案外近くに

「おじいさん、たんぽぽについて知ってるんですか?」

「ちょっとミナミ、いきなりそんな質問するのは失礼だよ」


 どうやらメルは少し彼を警戒している様子であり、ミナミに対してもそう諭していた。


「いや大丈夫だ。これに関してはいきなり話しかけた私のほうが悪いからね……それで、蒲公英について、だったか。知っているよ」

「ならぜひ教えてほしいです!」


 しかし、ミナミはメルの制止も聞かずに質問を続けた。そんな彼女に対し、メルは一歩後ろで呆れた様子で額に手を当てていた。


「知っているというよりも……まあ、昔私もそういう植物について調べていたことがあったからね。それにしても、今はそんなに蒲公英というのが分からないものなのかい?」

「まあ、はい。ネットなんかで調べてもなかなか見つからないものですから」


 メルがどこか不安げにしながらもそう答えた。


「なるほど、ネットだけで調べていたからか。それなら納得がいく。このコロニーの気候なら……ほら、飛んできた。こうやって、綿になっていることだろう」


 三人の目の前に、先端に綿のついた何かがふわっと飛んできているのが目に入った。


「綿? まあ、このコロニーの中ならちらほら飛んできますけど……というか、たんぽぽって黄色い花ですよね?」

「花はそうだね。ただ、種を飛ばすために、ここの気候ならいつもこうやって綿になってあちこちに飛んでいくのさ」


 老人は、辺りを飛んでいる小さな白い綿毛の存在を手で示しながら、そう言った。


「も、もしかして見た目を勘違いしてたせいでずっと……」

「はっはっは、そうだろうね。ほら、あっちにだって生えているだろう?」


 それから、老人が今度は河川敷の下の方を指差した。その指の先には、白い綿毛をまとった小さな植物があるようだった。あの植物はミナミもメルも見慣れたものなのだが――黄色い花であるという認識があった以上、あれがたんぽぽなどとは思いもしなかったのだ。


「ま、まさかこんな近くに生えていたなんて。こんな小さな見落としのせいで……」


 その事実に、ミナミが地面に膝を突き驚愕の声を上げていた。


「日の当たらないところや、見えにくいところにある蒲公英なら、まだ黄色い花のたんぽぽもあるかもね。そういうところにある蒲公英は、ほかよりも受粉しにくいから」

「そういえば、今までは目立つところにあるものしか探してこなかった……」

「種子散布のことを考えると姿が変わるのは当然なのに、完全に見落としてた……」


 メルは難しい顔をしながらそう言った。


「はっはっは、そういうのも経験だろう。何より、自分の足で探しに行くというのは、それ自体がなかなかに面白い体験なのだしな」

「まあ、それは確かに感じましたね……って、ミナミ?」


 気がつくと、ミナミは二人から離れ河川敷の下の方に向かっていた。河川敷を駆け下りるようにタッタッタッと降りていき、勢いあまりながらも下の方で立ち止まると、その場で屈んでいた。その場所といえば、先ほど老人が示した、たんぽぽが生えている場所だった。


「もう取りにいったのか。やっぱり、若いのは元気だねぇ」

「あれは特別元気な方だと思いますけどね……」


 しみじみと言う老人の言葉に、メルが苦笑いを浮かべた。そうして話していると、まもなくミナミが戻ってきた。


「たんぽぽとってきたよ〜! これでレポートも完了だね!」

「それでもいいけど、黄色い花のたんぽぽも探しておいたほうがいいんじゃない?」


 レポートというからには、見た目だけでなく、触り心地や匂いなどの情報も書いておく必要がある。もちろん開花時期などの基礎スペック、それから繁殖方法についても書いておいたほうが良いはずだが――二人は最後の項目についてはすっかり忘れてしまっていたようだ。


