第20話 黄昏、南部より這い寄りて
巨鎧兵騎の扱いに不慣れな国とはいえ、さすがは国防の要である騎士団だ。あっという間に遠征の準備を整えられ、出発することとなった。
エタンゲリエ十機に、シュネーマン八機という編成だ。
そこに、私のグロセベアと、ヴィスコトミー総長専用のエタンゲリエ・カスタムを加えた合計二十機……と、プラス1が向かうこととなった。
とはいえ、私と総長、それから一部の機体用にしかボクシールがない。
その為、馬車に追従して歩く巨鎧兵騎が多数いるのは、ちょっと迫力があって怖い。
王都へ向かう道中にも近衛騎士たちがいたけれど、あの時はそう数がいなかったし、私が乗っている馬車から距離が離れてたので、あまり怖くはなかった。
なので余計に、こうやって併走されると怖いんだな――という感情が湧く。
そしてすでに名前が出したけれど、今回の出撃にはヴィスコトミー総長も同行している。
わざわざ騎士団総長が? と思ったのだけれど――
「まだイェーナ殿の紹介を出来ていないからな。急に教導員と自己紹介されても、部下たちは納得しないでしょう。私が紹介すれば気持ちはともあれ立場は把握してくれるかと」
――とのことだ。
ようするに、私が何らかの作戦や対応などを提案した際に、スムーズに伝達する係として、わざわざヴィスコトミー総長が同行してくれるのだという。
ちょっと贅沢すぎる気がするのだけれど。
そんな事情によって、ヴィスコトミー総長と共に馬車に揺られていると、同行しているもう一人が笑顔で私に話しかけてくる。
「事情を知っている人が同行してくれているのだから、安心するといい」
「……一緒に居られると安心できない方に言われても困るのですが……」
《ニーちゃんはさぁ、自分が王子サマだっていう自覚とかある?》
「お二人とももっと言ってやってください」
私とカグヤ、そして総長までもが困ったように視線を向ける相手。それはニーギエス殿下だ。
今回の出撃に、ヴィスコトミー総長も気づかぬうちに、殿下が同道していたのである。
「はっはっは。腕に自信はあるからね。謎の相手だ。腕利きの戦力が多い方がいいだろ?」
「実力は認めますけど、その戦力が王族というのは騎士団として胃が痛いんですがね?」
卓越した気配消し方のせいで、私も総長も出発からしばらくするまで気づかなかった。
今更送り返すワケにもいかないので、やむを得ず――という事情である。
これが今回のプラス1要素。
ニーギエス殿下も、自分用のエタンゲリエ・カスタムを持ってきていた。なので戦力に数えて構わないそうである。
「同行といえば、イェーナ。
ラシカとアギトロスは連れて来なかったのかい?」
「はい。二人にはお留守番を頼みました。
今回は緊急性が高かったですしね。二人用の巨鎧兵騎も用意できてませんし」
「そう言えばそうだったな。何か欲しい機体はあるかい?」
「ではエタンゲリエを二機お願いします」
私が答えると、殿下は一つうなずく。
「了解した。戻り次第手配しよう」
「殿下。それでしたら騎士団の予備から回しましょう。その方が速いでしょう?」
「良いのか、ネスガナン総長?」
「はい。二機でしたら問題ありません」
どうやら、二人の分の機体も無事に手配されるようだ。
そのまま話は別の方へと流れていく。
「ああ、そうだ。ネスガナン総長。どこかでイェーナを紹介するべきではないか?」
「そうですね。いずれかの休憩の時にでもやりましょうか」
慌ただしく出発した急ぎの旅ながら、そうはいっても目的地は国境のクレバスだ。
関所から王都まで来た時と同じくらい時間が掛かるのは明白である。
相手が何をしてくるかは分からない不気味さはあれど、距離が距離なのでまだまだ会敵することはない。
その不安感を抱えながら、私たちは街道を進んでいくのだった。
もうすぐホウェイブ
そこにある町の近くで、今日は一泊することとなった。
その際に、私の自己紹介――というか総長によって騎士の皆さんへの紹介があった。
思ったよりも好意的に受け入れてくれているようでひと安心だ。
また、ヴィスコトミー総長が出していた先行の偵察隊も報告に戻ってきているので、一緒にお話を聞かせてもらった。
所属不明部隊――暫定名称『黒の騎士団』はクレバスを渡ったあと、ゆっくりと北上しているらしい。
まっすぐ北ではなく、明らかに北東へ向かっているかのような動きから、目的地は王都の可能性があると推測できる。
ニーギエス殿下とヴィスコトミー総長は、偵察部隊に対し、離れた場所からの様子を見るに留めて手を出さないように指示していた。
「恥ずかしい話だが、訓練以外の巨鎧兵騎戦の経験が少ないのだ。
巨魔獣以上に、ぶつけるのに不安がある。ましてや、正体不明で戦闘力も推し量れない相手だからな」
殿下と総長は恥じるような様子だったけれど、私は首を横に振る。
「人間であれ巨魔獣であれ、強さが未知数の相手に、迂闊に最大戦力をぶつけてしまうのもあまり良くはないでしょうし」
