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流氷館の近くに、北緯44度の看板が立っている。さすがに、ここまで移動すると、冷えるな。
コートの袖にふわり、雪の結晶が舞い降りた。東京の雪とは違って、北海道のそれは、ふわふわと軽やかだった。傘をささなくても、手でさっとはらえば粉のように舞い上がる。“凛とした空気”って、こういうことか。これは新体験、かもしれない。
そういえば「凛」って漢字、六つ並べて輪っかにしたら、まるで雪の結晶みたいじゃない。すてき。なんか、冴えてるかも。
——もしも将来、私にもちゃんと、好きな人ができて、子宝にも恵まれたら・・・その子の名まえ、「凛」にしよう。
うん、いいかも。男の子でも、女の子でも。偶然の思いつきにしては、すごくいい。
——まずは旦那さんを、見つけないとだけどさ。いや、その前に恋人・・・か。
そういえば雪の結晶って、ひとつとして同じ形のものはないと言われているけど、本当かなぁ。素朴な疑問が脳裏をかすめるが、自然の織り成す一瞬の奇跡に、そんな猜疑心も儚く溶けていった。もしも真実だったら、神の生せる業って、本当に美しいや。
流氷館では、かの有名なクリオネと、関東在住の人間にとっては珍しい、オオカミウオの幼魚を観察することができた。船の出航時間が迫り、皆で乗船場に並ぶ。
ちょうど後ろに並んでいた熟年夫婦の会話が耳を突く。「お父さん、あたし雪の結晶、初めて見るよ!本当にあの形なんだね、興奮しちゃう!」奥さんは、嬉しそうにはしゃぐ。「あぁ、お前は九州育ちだもんなぁ。そんなに珍しいか」ご主人は答えてから、得意そうに「雪の結晶はな、ひとつとして同じ形のものは無いんだとよ」と続けた。
——やっぱりそうなんだ。許愛はホッとする。年配の方の明言に、先ほどの疑いが晴れかかったのも束の間、奥さんは言った。「あら、でもそれ、人工的に作れちゃったらしいわよ。たしかアメリカの研究チームだったと思うけど・・・」
——え?と、許愛は思わず聞き耳を立ててしまう。
ご主人は少し考えてから「そうなの。まぁ、環境とか条件面を揃えることができれば、可能だろうな」と、妻の前、知識人らしさを失わないように、クールな顔で答えた。
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