なんだかやるせなくなって、マフラーを巻き直す。そうだ、忘れちゃいけない、シマエナガの耳当ても着けて。許愛もとあは乗船するなり、真っ先にデッキへ向かう。冷たい空気が気持ちいい。多くの人は、船内に席を確保し暖をとっていた。


 この日の羅臼は、マイナス6℃だった。マイナス30℃のロシアの冬は、アイスクリームが温かく感じるのだと、以前テレビで紹介されていたが、ここではどうなんだろう。少なくとも今は、アイスクリームよりは、ホタテスープが飲みたい。


 だんだんと、流氷の数が増えてくると、船内の人たちも、少しずつ出てくる。バリバリバリ・・・!!と氷を裂き砕きながら、船はオホーツク海を進む。進む。このまま、氷の国の最果てにまで、連れて行ってくれるのかな。


 どこかファンタジックな気分のまま、その“最果ての地”は、とうとう目の前に現れる。流氷群の上には、全長1メートルはあろう大鷲と尾白鷲が、何十羽と待ち構えていた。ツアーが組まれているだけあって、かなり人慣れしている。

 最後まで船内に残っていた待機組たちも、こぞってデッキに出てきて一眼レフを構えた。カメラを持っていない人たちは、スマホのインカメで自撮りをしたりと、ミーハーな姿を見せた。


 凍てつく風の向こう、北方領土が霞んで見えた。こんな道東の果てまで来て、やっと・・・自分は島国に住んでいることを、実感できるのか。

 手が届く距離にも、いつまでも辿り着かないような、透明なベールのかかる向こう側には、先送りにされた課題がひっそりと佇んでいる。


 観光客船の上、羅臼の海に浮かんでいる自分たちの呑気さを、飛び交う大鷲たちに揶揄からかわれているような気がした。


 許愛はカムイに祈った。この混沌としたセカイに、まだ希望の欠片が散らばっているのだとしたら。それらをできるだけ多く見つけ出して、早くセカイを照らせますように、と。


 ——その横顔は、人知れず凛としていた。

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葵竜 梢 @kiryu-kozue

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