たんぽぽを見つけよう

 ◇


 そして、次の日。二人は重護惑星というところに向かうべく、待ち合わせ場所を決め、集合することにした。集合場所は、ミナミとメルの家がある場所でもある、ノスタロイド宇宙コロニー。そこの人工河川に掛かった橋の横での待ち合わせだった。ここは二人の家の間くらいの場所にあるため、二人の集合場所としては都合がいいのだ。

 メルは待ち合わせのちょうど五分ほど前にその河川敷に到着した。ミナミはすでに到着しているらしいので、彼女を探すために辺りを見渡す。


 このコロニーは、年中が地球でいうところの春にあたる気候に設定されている。この河川敷の上は、いつも暖かく優しい風が吹いている。メルの頬を撫でるこの風は、いつどの時期になっても変わらない。きっと地球人なら、そこら中からほのかに感じる暖かい匂いのことを『春の匂い』と形容するのだろうが、メルにとってこれは『故郷の匂い』となるだろう。

 また、いつまで経っても変わらない緑色の芝生が、河川敷の向こうまでずぅっと長く続いていた。春の優しい風に撫でられ、芝生は見えないくらい遠くの方までゆらゆらと波打っている。

 その波を目で追ってみると、ある地点に少し奇妙な歪みが見える。人工河川と、それが続いているように見せかけているディスプレイの境目だろう。普段気になることはないが、やはりよく見てみると、ここは宇宙コロニーに違いない。


 それから、メルは自分が待ち合わせをしていたことを思い出し、周囲を見渡した。河川敷の少し下の方にまで目をやってみると、そこには薄い青色の髪のポニーテールの女の子が居た。ミナミだ。

 芝生の上に寝っ転がって頭の後ろで腕を組み、空を見上げている。目はしっかり開いているようで、別に寝ているわけではないらしい。

 近くに寄って、声をかけてみる。


「おはよ」

「ん、おはよ〜」


 どこか気の抜けた返事が帰ってきた。メルは黙って彼女の隣に座り込んだ。


「今日は重護惑星の探索日だね」


 ミナミはそう言うが、その様子はどこか上の空だ。


「そうだね」


 メルが返事をすると、数秒の沈黙が流れる。ミナミが動く様子はない。


「どうかした?」


 メルが優しい声色でそう訊いた。


「いや、別に〜」


 ミナミはメルの方を向き、薄く笑ってそう言った。それから、いくらか間を置いてから、彼女はもう一度口を開いた。


「ただ、いつまでこうしていられるのかな〜ってさ」

「こうって?」


 頬杖をつきながら、メルが聞き返す。


「こういうふうにたんぽぽみたいな雑草一緒に探してワイワイ言って、余計なこと考えないで楽しむこと」

「やればいいじゃん」


 川を流れる水、あるいは河川敷の反対側、あるいは空――いや、実際にはどこも見ていないのだろう。ぼんやりとどこかを眺めながら、なんでもないふうにメルはミナミに対してそう声を掛けた。


「いつかやれなくなる日が来るよ」

「そうかな」

「そうだよ」


 メルの疑問に対し、ミナミが天を仰ぎながらすぐさまそう返す。いつも笑顔な彼女の表情は、曇っているというほどではないが、いつものような明かりが灯っているようには見えなかった。


「私はミナミの好きなようにすれば良いと思うけどね」

「……なんか、やけに優しいじゃん」


 表情を変えずに、けれどどこか声色に不満そうなものを滲ませながら、ミナミはそう言った。


「普段から優しいでしょうがこのアホタレ」

「あいてっ、やっぱりいつものメルだ」


 頭を小突かれ、ミナミは笑いながら自身の頭をさすった。


「いつまでも見つからなければいいのになぁ……」


 ミナミがそう呟いた。メルは返す言葉を探してみるが、いまいち見つからない。

 そうしているうちに、その言葉は春の優しい風に乗って、どこか遠いところへ飛んでいってしまった。


 それから、メルが口を開く。


「さ、とりあえず行こっか。レポートに必要なんでしょ? たんぽぽ。私はたんぽぽが見つからなったら困るんだよ」

「それもそうだねぇ〜……いこっか」


 ミナミが立ち上がると、メルの方を見て不思議そうな表情を浮かべた。


「え? 私の顔になにかついてんの?」

「いや違くて……後ろのその、おじいさん? なにか用ですか?」

「あぁすまないね。話しかける気はなかったんだが、蒲公英たんぽぽがどうという話が聞こえてきて、少し懐かしくなってしまって」


 そこに立っていたいのは、一人の老人だった。声はしわがれており、顔にもしわが目立つが、背筋はピンとしており健康に年を召した男性、といった立ち姿だ。

 どうやら、彼は二人のたんぽぽ発言が気になって話しかけてきたようだ。


「おじいさん、たんぽぽについて知ってるんですか?」

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