「あー、確かに……」

「もし情報が欲しいのなら、あっちにあるジオニカル図書館に、蒲公英も含めた昔の植物について書かれた本がある。そこをあたってみるといい」


 老人の指差した先は、確かに博物館がある方角だった。さらに、近くの案内板を探してみると『一キロ、ジオニカル図書館』と書かれている。

 大きな図書館、というわけではないが、彼がわざわざ言うからには、昔の植物に関して詳しく書かれている本が沢山あるのだろう。


「おお、そんな情報まで……ありがとうございます!」

「それじゃあ、私はこのあたりでお暇するよ。邪魔して悪かったね」

「あっ、いえいえ、むしろいろいろありがとうございました! さようなら!」

「黄色い蒲公英も一緒に見つかることを祈っているよ」

「ありがとうございましたー!」


 ミナミが礼をすると、老人はニコリと微笑んで帰っていってしまった。そうやって二人が老人を見送った後に、二人は辺りを舞っている白い綿をしばらくの間眺めていた。


「これ、いつも見るやつだよね」

「そうだねぇ」


 メルの言葉に、ミナミが気の抜けた返事をする。


「というか、いくらずっとあったかいとはいえ、綿の状態の蒲公英しか見つからないのって、植物として問題あるんじゃないのかな」

「まあ現代の植物なんて大抵原型がないくらい変化してるし、そういうものじゃないかなぁ。受粉効率がものすごくいいとか」

「そういうもんかぁ」


 ミナミは、メルと気の抜けた会話をした後に、手に持っていたたんぽぽの綿をふー、と吹いて空に向かって解き放った。ミナミの持っているたんぽぽという住処から離れ、自由となった綿は、ふらふらしながら水色に染まりきったキャンバスの中に飛び込んでいった。


「なんか、こんな近くにあるもんなんだねぇ」

「そうだね。私も結構ビックリした」

「やっぱり丁寧に探すのが一番ということか……」


 ミナミは目をつむり、カッコつけた様子で呟いた。


「そういえば、見つかっちゃったね」

「見つかっちゃった? いいことじゃん」


 メルの言葉に対し、ミナミがきょとんとした様子で聞き返す。


「ほら、さっき見つからなければいいのにって――」

「ああ……って、ああいうのは話の流れでサラッと言っちゃっただけのやつだから、そんな気にしないで!」


 意味の通らない変な発言をしてしまったことを気にしているのか、ミナミは手をぶんぶんと振りながら先程の言葉を否定する。


「ふふ、まあ額面通りの意味じゃないことくらいわかってるから大丈夫だよ」

「じゃあなんで掘り返したのさ!」


 くすくすと笑うメルに対し、ミナミがそう叫んだ。


「あっはっは! ごめんごめん、いつも私が振り回されてる分のお返し。昨日のと合わせて一ヶ月分くらいかなー」


 それを聞いたメルは思わず吹き出し、心底楽しそうに言った。


「すっごい具体的……」

「とりあえず、後は白いたんぽぽの写真を撮ってから黄色いたんぽぽも探して写真撮って、レポート完成で終わりかな」

「そうだねぇ。目標、思ったよりもずっと近いところにあってビックリだよ」

「本当にね」


 どこかつかれた様子で呟くメルをよそに、ミナミは手元に持ったたんぽぽをくるくると回しながら観察していた。とはいえ、たんぽぽの白い綿は今やその大半が飛んでしまっているが。


「……ありがとね! メル!」


 それから、しばらくするとミナミがいきなりそんなことを言い出した。


「急にどうしたのさ」


 メルは一瞬目を見開くと、すぐにそう質問した。


「メルが居なかったら、見つからなかったと思うし、何より、楽しく探せなかったと思うから!」

「……さっきみたいなのは恥ずかしがるのに、それを恥ずかしげもなく言えるのは正直才能だと思うよ」


 それから、どこか呆れたような、嬉しいような表情でそう言った。


「だって、後悔しないように、ありがとうはちゃんと伝えたいから」


 だが、ミナミはまるで追い打ちを掛けるように笑顔を浮かべる。


「どういたしまして。こっちこそ、友達で居てくれてありがとね」


 それに折れたように、メルも微笑んでそう感謝を口にした。


「うん!」


 頷く彼女の顔には、今までにないくらいの笑顔が浮かんでいた。


 きっと、この後のたんぽぽ探しもうまくいくことだろう。この後、もともとサクラの木だったはずのメルのレポートが、たんぽぽに変わっていたりしたが……それはまた別のお話。星々と、数多のコロニーの間を何光年も渡って行われたたんぽぽ探しは、これにて一段落。平和に終わりましたとさ。


 めでたし、めでたし。


 〜あとがき〜


 最後までお読みいただき本当にありがとうございます!


 もし面白いと思っていただけたら、星での評価や応援ハート、応援コメントなどどしどしよろしくお願いします! 他作品にもしてくださっている読者の皆様も、いつも本当にありがとうございます! とても励みになっています!!


 また、よろしければ作者のほか作品も覗いていってもらえると私がより喜びます👀

 ではでは、改めまして、最後まで読んでくださりありがとうございました! まだどこかでお会いできることを楽しみにしています!

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たんぽぽ探して三千光年 空宮海苔 @SoraNori

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