雪降る夜にノドグロを【雪】

たっきゅん

運命の一夜【雪】

 しんしんと降り続ける雪を強面こわもての顔で睨みつけながら白河しらかわたけしは途方に暮れていた。


「天気予報の馬鹿野郎が……これじゃ帰れねーじゃねーか」


 出張で訪れた山奥から先方に車で送ってもらったまではいいのだが、辿り着いた駅では頻りに『現在、大雪のため全線運転を見合わせております。大変ご迷惑をおかけしておりますが、ご理解とご協力のほどよろしくお願いいたします』と同じアナウンスが繰り返されていた。


「それにしても窓口はひどい人だな――おっ」


 ちょうどいいところに通りすがりの駅員を見つけ、剛はさりげなくを装いながら近づいてすかさずに声をかけた。


「忙しいとこ悪い、運転再開の目途は立ちそうか?」

「いやー、ここまで降られると今日は無理だろうね。もう夜だしこのまま終日運休になるのも時間の問題だと思うよ」

「……そうか。引き留めて悪かった。ありがとう」


 年配の駅員は長年の経験からこれはダメだと悟っているようで、慌てた様子もなく剛の質問に対して現実的な返答を受ける。剛はやっぱり無理かと思いながら礼を言い見送った。


「どうしたもんかな……とりあえず会社に連絡入れておくか」


 すでに時刻は20時を回っており、会社の電話へは繋がらないだろうと考えて緊急連絡用の上司の携帯へと電話をかけるとすぐに完全にオフモードの井上課長が電話に出た。


『そうかい? 無理せずに帰ってこればいいから、そっちで一泊してゆっくり戻っておいで。外泊での出張申請に明日しておくから出張費も出るし楽しんでいらっしゃい』


 話の分かる上司が上手い事してくれると聞き、上機嫌になった剛は電話を切り白銀世界といえるほど雪に覆われた駅の外へと歩み出る。駅構内にいる間にさらに雪は積もり、くるぶしまで積もったは容赦なく剛の靴へと侵入してきた。


「出張は素泊まりの宿に地元の居酒屋で洒落込みたいところなんだが……」


 剛の視線の先にある繁華街の電気はすでにほとんどが消えており、今日は早い店仕舞いでさらに降り積もる雪に備えているようだった。


「雪国のやつらがこれだとマジにヤバそうだ。早く宿を探さねーとな」


 雪に慣れている地元住人が店仕舞いをしているのに外の人間である自分が遊び歩くのは危険しかないと思い、剛は光輝くホテルの文字を目指して歩く。


「見慣れないホテルだが……経費で足りるか?」


 全国チェーン店のホテルは料金は基本的には一律で泊まり慣れており、経費で足りるということとサービスの水準に安心感があるのだが、そのホテルはおもてに料金表が出ておらず、かといって近くにホテルの文字も見当たらないため意を決して中へと入った。


「――マジでか? 本当にこの料金でいいのか?」

「ええ、外は寒かったでしょう。すぐに部屋にご案内できますのでよろしければ当ホテルを是非ご利用ください」

「では一泊、世話になる」


 老夫婦が経営するホテルは和食の二食付きでお釣りがくる安さだった。濡れた服と靴を脱ぎ、和室で寛ぐ。昔ながらの方法だが新聞紙を丸めて靴に詰めて湿気を取っておく。――すると少し経ってからお婆さんが大きな焼き魚がメインの料理を運んできた。


「……これはノドグロか。明らかに採算が合ってないだろ」

「本当は豪華客室用のですけど、お客様が来れなくてキャンセルになってしまい、処分するには勿体ないのでと提供させていただきました」

「なるほど。ではありがたく――」


 確かに電車が止まるような大雪だ。剛が会社に戻れないようにホテルに来られない客がいても不思議ではなく、例え急に来られなくなったとしても準備した食材は存在しているのだ。それが貴重な高級食材ならなおさら勿体なく、今いる客に提供して印象をよくして帰ってもらった方がいいと判断したのだろう。


「さすがに旨かった。雪に感謝だな――それと井上課長にも」


 そこでふと入り口に売店があったのを思い出しすぐさま向かう。缶ビールとつまみのビーフジャーキーを手にして呼び鈴を鳴らすとすぐにお爺さんの返事が返ってきて売店横にあるフロントの扉からお爺さんがやってきた。


「ちょっと聞きたいんだが……」

「どうかされましたか?」

「領収書の金額にここでの買い物を含むことはできないだろうか?」


 朝晩の食事を付けても旅費は余る。そのお金で代わりに遅れた分の仕事をしてくれる課長たちへのお土産を買えないかと剛は考え、個人経営のホテルなら融通が利くかもしれないと思い訊ねたわけだが無理だと言われた。


「食事は食事込みのプランで誤魔化せますが売店となるとさすがに……」

「……そうか。無理を言ってすまなかった。だがそのノドグロの干物は自費でお土産にいただきたい」

「ありがとうございます。――ではごゆるりと」


 持ってきていた会社のノートパソコンで今日の報告書をまとめる。時刻は深夜一時、外は雪が積もりすでに凍える寒さとなっているのだろうと思いながら、温かい部屋でふかふかの布団に包まる最高の贅沢を味わいながら剛は眠りに就いた。


 翌日、会社に戻り会議に出席した。特産である海産物の報告書はとてもよくまとまっており、先方との関係も良好で値段交渉も上手くいっているのが評価され、剛は日本海側の仕入れ担当を任されるようになった。


『花菱商事の白河です。来月の12日に泊りたいのですが部屋は空いているでしょうか? ――ええ、同じ部署の仲間と伺いますのでまたお願いします。部屋は普通で構いませんが料理はとびきりので。今度はちゃんと料金を支払わせていただきます。――楽しみにしています』


 担当を任せられてから、言葉遣いがなっていないと再教育を受けることになったが剛は経費であの料理を再び食べるために頑張り、ホテルの常連となった。


 雪の妖精が起こしたような奇跡……ではなく、任せられた仕事を頑張り、ついでに私利私欲を叶えるために頑張った男の物語がこの間にあったことを付け加えておく。


「あー! 早くあそこのノドグロが食べてぇーなぁー!」


 けれど大都会に欲望を吐き出す男は、出張先のホテルに泊まる前よりも生き生きしているように皆が感じた。そして――剛の手配したホテルに泊まった同僚たちも人生に生きがいを見つけたようにやる気に満ち溢れて帰ってきた。


 それがきっかけであのホテルは花菱商事の慰安旅行先として毎年利用されることとなり、それが口コミとなって実は経営が危なかったホテルが立て直されたのは言うまでもない。

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