蜘蛛女の肖像~かくして彼女は悪魔と踊る~

「……っ」

「お、目が覚めたか? シンディ」


 妙に気怠い心地の中、薄暗い部屋でシンディは目を覚ます。


 悪の組織の大幹部、《悪党団長》のファウスト。

 蜘蛛の《怪騎士》、アラクネナイト。


 その二つが新しい、本当の自分の顔と言うべきモノになってかれこれ四年経つ。

 それでも、親から与えられた名前は身に染みついて離れないものだ。

 そのことに忌ま忌ましさを覚えつつ、シンディは傍らの少年に尋ねる。


「あたし、あの十字仮面に倒されたんじゃ――」

「ん? 記憶が混乱しているのか? 『修復』ならとっくに終わらせただろ?」


 そう言われてシンディは、自分が手術台の上ではないことに気づく。

 寝室らしき部屋のベッドに横たわっているのだ。……なぜか、シーツを被っているだけの一糸纏わぬ姿で。


 ああ、そうだ。自分はクロスナイトに敗れた後、彼に回収された。

 そしてロクレスト王国の各地――というかそこら中にある拠点の一つで、破壊された肉体の修復をとうに終えていた。


 だから身体が重いのは、戦いのダメージではなく……。


「あーあー、すっかり思い出したわ。修復した身体のチェックと称して、あんたに散々弄ばれたんだったわねえ? ギル」

「えー。チェックはちゃんとしたチェックだったんだぞ? 途中から『おねだり』してきたのはシンディの方からじゃなかったか?」


 シンディを悪の道に引きずり込んだ、悪魔の少年はケタケタと悪びれずに笑う。


 ギルダーク=ブラックモア。

 それがこの少年の、人間としての本名……らしい。

 もう何度も肌を重ねている仲だが、未だに謎が多い男だ。


「うっさい。ギルの手つきがいやらしいのが悪いのよ。この女たらし」

「心外だな。別にそんな目的で身についた手管じゃない。ただ――実験のためにたくさん人間を切り刻んで、弄くり回して、改造してきたからなあ。壊し方や直し方のついでに、悦ばせ方も覚えたってだけさ」


 おぞましい発言をなんでもない調子で口にしながら、ギルダークの指先がシーツ越しにシンディの肢体へ触れた。

 スタイルの良さが浮き出た起伏を、触れるか触れないかの絶妙なタッチでなぞる。


「――っ」


 邪悪な発言とは裏腹に、その手つきは恋人を愛撫するように優しくて。

 甘い疼きで再び身体に火が点きそうになるのを、シンディは唇を噛んで耐えた。


「その、割にっ。女の抱き方は甘いんじゃないの? 悪魔ならもっとこう、鬼畜で自分勝手なものじゃない?」

「そう言われてもなあ。好き勝手にしてこうなんだぞ? 女を痛めつけて興奮するような趣味じゃないってだけだ。どうもベッドの上じゃ、こうしてドロドロに蕩かして悦ばせる方が昂ぶる性質らしくてな」


 優しさや愛情ではなく、単にそういう性的嗜好なのだとギルダークは言う。

 それが純然たる本音なのはシンディも知っている。しかし唇を噛み切らないよう指でほぐす仕草も、また甘ったるいほどに優しい。


 どうにも癪に障って、シンディはギルダークの指に軽く歯を立てた。


「世界征服なんて言い出す極悪人のセリフじゃないわね。それに自分で反逆者を作るわ、始末しろとか言っといてエンチャント抜きで戦えとか縛りつけるわ。真面目に世界をぶっ壊す気があるわけ? そもそも……『』っていうのが意味わかんないのよ。仮にもラスボスでしょ? あんた」

「だってなあ。後ろでふんぞり返るだけじゃ退屈だろ? かといって、大首領がホイホイ前線に出るわけにもいかないからさ」

「いやいや、幹部だって普通そうそう前線には出ないわよ」

「悪の組織的にはアリなんだ」


 大幹部《悪鬼元帥》のマクスウェルにして、《大首領》フィアーは笑う。

 また様式美がどうとかいうヤツか。その妙な自分ルールといい、《ヒーロー》という概念へのこだわりといい、やることが子供の遊びめいている。


 しかし、


「それとな――正確には、別に世界をぶち壊したいんじゃない。世界がぶっ壊れるくらいの、スケールがでっかい劇的な舞台で遊びたいのさ。そのためにも壊し甲斐のある英雄玩具がいなくちゃ、舞台が盛り上がらない。やり過ぎるくらいに暴れるのが一番楽しいって、シンディもよく知っているだろう?」


 自分が楽しければ、世界が壊れようがどうなろうが気にも留めない。

 この無邪気なまでの傲慢さと無情こそ、彼が人でなしの悪魔たる所以だ。

 そして……そんな彼に心惹かれている自分も、立派な人でなしに違いない。


「なら、せいぜい最高の舞台を用意してよね。そうすれば――あたしが、最高に残虐で劇的なダンスを踊ってあげる」

「……いいねえ。期待してるぜ? 俺の一押し女優さん」


 見つめ合った後、互いに軽く噴き出す。自分たちにロマンスとか無理そうだ。


 皆がありがたがる『平和な街』の中で、自分は呼吸もできずに喘いでいた。

 この手で『平和な街』をめちゃくちゃに壊したとき、初めて自由に澄み切った空気を吸えた。瓦礫と死体だけが広がる地平線の、清々しい眺めと言ったら!


 世界をぶち壊したとき、どれほど見晴らしの良い景色が広がっているだろうか。

 本当、楽しみで仕方ない。


「それで、『王都全滅作戦』に向けた次のフェーズは?」

「ああ。作戦のためにも必要なものがあってな――《スライム》だ」

「……はあ?」

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