龍を尋ぬ
三津名ぱか
龍を尋ぬ
お加減はいかがでしょうか。ふむ、だいぶよろしいようで。昨晩は息も絶えだえでありましたのに……おっと失敬。あまりにご回復なさっているので、私も安心したのでございます。
しかしまあ、たまたま近くを通りがかってよかった。一応故郷ではなかなか評判の薬師でしてね。こことは比べ物にならないほど、ずっと寂れた山村でありましたが。いえいえ! 村を出たのは別に貧しいからではございません。むしろ今は非常に活気があるのですよ。
どうやら長く臥せりすぎて眠れぬご様子。ならば旅のわけをお聞かせしましょう。私も旦那様にお尋ねしたいのでございます。あの龍の正体を。
私は三人兄弟の末っ子として生まれました。一番上は気立ては優しいが体が弱く、籠っていることが多いお人でした。対して二番目は快活で、幼い頃からとても聡明でしてね。仁のある両親は、村人から疎まれる長男を庇ってなんとか暮らしをつないでおりました。
私が四つのある日、次兄と山菜取りをしていました。寒々しい冬の初めで、山菜と言っても名もない草木をそう呼んでいたにすぎません。まばらに生えるそれらを夢中で探すうち、私は崖から転げ落ちてしまいました。
すぐに兄が駆けつけてくれましたが、大人が肩車しても届かぬほど深い窪地です。子供が手を伸ばしても虚しいだけでした。しかも私は足を挫いて立ち上がれません。じっとしていろと念押しして、兄は人を呼びに行きました。
静かな山にぽつんと残されて、おーいと言っても返事は自分のこだまのみ。薄いぼろ着では寒さを防ぐこともままならず、寂しさは募るばかりでありました。もう家族に会えず、一人で死んでしまうんだと、本気で思ったのを覚えています。ひもじさと足の痛みも相まって、しまいには膝を抱えて泣き出してしまいました。そんな時、不思議な声が聞こえたのです。
『泣くでない。もう少しの辛抱であるぞ』
励ましに顔を上げると、そこには小山ほどもある黒い何かがいました。あまりに大きすぎて、すぐそこにある目しか見えません。少し怖いようなでも優しいような、深く黒い瞳です。
「だれ?」
『名乗るほどの者ではないよ。すでに役割を終えて眠りについておったのでな。だが、幼子の悲しみは骨にさえ堪えるのだ。わしがそばいる故、もう寂しくはないぞ』
体の奥底に響く穏やかな声色に、まぶたが徐々に重くなります。うつらうつらと船を漕ぐ私に、大きな瞳が細められました。
『それで良い。兄が来たら起こしてやろう』
――夢で私は、青い水の中を漂っていました。水面は随分と高いところにあって、太陽の光が筋となってきらきら差し込んでいます。しきりに雪が降っているのに、少しも寒くありません。暖かな流れに身を委ねるのは心地よいものでありましたよ。足元のさらにずっと深くでは、黒く大きないくつもの影が、弧を描いて優雅に泳いでいました。
『わしらは永く山にいるが、土の中はもう飽いた。性に合わぬのだ。人の子よ、これを持っていくがよい。誰かの糧になるのなら本望である』
呼び声にまぶたを開くと、すでに夕暮れ時でした。手にはいつのまにか、石のようなものを握っています。はっとして辺りを見渡しますが、あの小山は綺麗さっぱり。まるで見当たりません。しかし、沈みゆく赤い陽を背に、兄と両親が崖上からこちらを覗き込んでいました。
無事に帰った私は、あの不思議な存在のことを家族に話し、貰った石を見せました。すると、次兄があっと声を上げたのです。
「もしや……これは竜骨では?」
当時の私にはわかりませんでしたがね、薬になるのです。薬師に見せたところ、兄の言う通りでありました。しかもあの崖をよくよく調べれば、私が滑り落ちた跡を中心に、長く連なる竜骨が顕になっていたのです。さらに掘れば、何体分も折り重なるように土の中に眠っておりました。
それからというもの、村は生薬の産地として栄えたのでございます。質が良く、驚くほど効くのですよ。おわかりになりますでしょう? 昨夜お出しした中にも入っておりましたから。
長兄も薬で元気を取り戻し、今は故郷で薬問屋を営んでおります。次兄は村の稼ぎで大学に進み、皇帝陛下のお側に仕えるまでになりました。私も薬師となったのですがね、一つどうしても気になることがございました。
崖下から助けられて数日後、寺にお参りした時のことです。両親が壁の絵を指して言いました。
「龍神様にお礼をしましょうね」
どうやら大人は、子供を励ましたのが龍神様だと考えたようです。しかし、私は絵を見て首を捻りました。かっと見開いた恐ろしい目、鱗に覆われた長くしなやかな体、雲を纏ってふわりと浮かぶお姿。どれを取ってもあの時の何かとまるで違います。
念のため礼は言いましたがね、どうしてもお会いしたのが龍神様だと思えなかったのです。しかし竜骨はたしかに出ていますし、龍であると見てもおかしくはない。次兄に頼んで都の資料を調べてもらいましたが、似たようなお姿で現れる逸話はありませんでした。
私はただ、知りたいのでございます。あれが何者であったのか。この歳になっても気になって仕方ないものですから、自分の足で各地を回っているというわけです。
どうでしょう旦那様。あなたは黒く優しい目をした、小山のような龍をご存知で?
龍を尋ぬ 三津名ぱか @willerik0213
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