——鮭を咥えた熊の置物、本当に売ってるんだな。叔父の代で建て替える前の、母方の実家の客間に置いたあった。きっと祖父と祖母も若い頃、北海道を旅行したんだろうな。


 網走監獄の囚人が、作業所で作っているニポポ人形も、親指サイズから成人の膝丈くらいまで、大小なかよく並んでいた。ひとつひとつに商標を示す観光協会のステッカーが貼られ、底には網走刑務所の印が押されている。買おうか迷っていると

 ——おひとついかがですか?と店員さんが薦めてきたので、背中を押され、いちばん小さいのを買い物カゴに入れた。


 さほど広くはない店内なので、許愛もとあがシマエナガの耳当てに一目惚れするのにも、そう時間はかからなかった。最後のひとつに手を伸ばす。福がありそう。

 それから家族や友人へ、薔薇の形に加工された羅臼昆布と、トド肉の缶詰を買った。なかなかいい買い物ができた気がする。


 夕食の時間になり、宿内のレストランへ出向く。バイキング形式で、とれたての海の幸をいただいた。氷の上、北海シマエビはまだ生きて、ピチピチと動いていた。そのお腹には、透き通った翡翠色の卵がびっしりと詰まっている。帆立貝なんか、東京で食べるそれとは比べものにならないくらい美味しかった。噛むたびに新鮮な甘さが、舌に広がり、鼻を抜けていく。これは朝ごはんも、楽しみになる。上機嫌で部屋に戻った。


 この旅のメインイベント、翌朝の流氷ツアーに備え、今夜は早めに床に就くとしよう。日中とても暖かかったけど、流氷、溶けちゃってやしないだろうか。

 許愛は一抹の不安をかき消すように、バスガイドさんに教わった、アイヌのおまじないを口ずさむ。


 ——ニシャッタ・シリピリカ・ワ・エンコレ(——あした天気になあれ)。


 何度も何度も唱えるうちに、気がついたら、眠ってしまっていた。

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