つま先の秘密。

音雪香林

愛の証。

 百円ショップでつま先だけにかぶせる靴下を見つけた高校生のとき「やっと私の望んでいる商品ができた!」と脳内で快哉した。


 小さい頃からずっと冷え性で、季節を問わずつま先がひんやりとしてツラかったのだ。

 

 さっそく複数購入したのは言うまでもない。


 その靴下に一年365日ずっとお世話になって数年が経ち、女子大生になった。


 高校時代まで縁がなかった「合コン」なるものにも誘われるようになり、ある日彼氏ができた。


 デートを重ねて数か月、ついに彼氏が一人暮らししているマンションにお邪魔することになった。


 夏だったが私はやっぱりつま先だけの靴下を履いていて、それを目にした彼氏が。


「へー、そういう形の靴下もあるんだね」


 と珍しそうにしげしげと眺めてくるのが少し恥ずかしかった。


 リビングに通され、冷えた麦茶とわざわざ買ってきたらしいパイ生地のお菓子でおもてなしされる。


 しばらく時が経過し、御手洗いに行きたくなった。


 彼氏に場所を聞き、立ち上がって数歩歩いたとき、靴下の片方が脱げつま先が覗く。


 彼氏がまたも視線を注いできて。


「それってペディキュアってやつ?」


 私は靴下を履き直しながら「そうだよ」と短く答えた。


「指先のネイルは肌色に近い薄ピンクなのに、ペディキュアは青なんだね」


 彼氏が不思議そうにするのに対し。


「ペディキュアは基本誰かに見せたりしないし、自分の気分を上げるために塗ってるから。夏だから海をイメージしてみて青にしてるの。涼し気でいいでしょ」


 と説明すると、彼氏は「ふ~ん」と私のつま先の青を凝視しながらしばし何かを考え込み、顔を上げた。


「あのさ、今度から俺にペディキュア塗らせてくんない?」


 私は思わずきょとんとしてしまった。

 彼氏は続ける。


「そして、俺が塗った爪は俺以外の奴に見せないでほしい」


 私はびっくりした。

 それまで彼氏は淡々とした印象の人で、独占欲とか執着とかとは無縁なんだと思っていたから。


「嫌かい?」


 そんなの当然。


「ううん、むしろ嬉しい」


 あなたが、一部とはいえ私を占有したいという欲を抱いてくれたことが。

 彼氏は。


「二人だけの秘密、だな」


 と至極幸せそうに微笑んだ。


***


 あれから二十年。


 結婚して子供ができて、けれどその子供にすら彼は私のつま先のペディキュアを見せなかった。


 いつも、二人きりになれる寝室で彼は私の足の爪に色をのせる。


「秋だから、黄葉をイメージしてみたよ」


 彼はすっかり季節や行事に合わせて彩ることを覚え、塗るときも手慣れたものではみ出させたりはしない。


「あなたは私のことが本当に好きね」


 茶化すようにそうこぼすと。


「当たり前だろう」


 ごく自然にそんな返しがある。

 二十年前、あまりにも淡々とした態度の彼に、私は本当に愛されているのか不安だったのだけれど。


「お前だって、俺以外の人間にこの爪を見せたことはないだろう?」


 跪いて私の足を手に取りながら「マッサージもしようか」と冷たいつま先を気遣ってくれる。


 あのとき、靴下が脱げて良かった。

 おかげで今がある。

 彼が私を愛し、私も彼を愛している証。


 二人だけの、秘密のペディキュアが今とこれからを作っていく。




おわり


読んで下さった方ありがとうございます。


事情があり応援コメント欄を閉じているので「レビューコメントも迷惑かな」と懸念される方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはありません。

むしろ嬉しいです。

レビューコメントを頂けた場合、お礼の文章は近況ノートに載せることにしています。


よろしくお願いいたします。

あなたにも私にも幸運が訪れますように。



おわり

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