十字騎士の肖像~なぜ彼の運命は変わってしまったのか
クリストフ=ライドレークは、ライドレーク公爵家の嫡子だ。
ロクレスト王国を支える五つの柱、《五大公》の一角。
かつて王国の脅威だった火竜を討ち、伝説を残した《竜殺し》の末裔。
受け継いだ血統と魔力に、クリストフも誇りを持っていた。
「んー……せい!」
学園に入学する直前、当時十二歳の頃。
屋敷の離れに設けられた、石造りの訓練場にて。
少年のクリストフは、騎士団の任務より帰った父に、訓練の成果を見せた。
「おお!」
執事が感嘆の声を上げる。
クリストフの周りを円形に並ぶ、百本近い数の燭台。
それが一斉に、全くの同時に燃え上がったのだ!
「凄い! 炎を広げて燃やしたんじゃない、辺り一帯から同時に炎を出した!」
「これはつまり、その一帯の《マナ》を完璧に支配しているということ!」
「流石はクリストフ様! 公爵家の血統に恥じない、いいえそれ以上の魔力!」
使用人や衛兵たちも、口々にクリストフの才を称賛する。
これにはクリストフも得意満面、だったのだが。
「えへへ――痛い!?」
「世辞を真に受けて調子に乗るな、馬鹿者」
岩のような拳骨を落としてきたのは、父のライドレーク公爵だ。
顔つきもまた岸壁のごとく険しく、鍛えられた肉体はまさに鋼。
髪と瞳の紅は同じ色のはずなのに、触れれば灰と化す業火のように映って、クリストフは自然と居住まいを正していた。
「私は燭台に火を点けろと言った。しかし、見よ。燭台が丸ごと黒焦げになっている。火力の調整ができていない証拠だ」
「だけど父上! 魔物を倒すなら、火力は高いほどいいじゃないですか!」
――久しぶりに帰ってきて、最初に出るのがお説教か。
そんな反感から出た口答えにも、父は冷静に返す。
「いいか? 騎士とは、ただ力で敵を倒せばいいものではない。守るために力を振るい、力のない民に平和と安心を与えてやること。それこそが騎士の、貴族の使命であり責務なのだ。かつて世界を救ったという《勇者》がそうであったようにな」
勇者が偉大なのは、力があったからではない。
その力を、世界中の人々を勇気づけ、希望を示すために使ったからだ。
――そう語る父の表情は、不思議と穏やかだった。
父自身が、憧れの英雄へと思いを馳せるかのように。
「命を奪うことしかできない炎では、民を怯えさせてしまう。民の脅威を焼き払うこと、民の暮らしに温かな火を灯すこと、どちらも成してこその騎士だ。だからクリストフ、お前は指先よりも自在に炎を扱えるようになれ」
最後に、父はクリストフの頭を撫でながら微笑んだ。
「――私が同じ歳の頃でも、クリストフほどの火力は出せなかった。お前には私以上の才能がある。慢心せずに才能を磨けば、お前はライドレーク公爵家の歴史上、最高の騎士にだってなれるだろう。寛容・信義・武勇――広き心で国と民を想い。信念と義を重んじ。それらを守り抜くため、強く在れ。それが騎士道というものだ」
「……っ。ハイ! 父上!」
騎士の使命。貴族の責務。正直、よくわかってはいない。
それでも、それを誇らしげに語る父が、最高にかっこよく見えたから。
父の子であること、ライドレーク公爵家の嫡子であること。
自分に流れる血統と、その証明たる炎に、クリストフは誇りを持っていたのだ。
しかし――。
☆☆☆
「ぐぐぐぐ……ハアアアア!」
王都に危機を知らせるべく出発して、まだ一日と経っていない早朝。
日は昇っておらず、暗い森の野営地で。クリストフは火の消えた焚き木に手をかざし、火を点けようとしていた。
しかし、できない。辺り一帯どころか、ほんの三歩ほど離れた場所に火を起こすこともできない。体内で魔力を精製し、体外の《マナ》を操ることが上手くできない。
ライドレーク公爵家の嫡子。その血統の証である魔力が、失われていた。
「――くっそお!」
行き場のない怒りを拳に乗せ、傍らの木に叩きつける。
すると……自分の体ほどの太さはある木が、小枝のようにへし折れた。
魔力による身体強化も一切施していない、素の拳でだ。
ベキベキベキ! と音を立てて木が倒れ、クリストフは慌てて荷馬車を見やった。
ルナスティアは、二人旅用の荷馬車で眠っている。簡素な荷車に繋がれているのは、奇怪な鉄の馬だ。元々荷馬車を引いていた普通の馬は、村で預かってもらった。
幸い、ルナスティアが起きた様子はない。「ヌゴゴゴゴ」と、淑女らしからぬイビキが聞こえてきた。
クリストフは思わず噴き出してしまい、おかげでいくらか気持ちが軽くなった。
それでも、不安と恐怖は拭い去れない。魔力とは異なる暗黒のエネルギーが漲る、この変わり果てた体と――この体のことを知ったときの、父の反応を思うと。
「……こんなバケモノみたいな体で、今の俺はライドレーク公爵家の嫡子と言えるのか? ライドレークの血統が、誇りが、この体に残っていると言えるのか?」
クリストフには歳の離れた弟妹がいる。公爵家の血が絶える心配はない。
しかし継ぐべき血統も魔力も失った自分を見て、父はなんと言うだろうか。
答えは見つからない。探すのも恐ろしくて、頭を空っぽにしようとする。
太陽が昇り、暗闇に日が差すまでの時間が、クリストフには永遠に感じられた。
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