【ホラー】1人多い忘年会
夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」3巻発売
1人多い忘年会
「あああ、また埋まってる……っ」
グルメ情報サイトの空席情報に並ぶ『×』印を目にしたとたん、ついため息が口からもれた。
課長に『森下、今年の忘年会の幹事を頼むよ。部内合同な』と言われたのは11月の末。大急ぎで4つの課の全員宛に参加アンケートをとって人数を把握し、店探しを始めたのは、もう12月が始まってからだった。
急だったから参加率は半分くらいだけれど、それでも参加予定者は24人、課長の指定で金曜日。繁忙期の12月、しかも金曜日となれば、大人数が手頃な価格で飲める店なんて、あらかた埋まっている。Web予約のページには×が並んでいるし、満席かどうかわからない店に電話をかけても『3グループに分かれて座っていただくのでもよろしければ……』『別の日程でしたら……』と言葉をにごされる。
「せめてもっと早く言ってくれればよかったのに」
調べている中で気になった店も全部だめ。愚痴が出るのは仕方がないと言いたい。机に突っ伏した私に、聞き慣れた声が降ってきた。
「なに、どこも空いてないの?」
「そう」
右隣の席の加藤くんだ。同期入社の彼とはたまに飲みに行くので、周囲から付き合っているのではと聞かれることもあるけれど、ただの友達だ。
「店探し、手伝ってよ」
「俺、B案件の資料作成で忙しいんだよねー。そんなわけで、がんば」
……いや、友達未満かもしれない。冷たい。その資料の締切は来週だって知ってるんだぞ。
店探しに時間を取られ、本来の業務が後ろに回っている。もう、いい店を探そうなんて気持ちは捨てよう。予約を取れればどこでもいいや。
グルメ情報サイトに人数と時間、予算、最寄りの駅名だけを入力し、再検索。上から順に電話をかけ、断られ続けて5軒目。コール音が途切れる瞬間に、なんだか変なノイズ音が聞こえた気がした。
「はい、夜見の宴本店です」
「あのう、予約の相談なんですけれども、12月xx日、19時から24人で入れますか?」
「はい。コースはお決まりですか?」
「えっ、空いてるんですか!?」
初めて肯定の返事があって、つい聞き返してしまった。コースに何があるかなんてまだ見ていない。聞こえづらい電話の声に苦戦しつつも、慌てて席だけは確保し、コースは後から連絡すると告げて電話を切った。
「えっ、取れた……よね? 電話番号を間違えたわけじゃないよね?」
Webページを見直したけれど、電話番号を間違えたわけではない。場所も駅近で悪くない。コースの金額も、飲み放題込で3,500円からと、安めの設定だ。コースの料理も、まあ、普通の居酒屋って感じ。
どうしてこんな条件のいい店が、まだ空いてるんだろう?
疑問は浮かんだけれど、予約は取れたのだ。最安のコースは品数が少なすぎるから、1つだけコースのランクを上げておこう。スマホの履歴から電話をかけなおす。
コール音が途切れ、相手の声が聞こえるまでに、また変なノイズ音がした。
「はい、夜見の宴本店です」
「先ほど予約をとらせていただいた森下です。コースの連絡でお電話しました」
「少々お待ちください」
電話の向こうが騒がしい。さっき予約を取る時もそうだった。今年の忘年会は、静かにゆったりとはいかなさそうだ。相手の声もノイズ混じりで聞き取りづらいし、なによりこの時期まで空いていたことが不安だ。この店で大丈夫なんだろうか。
ふと体がふるりと震えたことで、寒いな、と気がついた。待っている間にエアコンの温度を変えようか。立ち上がったのとほぼ同時に、電話の向こうから店員さんの声がした。
「お待たせしました。森下様、コースはどれになさいますか」
不安はあるけれど、やっと予約できた店。逃したらもう他の店はとれないかもしれない。そう考えたら、『やっぱりやめます』という言葉は出てこなかった。
「……Bコースでお願いします」
「はい。飲み放題付きで4,000円のコースですね」
飲めればいいよね、飲めれば。そんなことを考えながら、電話を切る。さっきまで知らん顔でパソコンに向かっていた加藤くんが顔を上げた。
