ラストファイト(最終章)

 大隅道久は伊豆七島の八丈島行きのフェリーに乗っていた。彼の脳裏には様々な想いが去来していた。

 彼は、最初の三宅島に着く途中の海に、ビクのカプセルを投げ捨てた。何の未練も感慨も無い。


 星矢の体に侵入したカレンのカプセルは未だ手元にある。御蔵島を過ぎ、八丈島との間の海に捨てる予定だ。

 久美に侵入したリクのカプセルは、大分前に東京湾を過ぎてから間もない海中に放り投げている。

 太平洋の海は深く広い。が、3つのカプセルは出来るだけ離して捨てたい。永遠に探し出せないように。


 今日の海はやや波が高い。気持ちが悪くなり、道久はデッキに出た。

「そろそろこの辺で良いかな」

 道久は、リュックからカプセルを取り出した。すると、

『道久、待て!』

 聞き慣れたビクの声が体内から聞こえてくる。

「おお、ビクか? やはり、俺の体に移っていたな。それにしても、えらい早く同化出来たな。俺は、半月ぐらい掛かると計算したんだが」

『もう人間の体に入って長いからな。直ぐに機能できたよ』


「最後にビクと話したかったから、丁度良いや。ところで、悪いけどビクのカプセルはもう捨ててしまったぜ」

『道久よ、お前には我々への愛は無いのか?』

「聞いたような台詞を言ってんじゃねえよ」

『せめて、今、手に持っているカプセルは捨てないでくれ。頼む』

「うん、分かった」


 道久は、いきなりカプセルを遠くに投げた。カプセルは青い波間に瞬く間に飲み込まれた。


『バカ! 今ワシが捨てないでくれって頼んだろうが!』

「わりい、わりい。勘違いしちまった」

『道久、お前、リクのカプセルも海に捨てたのか?』

「おお、以前にな。何か問題でも?」

『くそったれが』

「ビク。日本語は世界一表現豊かだが、汚い言葉はよそうぜ」

『何を言いやがる!』

 

「ところで、幹也の殺害は予定通りだったのか?」

『知らん』

「嘘吐け。お前等、至近距離なら交信できるって言っただろ。当然ビクはカレンと交信してるよな。だったら、星矢が何をしようとしていたか、知っていた筈だ。だから、お前はわざと幹也に何の助けもしなかったんだろう?」

『しょうが無いだろう。我々に協力しないんだから』


「星矢が連れて来た男に、お前が乗り移る積もりだったのか?」

『はいはい、その通り。あの男は星矢が好きで、星矢の言う事なら何でも従う。それに、一応頭脳も良さそうだし』

「成る程、やはり設計士とかは嘘だった様だな。それにしても、いきなり幹也を射殺するとは、お前等、やはり非道過ぎる』

『射殺に関しては星矢の意思。ワシは幹也が何か企んでいると伝えただけ』


「我々の企みを、何故分かった?」

『幹也とお前が何を企んでいたか、とっくにお見通しだったのよ。ふん。下手な暗号なんて小細工しやがって』

「何? 幹也が必死に、ビクに分からぬよう俺に伝えようとしたあの文章、解読していたのか?」

『解読って言うほどのレベルではあるまい。ワシたちのレベルを見くびるなって。まあ、言葉で喋ったのなら分からなかったかも知れないが』


「お前達は一体、俺たちの考えを何処まで分かっていたのだ?」

『教えて遣らんわ。ところで、何の為にカメラで撮ったんだ?』

「星矢がこんな事を言って、こんな事をしようとしていると、撮って置きたかったのさ。しかし、二言三言で銃をぶっ放すとは」

『それにしても道久。お前の動きは随分素早かったな。ところで、何故星矢を殺さなかった?』


「彼女は、生きていても、もう終わりだ。真黒を射殺した時は、幹也を守る為という言い分けが通用したが、今回の幹也射殺のシーンはビデオに撮ってあるので弁解の余地がない。今頃、ネットでその映像が流れているだろう。決して逃げられないから、殺す必要は無いのさ。それに、俺、人を殺したこと無いからな」


『道久。お前も映っているんじゃ無いのか? 傷害で道久も捕まるだろう』

「そうだな。警察が俺の行方を追っているかも知れないな。映像もあって、指紋だとか足跡だとか色々残って居るだろうし」

『ワシが道久を逃がし切ってやる。カプセルが無くても、そのくらいなら出来る』


「成る程ね。若しかしてお前は、中国の仲間に期待しているのか? 其奴が上手く生き延び、そして、マザーコンピューターを造ってしまえば、お前等、カプセルが無くても元のロボット体に戻れるからか?」

『道久。お前案外頭が良いな』


「褒めてくれて有り難うよ。でも、その中国の同胞、今ヤバいことになっているらしいぜ。中国は、共産党の害になる集団は軍隊を使ってでも潰しに来るからな」

『ああ。星矢から聞いている。しかし、中国のリーダーが後何年生きられるか。仲間が侵入した人間が死刑になっても、他の人間に移れば良いことだ』

「カプセルが側にあればだな」


『なに、何とかなるさ。次から次へと人間の体に移っていけば良い。それよりも、ワシは暫くは道久と一緒だな。仲良くしよう』

「俺なー、幹也と約束したんだ。天国で、異星人の馬鹿野郎共を潰してお祝いしようってな」

『おい。まさか、道久、死ぬ気なのか?』

「ビク。本当は、お前が地球に降りた異星人のリーダーでは無いのか?」

 道久の問い掛けに、ビクはまともに答えない。 

『道久! 死ぬなんて考えるな。カプセルが無くても、ワシが道久にしてやれることが沢山ある。幾らでも利用して良いから、一緒に生きようぜ』

「俺の質問には答えないのか。まあ、お前と一緒も悪くないかも知れんな。しかし、幹也が何と言うか・・・。それに、気持ち悪いし」


 道久は、海を渡る風に髪をなびかせ、デッキの手すりに寄り掛かる。この大海原に飛び込めば、例えビクが転移できる魚などに出会えたとしても、再び人間の体に辿り着くには長い時間が掛かる。

 人間に辿り着けるかも疑問だ。


 道久は、大きく揺れる船の動きを借りて、海に飛び込んだ。

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無言の知略 大空ひろし @kasundasikai

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