爆発オチ

むっしゅたそ

家に時限爆弾がある!

 僕はなんの変哲もない高校生だ。退屈な授業を便宜的に終えるとすぐに帰路につく。部屋のドアを開けると、その凡庸さに見合ったささやかな安息がそこにある……はずだった。

 そんな僕はやはり、世間知らずで盲目的な子供だった。

 目に飛び込んできたのは、見慣れない金属製の箱と、それに備え付けられた、赤いライト。そして、それが表示する1:30という数字。

 ビジュアル的には、映画によく出てくる〝時限爆弾〟だ。

 しかし、まずこれが本当に爆弾かどうか考えなければならない。姉のイタズラ説。友人のイタズラ説。それらに付属する様々なイタズラ説。そういったものが脳裏を駆け巡る。

 そもそも、小市民の、ささやかな私生活の空間に、時限爆弾を仕掛けてなんになるというのだ。

 ――いや、それでも、爆弾魔は愉快犯であることが非常に多いと聞く。そして彼らは、爆弾を設置された側の反応を見て楽しむらしい。……なるほど、よくよく考えてみれば確かにそうだ。ただ、対象を爆死させたいなら、タイマーなどつける必要はまったくない。もしもこの黒い四角形の機械が、本当に爆弾だとすれば、造り手は酷くねじ曲がって歪み切った精神構造に違いない。


 ――カチっという乾いた音と共に、爆弾(仮)の表示する数字が1:29に変わった。これは「あと1時間29分で爆発するぞ」という脅しなのか? 現実味を帯びない爆弾(仮)の様子をただ唖然と見ていた僕は、ここにきてやっと焦った。

 これがもし、仮に、本当に爆弾だったのなら、と。

 想像するとそれは、とても酷い事態だった。爆弾の殺傷力は重火器を遥かに上回り、家屋を一つ吹き飛ばすくらい造作もないことは、誰もが知るところである。そして、そんなシロモノがここにあるのは、生命の危機を意味している。

 けれども楽観主義な僕はやはり、イタズラ説を予測していた。家族の中の誰かが犯人だとすると、消去法で考えると、このイタズラ(仮)をやった人間は姉である。

 姉は酷くイタズラ好きである。どうしてこうまでと驚くほどにイタズラ好きである。幼少期からその性質はいかんなく発揮されていて、そのせいで僕の性格は、爆弾魔のように、疑り深くねじ曲がった。

「人のせいにするな」「甘ったれんな」と言えるなら、その者は〝真に邪悪なイタズラ〟の被害に遭ったことがないのだ。

 僕がまだ純粋無垢な少年だった頃は、真面目な中学生で、部活動でバトミントンにも励んでいた。

 そして好きな子もできた。そのとき、事件は起きた。僕のロッカーに、ラブレター(仮)が入っていたのだ。僕には、筆跡だけで、書き手を特定できる特殊能力があったので、書き手が女子バトミントン部の七瀬ミキだということは一目で見抜いた。若干癖のある達筆とは言い難い丸文字だったからだ。まさに僕が想いを寄せている女子本人からの手紙だったのだ。

 僕は有頂天に舞い上がった。僕は体操服からすぐに学生服に着替えて、手紙の文言通り学校前のデパートに胸を高鳴らせながら早歩きで向かった。約束時間は午後5時で、10分早かったがまあそれは問題なかろう!

 そこには予想通り、七瀬ミキが待っていてくれた。ただ、深刻そうな顔ではなく、少し笑いを堪えたような顔だったのが、大きく予定と違った。だがよかろうもん!

 七瀬ミキは、途切れ途切れに苦しそうに発声した。

「大島君……背中……」

 僕は背中がなんだと考えて、後ろを振り向いた。

 後ろはなんの変哲もなく、いつもの地方都市だった。

 そして七瀬へ視線を戻した。

「背中がどうしたの?」

 七瀬は、もはやギャグ漫画がツボにハマったときのように愉快げに口角を上げて笑っていた。

「せ……背中じゃなくて……後ろ……」

 もう一度後ろを振り向いた。しかしそこにはやはりなんの変哲もない街があるばかりだった。

「アハハハハハハッ」

 遂に七瀬は声を上げて笑い始めた。

 僕は、これはおかしいぞと思って推理をした。〝背中〟〝後ろ〟と表現されて、後ろを向いてもなにもなかった場合。――自分が振り向く時は、自分の見えている世界だけが反転するはずという既成概念の罠。巧妙に練られた〝術式〟……これらに全て整合性を取らせるならば。

 衣服!