「お、店決まった? どこ?」
「この店。知ってる?」
座って加藤くんに地図画面を見せてみる。彼は私よりこの辺の飲み屋に詳しい。でも、画面に目を向けた加藤くんは首を傾げた。
「知らないなあ。こんなとこに店あったんだ?」
「そっか」
さっさと案内メールを送って、仕事に戻ろう。参加予定者全員に、飲み会の日時と予約した店のURL、事前精算の案内を送り、ふうと一息。疲れた。
「さ、仕事仕事」
本来のタスクをこなし始めてしばらくしてから、そういえばエアコンの温度を変え忘れていたことに気がついたけれど、とっくに寒気はどこかにいってしまっていた。
◇
飲み会当日は、予約の時とは違う理由で困ることになった。
入口がわかりにくかったのは、まだいい。複数のグループが入っていて騒がしいのも、安い店だしそんなもんだろう。店内がやたら寒いのも、入口が空くたびに外の冷気が入ってくるのだから、仕方がないとしよう。
そんなことよりも。
「なんで25人いるのよ……」
人数が合わなくて困った。
参加予定者は間違いなく24人だったし、席も24人で予約したはずだ。なのに隣のテーブルに出された皿の数は奇数で、何か変だと参加者を数えてみたら1人多い。
同じ課の面々はともかく、他の課の人たちは顔と名前が一致しない。全員見たことあるような気はするし、みんな楽しそうに喋っているし、部外者が紛れ込んだわけではないんだろう。でも、誰だよ、事前徴収の参加費を払わずに飲んでる奴は。
「ねえ加藤くん、参加者全員の顔と名前、わかる?」
「わからん。誰か探してんの?」
「ううん、1人多くて。あとで請求しないといけないからさ」
「各課ごとに参加者を確認してもらえばいいんじゃね?」
「なるほど?」
一理ある。うちの課は参加予定者が全員揃っているから、他の課はそれぞれの課長にお願いしよう。
「私は第2と第4に聞いてくるから、第1頼んでいい?」
「オッケー」
加藤くんに手伝ってもらって、3人の課長に人数が合わないことを説明し、自分の課の参加者を後で教えてもらう約束を取り付けた。後から参加してくる人もいるかもしれないし、飲み会の終わりにリストをもらうことにしておく。
「よし、あとは月曜に考えよ! ビールおかわり!」
「あんま飲みすぎんなよー。寒い中でタクシー拾わされんのは勘弁」
「会社の飲み会でそんなに飲まないって、まだ支払いもあるし」
「ならいいけど」
まだ人数が増えるんじゃないかという不安はあったけれど、デザートが出てくるタイミングになっても、後から忘年会に合流してくる人はいなかった。
デザートは一口大のパイみたいなものが、大皿に乗せられて運ばれてきた。なんだろうこれ。揚げ餃子に見えたけれど、手に取ってみるとすごく軽い。中に空洞がありそうだ。周囲に目を向けてみると、皆も不思議そうにしていた。
「これ何?」
「食べてみればわかるんじゃない?」
「割ってみるのは?」
急いでスマホを出して、グルメサイトを開く。注文したコースを確認してみたけれど、メニューには『デザート』としか書かれていない。
「すみませーん、このデザート、何ですか?」
フロアにいた男性店員さんに顔を向けて手を挙げると、彼が私を見た。表情がごそっと抜け落ちたような真顔がちょっと怖い。違う店員さんにすればよかった。
「……くじ、です」
声もボソボソとしていて、飲み会の騒がしさの中では最後しか聞き取れなかった。
「えーと、なんとかくじ、らしいです」
部内の面々の方に向き直り、わかったところだけ、奥にも聞こえるように声を張り上げる。店員さんがなんか怖いし、いいやもう。
数人が「ふーん」とか「くじだってー」という反応を返してくれただけで、大体は同じ席の面々と談笑しながらデザートに手を伸ばし始めた。私も適当に1つ選び、丸くふくれたパイを取り皿の上で割ってみる。中は空っぽだ。
「あ、なんか入ってる」
そんな声は隣から。加藤くんだ。
「見せて見せて」
「なんだこれ。読める?」
彼のパイに入っていたのは白い紙だった。神社のおみくじみたいに細長くて、筆で書いたらしい鳥居や文字が書いてある。達筆すぎて読めないけど。
