第2話 寝室は、別々にしてください。


 一体、何がちょうどいいのか。

 さっぱり分からない。


 頭がクエスチョンマークで占拠されている間に、ナザトが呪文をつぶやけば、砂と化した壁が風によってどこかへ連れて行かれてしまった。


 魔法が使えることにツッコむべきか……とも思ったが、それよりも──。

 

「地下牢で同棲なんて、どう考えてもおかしいでしょ」


 こっちが重要だろう。

 そう思ったのだが、心底おかしいと言わんばかりに笑われた。


「俺、今のベル、好きだわ」

「…………そりゃどうも」

「そんだけ?」

「嘘くさいんで」

「へぇ。いいね」


 何がいいんだ……か…………。

 愉しげに細められた真っ黒な瞳を見た瞬間、背筋を冷たいものが駆け抜けた。


「いやー、わざと誘拐失敗しておいて良かったわ」

「はい?」

「成功してたら、今頃ベルの首と胴はバラバラだったもんな」


 確かに、予定通りヒロインちゃんの誘拐が成功していたら、私の命はなかったかもしれない。

 けれど、あれは別の形で失敗する予定だったのだ。


「ベルを死なせちゃうのは、惜しかったからさぁ」

「……ありがとうございます?」


 死なないように失敗をしてくれたのだとしたら、お礼を言うべき……だよね? ストーリーの帳尻合わせ、めちゃくちゃ大変だったけど。

 あのあとすぐにナザトが裏切ってきたのも、もしかしたら私が死刑にならないようにするためだったのかな……。 


「俺が助けたんだから、ベルの命は俺のものだよな?」

「…………はぁ!?」


 前言撤回、きっと別の理由だろう。

 ナザトが何を考えているのかさっぱり分からないから、理由は思いつかないけど。

 というか、こんなぶっ飛んだ男の考えてることなんか、理解したくもないし、考えるだけ無駄だ。

 敬語も、もういいや。敬意を払う必要もないだろう。

 

俺の・・だよな?」


 そう言ってくる、ナザトからの圧がすごい。

 息が苦しくって、空気が重たい。

 でも、頷きたくない。頷いたら、この悠々自適な幽閉ライフが終わる気がする。


「へぇ。頑張るねぇ。震えちゃって、かーわいい」


 また、真っ暗な闇が私を見ている。

 ハイライト、どこに置いてきたんだよ。目に光りを入れてくれ、頼むから。


「その頑張りに免じて、俺の・・じゃなくて、同棲で手を打ってあげよう。俺ってば、優しいなぁ」


 そう言うと、ナザトは小さな声で呪文を呟いた。

 次の瞬間──。


「うへぇ!!??」

「間抜けな声だな」

「いや、だって、何これ!?」


 くつくつと笑われるが、それどころじゃない。


 床にラグが引かれ、家具の配置は移動しているし、さっきまでなかったキッチンがある。

 その他にも、大きな本棚には本がぎっしりあるし、暖炉までできている。


「あそこの部屋、何?」

「寝室だな」


 そう言われて、ドアを開ければ、ダブルベットがドーンと鎮座していた。


「何で、ダブルベットなの?」

「一緒に寝るだろ? 恋人なんだから」

「いつ恋人になったの!? というか、地下牢ここって魔法は使えないはずだよね!?」

「俺の方が、この魔法封じより力が上だから問題ない」


 そう言って、しゃらりとブレスレットを揺らした。

 どう見ても、私の腕についているのと同じ、魔法を封じるためのブレスレットだ。

 これは、何人もの優秀な者が集まって、魔法をかけて作成したもの。

 一個人がどうこうできるものではない……はずなんだけど……。


「…………最強じゃん」

「彼氏が最強だと、嬉しいだろ?」

「いや、ここで生活するだけなら、魔法がなくても困らないし……」


 というか、彼氏でもないし。


「そう言うなって。一緒に生活してたら、俺の有用性が分かるはずだから」


 そう言われましても……。

 そもそも、一緒に生活したくない。


「ナザトだけでも、脱獄すればいいじゃん」

「好きな女を置いて、自分だけ逃げるわけないだろ」


 言ってることは、かっこいい。

 かっこいいけど、別に私のこと好きじゃないじゃん。口だけだって、面白がってるだけだって、知ってるんだから。


「私に拒否権は?」

「ない」


 ですよね。そんな気がしてましたよ。


「まぁまぁ、俺たちの仲じゃん」

「どんな仲よ」

「内緒。思い出して欲しいしな」


 思い出すも何も、ヒロインちゃんを陥れるために依頼しただけの関係でしょ。裏切られたけど。

 そもそも、こんなに印象的な人を忘れるとも思えないし。


「ほら、お茶でも淹れてやるから、のんびりしようぜ」

「いや、そもそも同居は……」

「同棲な。部屋を戻す気ないし、ベルは自力でここから出られないんだから、諦めな」


 確かに、ナザトがどうにかしてくれなければ、無理だ。

 それなら、せめて──。


「寝室は、別々にして」

「却下」

「何でよ!?」

「別にする意味が分からん」

「エロいこと、されたくない」

「何で?」

「好きじゃないから」


 あ、黙っちゃった。

 言い方、きつかったかな……。


「分かった。無理矢理は萎えるからな。ベルが俺を好きになるまで、エロいことはしない。それでいいだろ?」

「えー」


 エロいことしなくても、別室がいいんだけど。


「これ以上は、譲らないからな」


 ここが折れどころかな。

 すごい嫌だけど、仕方がない。

 グッバイ、私のぐ~たら一人暮らしよ……。


「絶対にエロいことしないでよ」

「ベルが俺のことを好きになるまではな」


 そう言うと、ナザトは契約の魔法をかけた。

 まさか、ここまでしてくれるとは思わず、凝視してしまう。


「これで、安心して眠れるだろ」


 頭を撫でられ、不快に思いそうなのに、なぜか懐かしい気分になった。

 すごく自分勝手なこの男が、ほんの少しだけ初恋の人に似て見えたのは、彼と名前が同じなのと、過剰なストレスを与えられたからだろう。


 

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