第2話:恐怖! ヴァンプナイト

実は万能治癒の【完治】が使える俺、追放先の田舎で救世主と崇められる

 ――英雄とは、主人公とは、『救う者』だ。

 世界を、人類を、果ては悩める美少女や美女まで。

 困難の前に膝をつく弱者たちに、颯爽と駆けつけて救いの手を差し伸べる。

 これこそ英雄の、主人公の特権であり使命ではなかろうか。


 つまり……あらゆる病を癒やす、この《完治の英雄》こそが世界の救世主!


「【ヒール】! ――ほら、これでもう大丈夫ですよ」

「おお! 転んだ拍子に折れちまった足が、一瞬で元通りに!」

「立てる! 歩ける! 走れる! 痛くないどころか、元気が漲るようじゃ!」

「流石は■■■カンチ様の【ヒール】じゃな! どんな怪我も一瞬で治してしまう!」

「次はわたしの怪我も見てくだされ! 包丁で指を切っちまってねぇ」

「俺も今朝から、なんだか具合が悪くてよぉ」


 今日も朝から村人たちが、自分を頼って群がってくる。

 我が《主人公特権》の恩恵に与ろうと、田舎者どもは媚びへつらうのに必死だ。

 勿論村の救世主として、カンチは嫌な顔一つせずに笑顔で応対してやった。


「やれやれ、順番に並んで……もらう必要もないか。【ヒール】!」

「おお! 光を浴びただけで、全員の怪我がいっぺんに治っちまった!」

「気分もすっかり爽快だ! 本当にカンチ様の【ヒール】は素晴らしい!」

「前の《才神官サイプリスト》とは、まるで別次元の治癒魔法だ!」


 当然だ。自分は前任のような、《勇騎士ユーナイト》になれなかった無能とはワケが違う。

 救いようのない馬鹿な親のせいで、こんな田舎の貧村に追放されたときは絶望したものだが……全ては真の力に覚醒するための前フリだったのだ。

《才神官》は神に仕える聖職者。しかし自分は、選ばれし神の代行なのだから。


「ありがたや、ありがたや。カンチ様は村の現人神じゃ」

「もうカンチ様の【ヒール】なしじゃ、あたしたち生きていけないねぇ」

「ワシなんてもう一日一回、カンチ様の【ヒール】を受けなきゃ元気が出ないくらいで! って、これじゃ逆に重病みたいですなあ!」


 アッハッハッハッハ! と朗らかな称賛の笑い声に囲まれる。


 ……正直、老人ばかりなのは不満だが、こればかりは仕方ない。

 ただでさえ都市への出稼ぎで若者が少ない寒村。老人と女子供の数がほぼ同じという有様なので、どうしても老人の面倒を見る機会が圧倒的に多い。


 ――なあに、焦ることはない。こんな田舎村だが、女の見目は及第点だ。

【ヒール】のおかげで、女たちは健康体で血色も良い。中には人妻もいるが、旦那は出稼ぎで不在。きっと若い欲求を持て余しているから、むしろ格好の獲物だ。


 後は治療という名目で触り放題のヤリたい放題……万能チートの【ヒール】を利用すれば、感度倍増・媚薬効果・催眠睡眠なんでもござれ……村長の娘を婚約者に差し出されたが、一人や五人のつまみ食いくらい、救世主には当然の役得だろ……


 ゲヘヘヘヘ、と鼻の下が伸びきっているカンチの耳に、悲鳴が届く。


「――か、カンチ様ー! 助けてくださぁぁぁぁい!」


 見れば、壮年の男が顔面を蒼白にしながら走ってくる。

 全力疾走してきたのか、男はカンチの前でへたり込んだ。

 老いぼれの次は野郎かよ、と内心で舌打ちしつつ、カンチは営業スマイルで応じた。


「やれやれ。そんなに慌ててどうしたんです?」

「そ、そ、それが……! ぞ、ぞ、ゾゾゾゾ!」

「悪寒がするんですか? 風邪かな? それとも、あー、もっと重い病とか?」


 なんにせよ、大袈裟なことだ。この《完治の英雄》がいる限り、どんな不治の病も恐るるに足らないというのに。

 しかし男は青い顔をしたまま、なぜか自分がやってきた後方を指差す。


「――村のモンが、ゾンビになっちまったああああ!」

「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」

「な、なんじゃああああ!?」


 現われたのは、なんとも意味不明の奇怪な集団だ。

 見覚えのある村人ばかりだが、様子があまりに異常だった。


 生気を失った青白い肌。白目を剥き、頬の痩せこけた死人のごとき顔。

 そして――グネグネと腕を揺らし体を揺らし、なんか奇声を上げながらこちらに迫ってくる!