フロアにいた3人の店員さんたちが、突然、揃ってこっちを向いた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
一様に笑みを貼り付けて、手の甲を打ち鳴らせて拍手をしている。ものすごく不気味だ。唖然としていたら、隣のテーブルの女性からぐいと腕を引かれた。同じ課の花水さんだ。
「あれ『裏拍手』でしょ? この店、大丈夫? コンセプト居酒屋なの?」
「いや、違うと思いますけど……裏拍手って何ですか?」
「私もよく知らないけど、死者の拍手じゃなかった? 気持ち悪い。早く出たほうがよくない?」
「あ、えーと……」
周囲を見回すと、皆は拍手のことなんて気にも留めていない様子で歓談を続けている。加藤くんも別の人と喋ってるし。いつの間にか店員さんたちは無表情に戻って、別のグループのテーブルに飲み物を運んだり、空の皿を下げたりしていた。
時計を見ると、飲み放題の時間はまだ15分残っている。でも花水さんの言うとおり、なんか怖い。迷っていたら、花水さんに腕をつつかれた。
「ねえ、出ましょって」
「あ、はい。皆さん! すみません、そろそろお時間なので! 部長、手短に締めてください」
「んー? もう終わりか?」
部長を含め、何人かがちらりと壁に取り付けられた時計に目を向けた。手の平を合わせて頭を下げると、部長がうなずいて立ち上がってくれた。
「えー、今年もお疲れさまでした。多少のトラブルはありましたが、皆さんの協力の甲斐あって無事に終えることができました。来年も皆で頑張っていきましょう」
さすが部長、お願いしたとおりにぱっと終わらせてくれた。皆が拍手している間にレジに向かう。値段もよく見ずカードで決済し、皆を急かして店から出した。特に、加藤くんは真っ先に店から出す。
「加藤くん。大丈夫だと思うけどさ、一応、週末にお祓い行きなよ」
「んー……いるかなあ」
「一応ね、なんかあったら怖いしさあ。せめて神社にお参りでも」
「へいへい」
「絶対よ! 月曜に行ったか確認するからね」
「へーい」
自由解散を呼びかけ、パラパラと皆が帰り始めたところで私も店の前を離れる。家に帰ったらどっと疲れがやってきて、シャワーを浴びたらすぐに眠ってしまった。
◇
月曜日。たまったメールを確認していたら、4課の課長から『忘年会の参加者について(4課)』というタイトルのメールが来ていた。中を見れば、4課で忘年会に当日参加していた人のリストが書かれている。そうだった、人数が合わないから、各課の課長に確認してもらったのを忘れていた。
財布に入れっぱなしだったレシートを取り出してみると、支払額は96,000円。ちょうど24人分の金額だ。25人分の料理があったはずなのに? 予約が24人だったから、店員さんが間違えたんだろうか。
1課と2課の課長に忘年会の参加者についてメールで問い合わせてみると、すぐに返信があった。3課の参加者リストは自分で作り、全員の名前を並べてみると、ぴったり24人だ。
「なんで今度は1人足りないのよ。事前にとった出欠表はどこだっけ……」
クラウドストレージに置きっぱなしだった忘年会の出欠表を開き、当日の参加者リストと比べてみたら、完全に一致した。
「ええー? 1人多いなんて私の勘違いだったってこと?」
お酒を飲んだあとだから、自分のカウントが絶対に正しいとは言いきれない。でも、確かに、25人いたと思ったのに。うーんうーんとうなっていたら、花水さんが封筒を持って近づいてきた。
「森下さん、B案件の資料が届いてるよ」
「え? その案件の担当は私じゃなくて――」
右隣の席に目を向ける。
PCも資料も本もない、空の座席がそこにはあった。
「……あれ? この席、誰かいなかったっけ……?」
「まだ寝ぼけてるの? はい、資料、渡したからね」
花水さんは私の机に資料を置いて、自分の席に戻っていく。
「…………?」
私は右隣の空席をぼんやり眺めながら、ゆっくりと首を傾げた。
了
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