明くる日の虚無

小狸

短編

 * 


 基本的に私の起床時間は、朝の三時から四時である。早すぎると思う方もいらっしゃるかもしれないが、何のことはない、寝る時間がただ早いというだけなのである。仕事を終えて帰宅し、シャワーを浴び、時には風呂に入り、食事も食べずに寝てしまう。勿論、化粧を落とすだとかその辺りの過程は、今回省略している。

 

 そんな早くに起きて何をしているのかというと、基本的に小説を書く時間に充てている。


 というか、小説でも書いていないと心の余白ができ、そこに希死念慮が舞い込んでくるからである。


 私はどうやら、心の余白を、余暇を楽しむことのできる人間ではないらしい。


 空白があると、すぐさま奥に引っ込んで詰め込んだはずの希死念慮が顔を出し、私の脳髄を塗りつぶすのである。


 それは困るので、何か作業をしようと思い、行き着いたのが、小説を書く、ということだった。


 別に小説家を目指しているだとか、そんな高尚な目標はない。どちらかというと、文章を重ねるのが趣味、とでも言おうか。いささか文学を冒涜したような言い方になってしまったけれど、私にとって小説というのは、文章の集合体なのだ。故に私は、感覚派ではなく理論派だと思う。


 書いているのは、主に私小説である。


 自分の周りで起きたことや、友達の体験を、やや諧謔的に、自嘲的にまとめて書いている。ほとんど手記のようなものである。


 打鍵速度がそこまで速くはなく、そしてどこかに投稿しているというわけでもない。目標もなければ目的もない、ただの希死念慮の誤魔化しとして始めた小説の執筆だったけれど、どうやら思った以上に続いてしまったらしい。


 掌編小説にして、約二百七十作。

 

 最近は小説投稿・閲覧サイトというものがあるので、そこにつらつらと投稿しては、「いいね」や「評価」の数、時折書き込まれるコメントにに一喜一憂している。いや、一憂はほとんどないか。時々、心ないコメントを書かれて心が折れそうになることがあるが、まあ無視である。顔の見えない輩からの余計なお節介だと受け取っておいている。


 今日もまた、早朝の脳内の虚無時間に、私は小説を執筆している。


 今日の内容は、昨日の帰りの人身事故についての話であった。どういう理屈で人身事故が起こるのか定かではないけれど、まあ要するに人が巻き込まれて亡くなっているということだ。その人を悼む気持ちと、帰宅ラッシュに巻き込まれてとんだ迷惑だという気持ちと、そんな小さなことで怒り心頭になりかける自分の小ささに脱帽する気持ちと、後処理をしたり、「お客様にはご迷惑をおかけし、申し訳ありません」とアナウンスする鉄道関係者の方への苦労が絶えない気持ちと、その他色々が織り交ざって、何だかよく分からないお気持ち表明みたいな文章になってしまった。


 このまま公開すれば、数人からは「稚拙」だとか「文章が独りよがり」だとか、そんな誹りを免れない小説になってしまう。


 だがまあ、何でも完璧な人間など存在しない。

 

 絶賛があれば、瑕疵もある。


 それに私は、誰のためでもない、私のために小説を書いているのである。


 だったら、これでいいか。


 そのまま、二、三度校閲をして、小説を投稿した。


 仕事後に確認したら、案の定、何人かからお気持ち表明的感想が届いていた。どうも最近の読者というものは、私の小説を通して最近の時流や時制を批判したい傾向にあるらしい。長文短文の感想がいくつか届いていた。


 感想が届くということは、それは誰かが読んでくれたということに等しい。


 素直に嬉しいと思う。


 まあ、それを素直に受け取るかどうかは、私自身が判断することだけれど。


 去年は誹謗中傷にも似た意味不明なコメントを送ってくる輩が二、三人いて、ほとほと困ったものだった。放置しても大丈夫だろうか? と思ったものだけれど、気にせずに投稿していたら、その内コメントはなくなった。


 読まれなくなったのだろうか、とは思わなかった。


 まあ、それでも別に良いのだ。

 

 合わないものを無理して読む必要などない。世には誹謗中傷目的で読む人間もいると聞くけれど、生憎私には、そんな輩に構ってやるほどの余裕はないのである。


 さっきも言った通り。


 私は私のために。


 今日も朝から、小説を書く。



(「明くる日の虚無」--了)

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