 もはやこれしかなかった。

 すぐさま学生服を脱いで、背中の部分を見たら、〝ちょっと上手いのが無駄にムカつくイラスト〟が乱暴にテープで張り付けられていた。

〝腕を十字にクロスした〟〝攻守において完璧な構え〟を取った男に、「かかったなアホが!」という名セリフが添えられていた。完全にJOJOの奇妙な〇険、第1部の姉の愛する〝伝説のカマセ犬〟ダ〇ヤーさんの〝散り様の三秒前〟だった。

 そして、七瀬と合流するように姉が現れて、自身も爆笑したあと、彼女に千円札を渡した(ああ、あの頃の千円札はまだ野口英世だったなあ……)。

 姉は弟を罠にはめるならば、千円くらいは普通に使う奴なのだ。ちなみに、そのあと二人でマクドナルドのハンバーガーを食べに行ったらしい。ちくしょうが。――人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ!


 ――ふと、現実に意識を戻してみたら、爆弾(仮)の表示時刻は、0:16を示していた。

 これが本物の爆弾である可能性は、姉の前科を鑑みると低い! しかるにこれほどの精巧な機械を、姉が用意できるのかが、定かではない。

 その時、

「なによそれ!」

 と、聞きなれた通る声が一閃。

 振り向くと姉が居た。

 思えば僕は、この爆弾(仮)を発見してから、立ち尽くして思慮を巡らせるだけだった。部屋の扉を閉めることすら忘れていたのだ。

 姉はとても興味深そうに爆弾(仮)を眺めた。――この眼差しを見るのは初めてではない。

 姉は、自分の興味があるものを観察すときだけは、玩具を与えた猫のように、物凄く、解りやすい表情をするのだ。こればっかりは疑う余地もない。

 僕は感情的な憶測は好きではない。好きではないが、このとき瞬間、爆弾(仮)を仕掛けたのは姉ではないと〝確信〟した。

 同時に、寒気が背中から押し寄せてきた。

「ちょっと、オークションで買ったんだよ。映画で出てきたアレのレプリカ!」

 僕はそう言って、すぐさまドアを閉めた。

 向こうから、ノックの音と「もうちょっと見せなさいよ」という声が聞こえたが、それは無視した。

 もう、爆弾(仮)の、(仮)を取り除くべきだろう。これは〝爆弾〟だ!

 表示される数字はもう0:08を示していた。

 ――これは、本格的にまずい。

 僕は、せめてこの爆弾の被害が家族に及ばないよう強く願った。

 身体が先に動いた。すぐさま爆弾を抱えて、立ち上がった。そのときの脳裏にはなぜか、にっくき姉の姿はなく、優しかった頃のお姉ちゃんのイメージしか浮かんでこなかったのは、なぜだろう?

 僕は扉を開けっぱなしにして、爆弾を持って、一階に走った。

 だが、最悪のタイミングで、姉と鉢合わせた。

「待ちなさいよ。そんなおもしろそうなもの、独り占めしようって気? あれでしょ、私も見たよ、あの映画でしょ?」

 姉がついてこようとした。

「駄目だ、僕についてきたら、巻き添えになる!」

 口からそんな言葉が飛び出す。

「なによ、カッコつけちゃって。さてはまたなにかの映画の真似でしょ」

 姉はそう言って、屈託のない笑顔を浮かべたまま、僕の腕を掴んだ。

 爆弾を見ると、0:02と記されていた。時間が、もうない。

「姉ちゃん、ごめん」

 姉を力ずくで引き剥がし、乱暴に玄関の扉を開け、靴も履かずに走りだした。

 ――いつも人気の無い公園へ向けて、息を切らしながら走った。きっとこの爆弾の造り手は、愉快げに僕の動向をどこかしらから覗いて、愉しんでいるのだろう。

 どうか誰も来てくれるな、そう思いながらも、僕は夜の公園にやっとの思いでたどり着いた。大丈夫だ、人は居ない!

 しかし、爆弾を見ると、0:00と記されていた。

 これは……。

 逃げるのは、もう、不可能だ。こんなに呆気なく、人生は終わってしまうものなのか? けど、一人ですむなら、いいじゃないか。

 僕はその場に立ち尽くして、すべてを諦めて、爆弾をただ、眺めていた。


 ドォン‼

 耳をつんざくような炸裂音が響き、ものというものが破壊され、僕の肉体も木っ端微塵になる……?


 ……はずだった。


 けれど、実際に起こったのは、花火程度のささやかなパンという音だけ。

 爆弾のほうは、「0になったらそこで終わりとでも思ったか!」とでも言いたげに、表記が-0:01に移り変わっている。


 頭の中のパズルが合致して、すべてのことがらの整合性が取れていく。


 そういえば、姉は半年前に大学の理工学部に入り、電気系統の研究をしていた。しかも結構真面目に。


 ちくしょう……、やっぱ姉ちゃんには敵わないな。


 僕は心底溜息をついて、こちらへ歩いてくる長髪姿の人影に向かって「ちくしょー!」と叫んだ。


 追記:爆弾魔が、特等席で見物するという話は、どうやら本当だったようです。

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