【2nd】気がついたら〇〇になっていた!!!

Yohukashi

早く戻して!!

 目覚めたら、辺りが明るかった。

 万年、カーテンで閉めきられているワンルームの汚部屋はいつも薄暗いのに、何でこんなに明るいの…???

 ウッソー!寝過ごした!?ヤッバー。

 プレゼンの最後の詰め、残したままなのに!このままだと、またハゲ山部長にグチグチネチネチ言われる…

 と思って飛び起きると、世界が一変していた。

 決算セールで売りに出されていた安物のベッドではなく、天蓋付きの豪奢なベッド。衣類や小物でごった返している狭いワンルームではなく、一流の調度品が整然と配置され、磨き抜かれた床、天井から吊るされた美術品と見紛うシャンデリアなどで彩られた、広い寝室。貴族、いや王族が使うような超高級品ばかりで、目が回りそうになる。

「なに?夢でも見てるの??」

 子供の頃、お姫様になるのが夢だったのを、今さらになって思い出した。夜着も最高級のシルク製。夢にしては、あまりにも生々しい。

 ベッドから出て、姿見の前に行く。そして自分の姿をじっくり見ると、疲れ果てた働きウーマンではなく、神々しいまでに輝く金髪、きめ細やかな白い肌、黄金比で配置された目、口、鼻のある小さい顔、細くて長い腕と脚、痩せ過ぎてない細い身体と理想的なスタイルをした、世界一の美人が写っていた。

「私、ホントにお姫様になったの?」

 美人とは、テレビ画面越しに見て羨むものだった。だが、姿見に写る自分は、今まで羨んできた美人たちの誰よりも美しい。そうだ。美人とは、遠く離れたところから羨むものではなくなったのだ。

 お金持ちとは、テレビ画面越しに見て羨むものだった。だが、今自分がいる部屋は、今まで羨んできた金持ちたちの誰よりもハイスペックな部屋だ。そうだ。今まで馬車馬のように働き詰めに働きながらドビンボーな生活に追われ、金持ちたちの優雅な生活を羨んできたが、そんな彼らを遠く離れたところから羨むものではなくなったのだ。

 これで、イケメンで頼もしい王子さまが来て下さったら、いくらでも神様に祈りを捧げたい。

 鼻唄交えながら、いろんなポーズをとって姿見に写った自分を見ていると、姿見の端に、シンプルで機能的な美しさがある上着にタイトスカート姿、長い直毛の黒髪をポニテでまとめた女性がいることに気づいた。知らないはずの人なのに、何故か彼女のことを全て知っている自分がいて、慌てて姿勢を正す。

「ルゼ。声もかけず黙って入るなんて、失礼なんじゃないの?」

「失礼しました、シュリ様。何度もノックして、扉の外からも声かけさせて頂いたのですが、お返事がないものですから、何かあったのか心配して、ご許可なく入らせて頂きました。お怒りでございましたら、扉を開けた私の腕を切り落としますが、いかが致しましょうか?」

 なかなか殊勝なことを言うので、ふむふむと聞いていたら、うっかり聞き逃しそうになった。ん……んん、ん!!何かさらっと、この人とんでもないこと言わなかった??

「う、腕を切り落とす??」

「ご不満でしたか?それでしたら、このような判断をした私のアタマにクギでも打ち込みましょうか?」

「いやいやいやいや、ちょっと待って!アンタの腕なんか切っても、ぜんぜん嬉しくないし、逆に気味悪いし嫌な気になる。アタマに釘打ちなんか論外」

 全力で否定する私に、ルゼは不思議そうな顔をした。

「今日のシュリ様、変ですね。失敗した部下の四肢を切り落として、それを食べるのがお好きだったではありませんか。何かございましたか?」

 えっ。この人、何言ってんの?このスーパー美人、私が入り込む前、実はとんでもないサイコパスだったの?ルゼの言う常識と自分の常識があまりにもかけ離れすぎて、アタマがクラクラする。歪んでしまいそうになる目の焦点を何とかルゼに固定して、ハッキリと明言した。

「人の身体を切り刻むなんて、野蛮人のやること。そんなつまらないこと、金輪際止めようと決めたの。アナタ、ご不満かしら?」

「いえ。シュリ様がお決めになられたことに不満など、あるはずがありません。それでは、私は、どのような罰を受けるのでしょうか」

 何で私が気付かなかっただけのことで、こんなに話が大きくなるの?もう、勘弁してよ。

「罰なんかないわよ。気付かなかった私も悪いんだから。ところでアンタ、私に何か用があって来たんじゃないの?」

「はい。朝のお湯浴みの準備が整いましたので、お知らせに伺いました」

 たったそれだけのことで、何でこんなに疲れなきゃならないの!げっそりしたけど、折角知らせに来てくれたし、朝風呂にも魅力を感じたから、行くことに決めた。


 朝風呂、うん、よかった…かな。大浴場に行ったら侍女が3人待ち構えていて、服を脱がされたり、髪や身体を洗われたり、拭いて乾かされたり、服を着せられたり、全部侍女にしてもらった。まあ、楽なんだけど、ゆっくり浴槽に入りたくても、側でじっと待たれると落ち着かないし、身体を洗ってもらうとき、もう少しこすってもらいたいところを、おざなりにされたり、人にされることに慣れていないせいか、それほど満足できなかった。

