工場跡地には先ず江波幹也が遣って来た。タクシーから降りると、鉄門扉をスライドして開け、入って来た。

(何だ、鍵は掛かって無かったのか)

 大隅道久は、この門扉を乗り越えて中に入ったのだ。


 幹也に姿を見せること無く隠れていると、一台の車が遣って来た。車は工場建物近くで停まる。


「工場入り口、鍵掛かっているでしょ? 鍵預かって来たから今開けるね」

 星矢の声である。そして、

「彼が設計を担当する人よ」

 脇に立つ男を指して、簡単に紹介する。


 工場入り口の扉を開ける音がする。3人が工場の中に入って行く足音が聞こえる。

 道久は、気付かれぬよう入り口に廻る。

 電気を止められている建物内。明かり取りの為に入り口扉は半分開けられたままだ。

 

「幹也君。どうしても私たちの仲間になる気は無いの?」

 建物内に星矢の声が響く。

「もう少し待てば、人間の技術もビク達に近づけると思う。急ぐ必要は無いでしょうよ」

 幹也が返答する。

「そうなんだ。それじゃあ仕方が無いね」

 星矢がそう言った途端、パンという銃声が鳴った。


 まさかと思いつつも、道久は脱兎の如く星矢に走り寄り、後ろから首筋にスタンガンを当てた。

 道久の咄嗟の出現に、防御する間もなく星矢が倒れる。


 道久は星矢の手から銃を奪うと、彼女が連れて来た男に向かって銃を構える。その手は、ずっしりと重さを感じるのか、僅かに震えている。

「直ぐにここから消えろ! 二度とこいつらに近付くな! でないと、お前が殺人犯にされるぞ!」


 あっという間の出来事に、男は何が何だか分からない。男は道久の怒声に戦き、逃げるようにして車に飛び乗り走り去った。


 振り返ると、星矢が立ち上がろうとしている。銃を向けながらポケットに仕舞い込んだスタンガンを取り出し、再び彼女の首筋に当てる。

 その動きは、道久自身が驚くほど素早かった。


 異星人は侵入した生物の動きを加速できる。それは、幹也が既に示した。スタンガンで体がしびれている内に事を済まさなければ。何故なら、反撃されて道久が遣られてしまう。

 再び気を失った星矢の口を開けて、道久は用意してきた小瓶のドリンクを彼女に含ませる。小瓶の中に入っている液体は、睡眠導入剤を溶かした水。

 星矢等を眠らせる為に用意した物だ。


 道久は、撃たれて倒れている幹也の元に走った。

「幹也!幹也! 俺が悪かった。此奴等が、こんなに早く殺しに掛かるとは考えられなかった。ごめんよ」

 幹也の胸元は赤い血で染まっていた。


 この出来事が起きる少し前だった。道久が幹也の居る社長室に行った時、パソコンの前にはUSBメモリーが何気なく置かれていた。

 道久は自分の部署に戻り、そのUSBメモリーの内容を読んだ。

 そこには、一目では分からない文字の羅列が並んでいた。しかし、道久は、その言葉の意味を解読した、

  

 未だ幹也が小学生の頃、道久が面白がって一言一言の後にラ行を付けた遊びを教えたことがある。

「『みきや』なら、『みりきりやら』。『えなみ』なら『えれならみり』だ。一言ずつに『らりるれろ』を挟むんだ」

 

 この方法を使えば、異星人ビクにも直ぐには理解出来ないと、幹也は考えたのだろう。

 内容は短い文章だった。

【かれれれららがらならにりをたらくるららんでれいりるるからぼろくるがらしりつるもろんするるる。それれれを、びりでるおろにりとれっろてれほろしりいり。ころうるひりょろうるするれればらふるせれげれるるからもろしりれれならいり」

 図らずも、最後の幹也の言葉となった。道久はこの文章を読み取った。



 幹也は星矢と対峙は道久の推測とは違ってしまった。

 工場内に入った幹也と星矢。当然二人は言葉の遣り取りがある程度交わされるものと、道久は計算していた。

 その間に、彼は隙を見て何かしらの行動を起こす積もりだった。

 しかし、結末はあっという間に終わってしまった。幹也の死という形で。


 道久は幹也の体を揺する。

「死んじゃったのかよ。幹也、しっかりしろ」

 すると、僅かだが幹也の瞼が動いた。

「リクのカプセルは深海に沈んだ。リクはもう、久美の体に悪さが出来なくなった。安心してくれ」

 幹也は僅かに頷き、そしてピクリともしなくなった。


 道久は幹也の腕を取り、脈を診た。脈が無い。彼の眼から涙が零れる。

「幹也よ。人類はお前の犠牲のお陰で勝つことが出来る。いや、絶対に勝ってみせる。あの世から見ていてくれよ」

 幹也の手は、次第に冷たくなって行く。

「俺も直ぐに行くからな。彼奴らに勝利したのをあの世で一緒に祝おうぜ」


 10分程幹也の側に跪いていた道久。幹也が携帯していたビクのカプセルを取り出すと、やおら立ち立ち上がり、倒れている星谷に向かう。

 そして、星矢の手に銃を握らせると、彼は彼女の体を探り、カレンのカプセル取り出した。

「お前等のカプセルは、俺が手に入れた。今に見ていろ」

 カプセルを触っている所為か、カレンの喚く声が聞こえる。道久は、そんな声など全く気にせず。アルミ箔を巻いてリュックの中に押し込む。


 道久は、設置した隠しカメラを取り外し、纏めてリュックの中に入れると、建物裏に広がる雑木林の中に姿を消した。

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