第5話 金平糖のお菓子言葉は……



○ユナのマンションの前・吉成の車の中

(これは夢なんじゃないかしら?)

新人の頃の失敗談でいじられながら、先輩と楽しく会話している。

(ああ……もう家に着いちゃった……)

楽しい時は、瞬く間に過ぎる。

 


 ユナ

 「あ」


いつの間にか、出した覚えもないのに。

膝に置いたバッグの上には、みーさんからもらった金平糖の小瓶が置かれている。

もじもじと手持無沙汰にいじっていたみたい。

 (これ……好きな人と一緒に食べると、思いが通じるって言ってたっけ……)

(信じるわけじゃないけど……絶好のチャンス)

私は小瓶のふたを開け、勇気を出して先輩にひとつぶ差し出した。


ユナ

 「お口直しに、どうぞ?」


 「うん? 何? 金平糖?」


ユナ

 「今日、みーさんにもらったんです」


 「へぇ。ありがとう。知ってた?」



私はドキリとする。

(まさか、先輩も知ってるの?)



ユナ

 「な、何を、ですか?」


先輩は私のてのひらの上から金平糖をつまんで口に入れ、こちらを見て笑んだ。


「金平糖って、舐めるんじゃなくて食べるものだって」


私は胸をなでおろす。


ユナ

 「知ってます……」

 


私はもうひとつぶ小瓶から取り出して、自分の口に入れた。

ぽりぽり、がりがり。

私と、先輩の金平糖をかみ砕く音。

私たちは顔を見合わせてくすりと笑い合う。

 


「じゃあ、金平糖のお菓子言葉、知ってる?」


ユナ

 「お菓子言葉? そんなのあるんですか? 知りませんけど」


 「俺はみーさんに聞いたから、知ってる」


ユナ

 「教えてください。どんな意味なんですか?」



先輩はふ、と笑って優しいまなざしで言った。



 「あとで検索しな。実は俺も最近、みーさんから金平糖もらったんだ」


ユナ

 「うそ……じゃあ、先輩も、みーさんから聞いたんですか?」


私の鼓動がさらに速くなる。


 「伝説の菓子職人が作った不思議な金平糖で……ってやつ?」


(うわぁっ! ど、どうしよう? バレてるっ!)

(逃げたいけれど、シートベルトにつかまっていて逃げ場がない!)

(いやいやいや、これ、どうすればいいの? 玉砕一歩手前では?!)


 「俺もきみと食べたいと思ってたから、これはこれで願いが叶ったかな」


先輩はふ、と笑んでそう言った。

た・し・か・に! そう言った。 


え?

ええ? そ、それは……それってつまり……


ユナ

 「!」


私は悲鳴を飲み込んだ。


(き、訊き間違いじゃない、よね?!)


ユナ

 「先輩のは……どこにあるんですか?」


(あわわ。私ってば、何を口走ってるんだろう? もはや…正気でいられない)


 「うん? 会社のデスクの中にある。今度、あげるよ」


(これは、ほんとに夢じゃない……?)



私は手の中の小瓶を見つめて呆然とする。



 「会社ではひとの残業代わってあげることも多いみたいだけど」


ユナ

 「な、なんでそんなこと知ってるんです?」


 「つい、目が行くんだよ」



(私のこと、見ていてくれたの?)



先輩はすごく優しい笑みを浮かべる。



 「明日、囲碁の本のこと、会長に一緒に報告に行こうか」


ユナ

 「会長って……」


 「みーさん」


ユナ

 「?!」



私は呆然とする。

先輩はハンドルに頭を載せて、とびきりの笑顔を私に向けてくれた。


   

 「きみに金平糖をもらったことも、話したら喜ぶだろうな」


うろたえてぎゅっと奥歯をかみしめると、金平糖の残骸が砕かれて、ふわりと甘さが口の中に広がった。



【完】








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☆金平糖のストラテジー☆ しえる @le_ciel

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