョニーである。



「ジョニー、あなた行ってしまうの?」


 深夜の酒場のカウンターで隣に座るキャサリンが、うるんだ目で俺にそう言う。


「ああ、男には自分を犠牲にしてでもやらなきゃならないこともあるんだ。分かってくれよハニー」


 そう言い残すと、勘定かんじょうは彼女に託すとして、俺はそのまま店を出た。



 俺が何者かって? どうしてアンタが俺のことを認識できているのかは知らねえが、いいぜ教えてやる。俺は正義のミカタってやつだ。あん? 笑うなよ。これでも数え切れないほどの世界を救ってきたんだぜ。そう、ヒーローってやつさ。憧れるだろ? なあ?


 ああ、対象を見つけたぜ。分かるか? あそこを歩いている金髪のイケメン野郎だ。が実際どんなつらしてるかなんて興味もねえが、心のほうはかなりゆがんじまってるようだ。上からの情報によると『ざまぁ』もそこそこに『未成年女子によるハーレム』を形成して、好き放題やっているっていうクズだ。


 この世界の創造主を相手に大丈夫なのかって? 


 アンタ見かけによらず優しいんだな。


 まあ、見てろって。



「おい。お前!」


 俺は様々な種族の美少女をはべらせる金髪野郎に声をかける。


「何だ君は? 僕に勝手に話しかけるなんて、お前のようなを『』に書いた覚えなんてないぞ!」


「だろうな。だが、『』って言葉ぐれえ聞いたことあんだろ?」


「そ、それは……、お前は闇の!?」


 創造主は魔法による多重防護壁を展開する。やっぱ、緊急時ってのは自分の得意な(よく書く)魔法がでちまうもんだな。金髪男の両手にそれぞれ闇と光の魔法が形成されようとしていた。


「無詠唱はいまどき基本だとしても、反発する属性アリアリってのはあんた、チートが過ぎるってもんだぜぃ」


 その刹那せつな、俺の履いていた革靴を突き破り、計10本の対魔法無効術式が魔法銀により刻印された弾丸が、高速で発射された。


「ぐ、ぐはっ……、それは卑怯ひきょうだ……ろっ」


 弾丸と化した俺の足の指たちは多重防護壁を容易たやすく貫通し、創造主の複数の急所を撃ち抜いた。もちろん創造主はこの世界で自己の肉体はもたない、あれはアバターである。だが、俺の攻撃はこの電脳世界の果てにある創造主の装着型デバイスを通して彼の精神に破壊的なダメージを与える。きっと、それがトラウマとなりもう二度とこんな愚行ぐこうを繰り返すことはないだろう。少なくともそう俺は信じている。



「おじさん、何して遊んでるの?」


 こんな深夜だというのに幼い少年が俺を見下ろしている。そう、俺はいま地面にいつくばっている。俺の改造したつま先。それを支える10本の完全兵器化した指先をすべて解き放ったのだ。その代償は大きい……。俺の足は正座した場合でいうところの『』動けない感じなのである。まさに無防備。失敗すれば敗れていたのは俺のほうだった……。


 

 ああ、まだ見てたのかアンタ。これは教訓だ、覚えとけ。『良い子は真似するなよ』だ。


 

 俺に飽きたのか、離れたところに立っている母親のもとに駆けていく少年の背中を見ながら、俺は右手を上げていつまでも振っていた。



「これで世界は守られたぜぃ」



 

 了


 

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つま先ジョニー 卯月二一 @uduki21uduki

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