 それから、食事。豪華なんだけど、大味。脂っこい。調味料も貧弱。メニューも限られている。パンはパサついているし、お米がない。現代日本の食事って、すごいんだ。いろんな人が知恵を絞って作り上げた努力の結晶だったんだって実感した。

 それから、仕事。令嬢だから、お稽古ごとやって、お友だちとお茶会やって、観劇とか園遊会へお出かけ行って、とかをイメージしていたのに、実際は全く違った。

 と言うより、そもそも令嬢ですらなかった。

「シュリ様。勇者アドンの一行が、第二防衛線を突破しました。いかが致しましょうか?」

「シュリ様。勇者ドバの一行が、ブロン城を陥としました。いかが致しましょうか?」

「シュリ様。勇者ピスタの一行が、最終防衛線を突破して、この城に迫っています。いかが致しましょうか?」

 会議室に集まった魔王どもや公爵級の悪魔どもが、私の前にひれ伏して報告してくる。そう、私は令嬢なんて生易しいものではなく、こやつらを束ねる大魔神だったのだ。

 私の背後には、5人の魔神が並んで立っている。そのうちの一柱が、進み出て魔王の一人を叱責する。

「第二防衛線をどうするつもりなのだ!?」

「はっ。残存兵力を糾合して勇者アドンの背後を脅かし、第三防衛線の援護を致します」

「なら、第三防衛線を束ねる魔王よ。対策を述べよ」

 矛先を向けられた魔王は、青い顔をして立ち上がった。

「はっ。現有戦力では心許ないので、何とか援軍を頂きたいのですが」

「まだ何も為していないのに援軍を求めるとは、自分で何とかしようとする気概はないのか!?そんな気弱で、魔王が務まるとでも思っているのか!!」

「も、申し訳ありません……。第二防衛線の魔王と対策を協議して、後でご報告に伺います」

「なら、明日の朝までに両者揃って報告に来い。遅れたら、分かっているだろうな」

「はっ。肝に銘じます!」

 こんなやり取りを、他人事のように眺めていたのだが、どこかで似たようなものを見た気がしてずっと記憶のタンスをひっくり返して、やっと答えを見つけた。そうだ。これ、たまたま部長のお伴で同席した部長会の様子と、そっくりなのだ。

 社長を中心とした取締役たちが、業績の悪い部長をコキ下ろす会議。

 こんなのやったところで、業績なんか良くなるはずないのに、何て下らないことするんだろう。こんなことするヒマがあるのなら、アンタたちが何とかしたらどう?って思った気がする。だから、こんな会議に出されても気乗りせず、退屈してしまったんだろう。

 だから、つい言ってしまった。

「そういえば、第二防衛線と第三防衛線の統括責任者はアナタですよね。アナタ自身は、どのようにお考えなの?」

 糾弾していた魔神の顔色が激変する。赤から青に変わる。顔色って変わるものなんだって感心してしまうほどに。

「そ、それは、その、当然何とかしなければならないものでして。その責任は重大であることは十分承知しており、責任の重大性を魔王たちに認識させることこそ、一番にやらねばならないことであると考える次第でして」

 うっわー。社長の小判鮫平取と同じこと言うなあ。魔神だか何だか知らないけど、大したことないなあ。

 素敵な王子さまとの出会いなんて期待できないし、友達と楽しい場所へのお出かけもできないし、ご飯はおいしくないし、しかもこんなつまらない会議に連れ出されるし、勇者の来襲に怯えないといけないし、もう嫌。いくら美人でスタイルが良くて、お金持ちでも、意味ないじゃん。早く元の世界に戻してよ!

 結局、魔神城から一歩も出ることなく、一日が終わった。ルゼをはじめとして、みんな一歩引いて応じてくるし。つまらない。いっそのこと、勇者の誰かがここから私を連れ去ってくれないかしら…。でも、この世界の食べ物に期待できないのよねえ。明日になったら、あの薄暗くて狭いワンルームに戻っていた、なんてことになれば嬉しいんだけど。

 一縷の望みをかけて、ベッドに潜り込んだ。


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