正解と明言はできないけれど、様子見そのものは悪いことではない。
「それと、偵察隊によると、隊長機らしき細身の機体と、アッシーソルダッドという組み合わせだったようです。
どれも艶消しされた黒塗りで、所属を示すエンブレムなどは無かったようですね」
「アッシーソルダッド……」
シュームライン製の巨鎧兵騎。
キノコのような形の頭部が特徴で、エタンゲリエよりも一回り小さいサイズのバランス型の機体だ。
エタンゲリエやシュネーマンのように大陸中に出回っているワケではなく、シュームライン国内でのみ生産され、国内でのみ使用されている機体でもある……。
「細身の機体――新型か?」
「わかりません。でも、隊長機以外がアッシーソルダッドを使ってるとなると、やはりシュームライン王国の手の者でしょうか?」
「それにしては黒塗りな理由がわかりませんね……」
ニーギエス殿下と、私と、ヴィスコトミー総長が顔をつきあわせながら首を捻る。
「ああ、そうだ。それと、奇妙な話がもう一つ」
「奇妙な話?」
「はい。なんでも、どの機体からも似たような魔力光を感じたようです」
「似たような魔力光? 魔力の色は、人それぞれの個性がでるはずだが……」
話を聞いていて、嫌な予感が過る。
「どのような色だと言ってましたか?」
「黄昏時を思わせるような昏い色で、遠方から見てもどこか気味の悪さを感じたと……」
「……うそでしょ……」
思わず、口元を押さえた。
「イェーナ?」
ニーギエス殿下が不思議そうに、どこか不安そうにこちらを見てくる。
それに応えるわけではないけれど、自分自身が信じられていない言葉を、誰かに聞いてもらいたくて、口にする。
「可能性はありました。今まで遭遇したコトがなかっただけで」
「イェーナ殿。何の話ですかな?」
「理論的には充分ありえました。黄昏の魔力と呼称されるそれは、誰であろうと持ち得るという研究結果も読んだコトがありましたから」
故に首を傾げるヴィスコトミー総長とは別に、恐らくは詳細を知っているのだろうニーギエス殿下が顔を引きつらせ始めた。
私の言いたいことに気づいたのだろう。
厄災獣は、封印の祠から漏れ出す黄昏の魔力に当てられた
時々、ただの
それを思えば、人間もその魔力に当てられて暴走する可能性はゼロではない。
「もしかしたら、その黒の騎士団の正体は厄災獣かもしれません。
……それも、黄昏の魔力にあてられて異形化した人間の……」
「まさか」
ヴィスコトミー総長の表情も変わる。
私だって信じたくはないけれど――
「報告をそのまま信じるなら、そうとしか思えません……」
そう口にしながら、私の胸の
あの子は無事なんだろうか……。
人間すらも厄災獣となってしまうような環境の中で、守護騎士としての使命は果たせているのだろうか……。
カグヤと出会ってから、ずっとドタバタしてて、クシャーエナのことをちゃんと心配していなかった自分が嫌になっていく。
それに、ジージガング陛下の安否も気になる。
病床に伏していて、時々私が治癒術を掛けて症状を緩和していたのだけれど……。
「イェーナ。もし本当に、黒の騎士団が人間の厄災獣で……乗り手たちがシュームラインの騎士や国民などであったら、どうする?」
真面目な顔でこちらを見るニーギエス殿下に問われ、私は考える。
騎士や国民であれば、仕方が無い。厄災獣となった生き物が、真っ当な生き物に戻れるとは思えない。
そう教わってきた以上、例えそれが見知った騎士や民であろうとも討つしかない。
「……倒します。厄災獣討伐は、守護騎士の……キーシップの名を継ぐモノの使命です。
例え祖国から負われようと、この身に流れるキーシップの血は本物ですので」
真っ直ぐにそう答えてから、ふと脳裏に過った。
細身の機体――そういえば、サクラリッジ姉妹は、グロセベアと同じような細身の女性型シルエット機体だった。
見慣れない細身の機体の正体が黄昏の魔力に塗れたサクラリッジで、乗っているのが厄災獣化したクシャーエナだった場合……。
あれ? 私、討てるの……かな……?
想像の中でさえ、黒いサクラリッジに剣を振り下ろすのが……出来ないんだけど……。
それどころか、想像するだけで、少し……泣いてしまいそうになるくらいなのに……。
===
カクヨムコン開催中というコトで
本作も参加しております٩( 'ω' )و
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次の更新予定
2025年1月11日 12:00
婚約破棄され隣国に売られた守護騎士は、テンション高めなAIと共に機動兵器で戦場を駆ける!~巨鎧令嬢サイシス・グラース リュヌー~ 北乃ゆうひ @YU_Hi_Kitano
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