第2話
世界の崩壊まであと2年
「痛てっ…」
脚を組み換えるには机の下は狭かった。
座り直すと哲平は頬杖をつく。
目の前では窓ガラスが、相変わらずの阿呆面を写し出している。
あのとき彼女は、何かを待っていたんじゃないか?
俺の何かを待って、立ち止まったんじゃないのか?
あれから3年、いまだに考えている。
哲平が小さくため息をついたとき、肩が急に重くなった。そこに乗った手の先を見上げると、男が立っていた。
「なんだ、岩崎か」
「行こうぜ」
二人は並んで街路へ出た。
「何をため息ついていた?」
「疲れたよ」
「何に?」
「人間ってやつにさ」
クスッと笑われても、哲平は気にしない。
「でもお前はおそらくあと40年は人間をやっていくんだぜ」
二人とすれ違う人々はどこか表情がくたびれている。
「たった1つの道、たった1回、死ねば終わる。
みんな何をそんなに頑張っている?」
「みんな追われているのさ」
「何に?」
「社会という全体に追われ、自分個人を追っている」
「ふーん」
二人は隣の路地に入った。
途端に人通りが増え、繁華街が現れる。
「まあでも、人間ほど愚かな生き物もないだろうな」
岩崎はつまらなそうに小石を蹴飛ばした。
「そうでもないさ」
「ん?お前は人間に疲れたんじゃないのか?」
「人間は生存競争に勝ち残るために道具を使い、進化させてきた。他の生物と原理は変わっちゃいない。
そういう意味では、むしろ優秀な生き物だろう。
しかしだな…。その、道具だけが進化してきた。
人間はいつになったら次のステージに進む?」
「次のステージって?」
「肉体がなくても脳はいくらでも感覚を、世界を作り出せる。つまり進化すべきは肉体じゃない。
この脳だ。価値観だ」
「ほう…」
「価値観が変われば人間は変わる。
人間を構成する一番のものは価値観だ。
そいつを次のステージに進めてやれば、人間というやつは次のステージに進むのさ」
「具体的にどうするんだ?」
「さあな。それがわからんから疲れたんだ」
大きなビルの前まで来ると、二人はベンチに腰かけた。
哲平は口をぽっかり開けて空を見上げる。
空がある。青い。
青い空が今、俺の眼にある。
「なあ岩崎、俺はどこにいるんだ」
「どこって…ここにいるじゃないか」
「そうだ。俺はここに"ある"んだ」
「何が言いたい?」
「俺は他人に写る俺でしかない。
人間は他人によって初めて人間になれるのか?
収入、経歴、地位…
人間は他人と比べて自分の存在を見つける」
「それが個性ってもんだ」
「そう、個性だ。
だがその個性たちは皆同じ方向に向かっていく。
一部の人間が線路を作って、皆それぞれ走りたい線路を選んでいく」
こいつは何も考えてないようでいちいち細かいことを考えてやがる。
「いいか?どんな地位や役職でも、どんな仕事でもどんな環境でも、問題はお前がどうあるかだ。
それがお前だ。
どんな画材を与えられても、ピカソはピカソだ」
「才能はそうだろう。
ピカソとして生まれれば、素晴らしい作品を残すことだろう。
だが環境が変われば、描くものは変わる」
「そうだがよ…」
目の前を歩いていた男が立ち止まって腕の機械に触れたかと思うと、その身体は足元から消えていった。
向かいのビルに目をやると、大画面で広告が流れている。
画面には年配の男が映し出された。
「みなさん、充実したVR生活を送っていますか?
"VRC"代表取締役の杉原です。
このVR世界では、"場所"に囚われず、人との繋がり、モノ、体験が手に入る……」
それを見る哲平は不服そうだ。
「世界が変わっても人間やることは変わらない。結局は社会に追われている」
「言っても仕方ねぇよ」
画面の時計が"9:50"になった。
「そろそろ行こうぜ」
腕に巻いた機械の画面を操作すると、二人は大学の講義室にいた。
そのまま後ろの方の席へ座る。
「やっぱりまだ慣れないなぁ」
「何が?」
「高校まではさ、岩崎、お前も同じ教室にいた。
今はほら、五感ではお前は"いる"んだが、なんだか実感が湧かないよ」
「それはそうかもな。
まぁ、今はまだ大学や一部の企業だけでも、このスタイルが浸透していくのも時間の問題だろ」
講義が終わると、学生たちの身体が消えていく。
哲平も腕の機械に触れようとした時、岩崎が引き止めた。
「ちょっと服買いに行きたいから、付き合えよ」
「服って、リアルの?」
「ああ、そうだ」
二人は街中の服屋に飛んだ。
岩崎は上着をあれこれ物色し始める。
VR世界とはいえ、リアルの世界のままの顔や身体で入っているため、試着も問題ない。
「お前、服とか興味ないのか?」
退屈そうな哲平に見かねた岩崎が、足を止めた。
「服に限らず、ウィンドウショッピングってやつが苦手なんだ」
「そんなんだから彼女もいないんだ」
「他人のこと言えた口かよ」
レジに行くと、若い女の店員。
「リアルへのお届けは2、3日後になります」
「ああ、お願いします」
タッチ決済を終えると、二人は店を出た。
「すごいよな。あの店員も、VR世界に働きに来て、金を貰えるんだぜ?
働き方も変わっていくよ」
「でもリアルの宅配業者が大変そうだな」
「知らないのか?大手の宅配業者がVRCに買収されたってよ」
「ほんとかよ?
それじゃあほんとに…」
哲平は立ち止まって振り返った。
「VRCはVRもリアルも、ほんとに世界を繋げようってのか?」
岩崎は静かに頷いた。
「時代に乗り遅れるな」
その時、周囲からワッと歓声が湧いた。
人々が見上げる先を見てみると、モニター画面でニュースが流れている。
"ボクシング濱野栄太、世界最年少チャンピョンに"
「18歳だとよ。俺たちより3つも下だ」
「だからなんだよ」
哲平は何やらふてくされている。
「不満か?」
「俺だって…」
「なんだよ」
黙ってしまった。
俺は?何をする?
焦りばかりが募る。
「なあ、岩崎…」
「ん?」
「俺が生まれて、世界は何か変わっただろうか。
たいそうなことを考えているが、何かしたいことがあるわけでもない」
そう。俺は何をしたいのか。
社長?そんなもの興味ない。
大統領?面白くもなんともない。
そんなんじゃなくて、俺はただ…。
ただもう一度彼女に会いたい。
それだけじゃないか。
その時、哲平の頭に一つの考えが光った。
「いやっ、違うぞ!やりたいことならある!」
「なんだ?」
「国のトップに立って偉そうにするなんて面白くない。
だったら俺は、国を盗ってやる!」
「そんなこと…どうやって?」
「知るか。これから考える。
とにかく俺は、建国者になって、新しい"国"という概念を生み出すのさ!」
VR世界統一~新時代の国盗りゲーム~ みゅう @kakuyoooooom
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