第3話 ここでゆっくり愛を育むのも、悪くない〜ナザトside〜


  ***


 もう寝る!! と、ふて寝したベルの鼻をつまむ。

 そうすれば、「んごっ」と声を出しながら、つまんでいた手を叩かれた。


 再び深い眠りへと入っていく姿に、契約の魔法を使ったとしても、安心し過ぎじゃないか……と心配になる。


「やっぱ、思い出さなかったか」


 ベルが俺を覚えていないと言った時、そりゃそうだよな……と思った。

 誘拐依頼に来た時も、そのあとも、無反応だったしな。

 


 俺とベルとの出会いは、もう12年も前になる。

 あの頃の俺は、今と比べものにならないくらいチビでガリガリだった。

 最低限に満たない食事に、いつも腹を空かせていた。生きているのが精一杯。そんな毎日だった。

 すきま風と雨漏りはあるが、屋根のある寝床があるだけマシだと知ったのは、俺より小さな子を路地裏で見た時だったか。


 魔物の襲撃で人が命を落とすのは、珍しいことでも何でもなくて、孤児院はいつも満員で、新しい子どもを受け入れる余裕なんてものは、どこにもなかった。


 そんな日常に変化が起きたのは、ベルが孤児院に来た時だった。

 孤児院の扉をすごい勢いで開けて、発狂していた身なりのキレイな天使のような女の子。今でもその時の姿を覚えている。


「衛生面、どうなってるのよ!? それに、痩せすぎ!! お金が足りてないの? まさか、お父様ったら必要な費用をケチってるんじゃないでしょうね!? 責任者、責任者はどこにいるの!?」


 その声に、慌てて出てきた院長をみた瞬間、鬼のような形相をしたんだよな。


「あんた、クビ!! 何よ、その贅肉は!! 話し合う価値もないわ!!!!」


 そう言われた院長がキレて、ベルに手を伸ばしたところで、ベルは悲鳴を上げながら転んだ。

 そして──。


「この男に押されて転んだわ。今すぐ捕らえなさい」


 悪い笑みを浮かべながら、自身の護衛たちに命じたのだ。

 院長は、まだ指一本すら、触れていないというのに。


 そこから、あっという間に状況が変わっていった。

 新しい院長が来て、温かい食事を食べ、ふかふかの布団で寝れるようになった。

 飢えをしのぐために水で腹を膨らませることも、町に出て、残飯を探す必要もなく、寒さに震えることもなくなった。

 毎年、冬になると体力のない奴から死んでいったけど、はじめて誰も死ぬことがなかった。


 そして1年後には、大きくて立派な孤児院が新しく建てられたのだ。


 その頃だったな。よく孤児院へとやって来たベルに話しかけられたのは。


「ねぇ、そこのあなた、字を書いたり、計算はできるの?」

「……できないけど」


 そう答えた俺に、ベルは行儀悪く舌打ちをすると、礼を言って去っていった。

 そして、翌週には、勉強がはじまった。

 教師が見つかるまで、なんとベルが教えてくれたのだ。


「私は、ベルリム。ベルって呼んでちょうだい。今日から、教師が見つかるまでは、私が教えるわ。いい、社会に出て働く時、文字が書けたり、計算ができた方が有利になるの。文字が読めないと、とんでもない契約をさけられたり、騙されるリスクが高くなるわ。生きていくために、死ぬ気で学んでちょうだい」


 7歳の少女が言う言葉てではなかったが、俺たちの中でベルは救世主で、特別だった。

 ベルの言うことなら、皆が信じたのだ。

 しばらくすると、新しい教師が来て、ベルは教壇に立つことはなくなった。そのかわりに、俺たちと遊ぶようになったのだ。


「子どもは、遊ぶのも仕事だからね」


 なんて、大人ぶって言っていた。

 誰よりも楽しんでいたくせに。


 週に一度やって来ては、遊んで帰っていく。

 ベルは、俺たちの救世主で、仲間だった。けれど、それも終わりが来た。


「もう、来れなくなった。王妃教育が始まるんだぁ」


 さみしそうに言ったベルは、諦めたように笑った。


「ナザトは、ここで誰よりも魔法が上手でしょ? 魔法で、みんなのことを守って欲しいの」


 真剣な夕焼けのようなオレンジの瞳に、俺は頷くことしかできなかった。


 また来て欲しいと言えるほど、子どもじゃなかった。

 別れがさみしいと言えるほど、素直でもなかった。

 ベルの役に立てるほどの力も持っていなかったのだ。


 もう二度と、ベルの人生と交わることはない。

 そのことがショックだった。

 恋をしていたわけじゃない。ただ、何も返せないまま、終わるのが嫌だった。


 どうしたら、またベルと会えるのか。

 必死に道を探して、ベルが褒めてくれた魔法に力を入れることにした。

 ベルは、王妃教育が始まると言っていた。城勤めになれば、またベルと会える。恩を返せると思ったんだ。


 馬鹿だよな。

 孤児院出身の俺が、城という育ちの良い連中と共に働いて、同じ扱いが受けられるわけないのにな。

 城に勤められるほどの実力は、簡単に手に入った。少しコツを掴めば、苦労はしなかった。


 魔法省の新人の中でも俺が一番の実力者だった。

 だが、そんな俺が気に食わなかったんだろう。

 すべてのミスは俺のせいにされ、挙句の果てに、ない罪を作り上げられて、クビになった。


 そこで俺は諦めた。

 腹いせに国を壊してやろうかとも思ったが、それだとベルも困るだろうとやめた。


 そして、同じように辞めさせれられたヤツにスカウトされて、裏の世界に足を踏み入れたのだ。

 仕事は実力主義で、好き嫌いで、受けるか受けないかを決めた。

 俺は気まぐれだけど、必ず結果を出すと有名になっていった。


 そんな俺の噂を聞いて、依頼に来たのだろう。

 まさか、こんな形でベルと再開するなんて思ってもいなかった。


 再開したベルはキレイになっていた。

 でも、表情は暗く、昔の明るさはどこにもなかった。


 依頼内容の誘拐も、本当はやりたくなかったんだろう。

 口調はキツく、態度も刺々しかったけど、時々噛む唇が、諦めた目が、つらいと言っていた。


 だから、わざと失敗することに決めた。

 城に忍び込んで、王子を脅した。

 おまえの大事な女を助けてやるから、ベルリムを幽閉しろ。幽閉したあとは、俺に寄越せと。


 王子はベルを本妻にして、愛する女を側室にするつもりだった。王妃としての責務だけを、ベルに押し付けるつもりだったのだ。 

 クズすぎて殺そうかと思ったが、まだ使い道があるから、取っておくことにした。殺すのは、いつでもできる。



 また昔のように明るいベルに戻って欲しかった。それだけだった。

 だけど、昔のように明るく戻っていたベルを見たら、離れたくなくなった。

 軽口を言い合うのが、心地よかった。


 連れ去ることもできたが、地下牢ここでゆっくりと愛を育むのも悪くない。ここなら、ベルの力じゃ逃げられない。

 誰も、ベルに会いに来ないから、俺だけのベルにできる。


 王子を生かしておいて、正解だった。

 同棲を邪魔するようなら、また脅して頼みを聞いてもらえばいい。


 頼みを聞いてもらえないなら、国を滅ぼそう。

 ベルを大切にしないヤツが王になる国なんか、滅んで当然だ。

  

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