絵描きと剣士

むっしゅたそ

絵描きと剣士が喧嘩になった!

 絵描きと、剣士が喧嘩になった。

 争いごとには常にルールがついて回るものである。

 絵描きは、剣士に暴力で勝つことはできないと知っているので、どうにか、自分の土俵で争うことが出来ないかと模索した。

 一方剣士は、蘊蓄を垂れるのが好きな男であった。

「おいおい絵描きよ。チェス・ボクシングと言う競技を知っているか」と言った。

 絵描きはチェス・ボクシングを知っていた。

 チェスとボクシングを交互に行うと言うシュールな競技である。西洋版の文武両道競技だ。

 なるほど剣士の奴はデッサン・フェンシングでも挑んでくるつもりなのだろうか。と、絵描きは想像した。

 なんだそのクソゲーは!

 デッサンする時間で、如何に上手く絵を描いた所で、フェンシングの時間に串刺しにされてハイそこまでである。

 そうならない為に、とりあえず絵描きは「知らないよ」と答えた。

「おいおい、そんなものも知らないのか」と剣士は言った。

 それに絵描きは少し腹が立った。しかし、此処は知らないふりをするべき局面なのだ。

 剣士は、はぁーっと嫌味っぽく溜息を吐いた。そして、

「だったら、諺で、ペンは剣より強しって知っているか」と聞いた。

 絵描きは当然知っていた。

 しかし、ここで頷くと。「本当にペンが剣よりも強いか、試してみよう」と、したり顔で言って来る剣士の姿が、ありありと想像することができた。

 なので絵描きは、再び、「知らないな」と答えた。

「何も知らないんだな。お前は」と、剣士はますます絵描きを煽った。

 ぷち。

 絵描きの中で何かがキレた。

「いい加減に、しろ!」

 絵描きは三白眼で剣士を睨みつけた。

「なんだと、俺に刃向うつもりか?」

 剣士は、剣を抜きそうになった。けれども、大人げない自分に嫌悪して、やはりやめた。

 変わりに、「お前の絵、すっげー下手糞だよな」と言った。

 実際の所、絵描きの絵は、なかなかに下手であった。初心者なのだ。

 絵描きは益々腹が立った。

「じゃあ描いてみろよ」そう言って、ペンと画用紙を渡した。

 剣士は少し動揺した。しかし、プライドの高い彼は、「あ、ああ……」と言って、首をタテに振ってしまった。

 絵描きはしめた、と思った。まさに自分の土俵に剣士を引っ張り出す事に成功した。そう思って喜んだ。

 しかし……、

 絵描きの想像とは裏腹に、剣士はあっという間に、とんでもなく精巧なデッサンを描きあげてしまったではないか。

 な、なんてことだ。

 絵描きは動揺を隠しきれなかった。

 剣士の絵は、絵描きの絵よりも、遙かに美しかった。

 美しいと感じてしまったものを、下手だとけなすことは、芸術家としてのプライドが許さなかった。

「ああ、上手い……俺よりもずっと上手いかもしれない」

 率直な言葉を述べた。

「ふふん」剣士は心得顔で、勝利を確信した。

「だけど、お前の剣の腕前と言う奴も、いかんせん信用できないものがあるな」と絵描きは皮肉を返した。

 絵描きの最後の砦であった。

「剣士たる俺に、剣の実力を見せろだと?」剣士はははは、と豪快に笑った。

 剣士は、腰に掛けてあった剣を抜いて、絵描きに〝型〟を見せてやろうと、右手を伸ばした。

 あれっ?

 剣士は動揺した。

 自分の剣がない。

 すると、自分の腰にあったはずの剣を、絵描きが握っていた。

 絵描きは、恐るべき剣舞を披露した。

 誰が、どう見ても、間違いなく達人の領域だった。

 そして剣の刃先を、絵描きは、剣士の喉元でぴたりと止めた。

 剣士は、冷や汗を流した。

「俺は、闘いのむなしさを悟り、二度と剣を持たぬと決めていた……。しかし、お前の絵を見て、やはり俺は剣の世界でしか生きられない人間なのだ思い直した」

 絵描きはそう言った。

 剣士は、動揺して……

 いなかった。

「描ける、描けるぞ……。不当な暴力で家族を失って以来、絵の無力さを悟って、剣の道を決意したが……。俺はやはり……絵描きでしかない!」

 喉元に刃を突き付けられた状態でも、彼は絵を描き続けていた。

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絵描きと剣士 むっしゅたそ @mussyutaso

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