第4話 同棲も、思いのほか悪くない……かも。


  ***

 

 いい匂いで目が覚めた。

 

「起きたか? 朝ごはんにしよう」


 その言葉に、首を傾げる。

 ……朝ごはん?  夕ごはんは? 

 あー、あのあと、朝まで寝ちゃったのか。寝すぎた……。


「顔洗って来な」


 私の代わりに、お腹がぐぅとナザトに返事をした。

  聞こえていないことを願ったけど、バッチリ聞こえていたようだ。楽しそうに笑っている。

 

 何もしなくても、牢番の人が持ってきてくれるのに、どうやらナザトが作ってくれたらしい。

 テーブルの上には、トーストにハムエッグ、サラダ、ヨーグルト、それからミルクティーが並んでいる。


 ナザトの席にはコーヒーがあるから、わざわざミルクティーを用意してくれたみたいだ。


 ……あれ?  私、ミルクティーが好きだって、話したっけ? 


「ほら、ハチミツもいるか?」

 

 ありがたく受け取り、パンにハチミツをかけた。

 これも、私の大好物。


 何だろう。ナザトが私を見る目が優しい気がする。相変わらず、目のハイライトはないけども。

 

「そこの本棚に、ベルが好きそうな本を適当に集めといた。好みに合わなかったり、他に欲しいのがあれば、すぐに言えよ」

「ありがとう」

 

 昨日は、本棚の中身をチェックするだけの余裕がなかったけど、そう言われると、すごく気になる。

 何の本があるんだろう……。

 

「見てくれば? 行儀よくする必要なんか、ないだろ?」

 

 そっか……。

 もう、大きな口で頬張って食べても、大声で笑っても、気になることがあって食事中に立っても、大丈夫なんだ。

 食事中に立つのは、今日だけにしとくけど。

 

「ちょっとだけ見てくる」

 

 いそいそと席を立てば、ナザトもついてきた。

 

「これ、俺のオススメ」

 

 そう言って、指で差した本のタイトルを見る。

 どうやら、冒険ファンタジーのようだ。


「8巻まであるんだ……」

「まだ連載中だぞ」

「そうなんだ。こういう小説、久しぶりだなぁ」


 ずっと読めていなかったけれど、本当はファンタジー小説が大好きだったことを思い出す。


 そういったものを読むのは、令嬢として良しとされていない。冒険やファンタジーではなく、貴族令嬢は恋愛小説が主流なのだ。

 

 両親は放任だったので、王子と婚約する前は何も言われなかった。

 けれど、婚約してからというもの、私の行動にチェックが入るようになり、読めなくなったのだ。


 その行動のチェックも、ここ数年はなくなっていたけれど。

 古代ドラゴンが復活をしたから、私をチェックしている場合じゃなくなったんだろう。

 


「気に入ったものがあったら、教えてくれ。今度、本屋にも行こうな」

「うん!!」


 楽しみだなぁ……。

 って、あれ? それって、脱獄だよね?


「牢を勝手に出入りしたら、駄目じゃない?」

「帰って来るんだし、問題ないだろ」


 そういうもの? いや、駄目でしょ。

 駄目なんだけど、本屋さんには行きたい。すごーく行きたい。


「ついでに食べ歩きもするか。うまいクレープの店もある」

「行く!!!!」


 本とクレープのダブルコンボに、脱獄かも……と考えるのはやめた。

 お出かけするのが、今から楽しみ過ぎる。



 ナザトは、どうしてこんなに私の好きなことを知っているんだろう。

 調べた? ううん。つい最近までの私からは、本当に好きなものは分からないはず。

 ということは、子どもの時の私を知っている?


 初恋の彼が頭を過った。

 優しくて、正義感の強い、年上の男の子。


 まさか子どもを好きになるなんて……と、自分がショタなんじゃないかと悩んだのも懐かしい思い出だ。

 たしか、中身は大人だけど、ベルリムの実年齢に精神が引っ張られてるから、仕方がないってことにした気がする。


 彼は魔法が得意で、孤児院が魔物の襲撃を受けた時、みんなを守ってくれたと聞いた。


 今、目の前にいるナザトも魔法が得意だ。

 それに、名前も瞳の色も同じ。

 だけど、昔は瞳に光があった。髪も色が違う。

 何より、裏の世界に足を踏み入れるような人じゃなかった。


「……カフカ孤児院って知ってる?」

「ベルの領地にある孤児院だろ? 知ってるよ」


 ナザトの返事を聞きながら、カフカ孤児院は、国で一番有名な孤児院になったことを思い出す。

 今や、国内の孤児院の手本とされていて、誰が知っていても、おかしくない。


「ナザトは──」


 その孤児院にいた? と聞こうとして、やめた。

 きっと違うから。

 それなのに、もしかしたら彼なんじゃないか……って思ってしまう。


 うん、初恋に夢見すぎだな。いつから、こんなに乙女思考になったんだか。

 ナザトが初恋の彼だったらいいな……と思っちゃうなんて。



「さっさと食って、本読もうぜ」


 その言葉に頷いて、席に戻る。

 大口でトーストをかじれば、ナプキンで口を拭かれた。

 その手つきは、優しい。


「これからは、楽しいことだけやっていけばいい」


 裏切った人が言うセリフとは思えない。

 それでも、短い時間で、ナザトに絆された自覚がある。


 食べ物につられたかな? それとも、本?

 もしかしたら、誰かからの優しさに飢えていたのかも。

 自分のチョロさに、少し不安になる。

 

 それでも──。


 一人暮らしだと思っていた地下牢での生活。

 強制的に同棲になってしまったけれど、思いのほか悪くないかもしれない……と思う。


 ナザトが飽きれば、どうせ一人暮らしになるしね。

 なんて思っていたのだけど、これが溺愛のはじまりだってことに、この時の私は気付きもしないのだった。



 〜おしまい〜


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【完結】地下牢同棲は、溺愛のはじまりでした〜ざまぁ後は優雅な幽閉スローライフを送るつもりだったのに、裏切り者が押しかけてきた〜 うり北 うりこ@ざまされ書籍化決定 @u-Riko

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