 死者の行進というより、奇祭めいた乱痴気騒ぎの様相だ!


「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」

「うわああああ!? 動きがキモイ! 肌が白い! そのくせ妙に笑い声のテンションが高い! ギャー噛まれた! ……ヴェハハハハ!」

「噛まれたヤツもゾンビになってる! ゾンビって感染するものだっけ!?」

「しかも皆して、なんか髪が逆立ってるんじゃが!? ゾンビってそういうものじゃったか!? 初めて見るが、なんかワシの知っているゾンビと違う気がする!」


 十人そこらだったゾンビ(?)は、村人を噛んでどんどん仲間に加えていく。

 村人たちが阿鼻叫喚に包まれる中、カンチだけはすぐに平静を取り戻した。


「や、やれやれ。皆下がって。ここは私に任せてください」

「おお、カンチ様!」

「無敵の【ヒール】でなんとかしちゃってください!」


 村人たちから期待の眼差しを一身に浴び、カンチは泰然と構える。

 色々と謎のゾンビ化だが、噛まれて感染するということは、なにかしら未知の病気である可能性が高い。

 ならば、あらゆる病魔を消し去る我が【ヒール】で治らない道理がない!


 仮に病気でなく呪いや魔法の仕業でも、この【ヒール】は呪詛の浄化や魔法の無効化もできる。何故って、これはただの【ヒール】ではない。世界の主人公である自分だけが使える、チートスキルの【ヒール】だからだ。


 それに、そう――これは未知のゾンビ病から、主人公の自分が人類を救う展開!

 間違いない。『なれる!』シリーズでも読んだことのある展開だ。


 おそらく、既にゾンビ病は王国中に広まっている。

 王都の《大司教》にも対処できず、治せるのは我がチートスキルのみ。

 自分を追放したクソ親を始め、自分を軽んじた愚物どもは因果応報で死亡。

 自分に選ばれた、利口で善良で優秀な人間だけが救済される。


 そして、《完治の英雄》は人類の救世主として歴史に名を刻むのだ!


「神の聖なる光よ! 全ての穢れを癒やし清めたまえ! 【ヒール】!」


 栄光への第一歩に、カンチの掲げた手が光り輝く。

 光がゾンビたちを包み込み、そして――!


「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」

「…………あれえ?」


 なにも起こらなかった。


「【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】! 効け、効けよ! なんで効かないんだよ!? 主人公様の【ヒール】なんだぞ! さっさと治れよ! 【ヒール】!」

「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」


 カンチは狂ったように【ヒール】を放つが、ゾンビにはなんの変化もない。

 なぜ。どうして。混乱している間にもゾンビは数を迫ってくる。


「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」

「カンチ様、助けて――ギャ!?」

「く、来るなああああ! うわああああ!」


 自分に縋りついてきた村人をゾンビへ突き飛ばし、カンチは逃げ出した。

 唯一の頼りを失い、残った村人たちも方々に散って逃げ惑う。


「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」「ヴェハハハハ!」


 奇怪なゾンビの行進を止める術はなく、悪夢の宴が幕を開けた。



☆☆☆



 ――そして一連の騒ぎを、無人になった見張り台の屋根から眺める影が三つ。

 鬼と蜘蛛と蝙蝠の仮面。《フィアーズ・ノックダウン》幹部の三人である。


「ヴァハハハハ! どうだ? ゾンビが走って襲って増殖する! 人間は逃げて隠れて抵抗する! 果たして、彼らは生き延びることができるのか!? これがゾンビパニック! なかなか劇的にスリリングな見世物だろう?」

「確かに見世物として眺める分には、なかなか愉快……の、はずなんでしょうね。でもあのゾンビモドキがヘンテコ過ぎて、話が頭に入って来ないんだけど? なに、まさかアレも悪役の様式美ってワケ? ……マジかー」


 グッ! と親指を立てられ、蜘蛛仮面のファウストは頭痛でか額に手を当てる。

 鬼面のマクスウェルは、その反応さえ楽しそうに笑っていた。

 そして、後ろで静かに立つ蝙蝠仮面のメフィストへ呼びかける。


「さて、半日ほどで『主役』も到着するだろう。蜘蛛の次は蝙蝠が、俺の最も愛するヒーローでのお約束だ。このによる悪魔の実験場で、反逆者どもを存分に歓迎してやるがいい。メフィスト――いや、《ヴァンプナイト》よ」

「全ては、偉大なる主の望むがままに。……キキキキ!」

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2025年1月11日 10:00
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悪の大首領の異世界征服 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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