ステーキかハンバーグか選べない
せかけ
第1話
ここは、ステーキとハンバーグが美味い鉄板焼きの名店だ。
ステーキは、肉厚でジャンキーな味付けで、夜にがっつり食べたくなる感じのやつ。
対してハンバーグは、大量の大根おろしに青じそにネギが乗ったさっぱり系。
甲乙つけ難いが、どちらも美味しい。
俺は、カウンター席に腰を落とすと、店員さんを待った。
「こちらメニュー表になります」
「ありがとうございます」
メニュー表を受け取り、店員さんの後ろ姿を確認すると
ふんっ。と意気揚々に鼻を鳴らす。
いつもなら、どちらにしようか悩むのだが、
今日の俺に、こんなものは、必要ない。
「ステーキ、お願いします」
「かしこまりましたー」
──そう、今日は前もってステーキにすると事前に決めていたのだ。
いつもなら迷ってしまうが、後は、大人しくステーキを待つだけで良い。
出された水で口を潤すと、今日はいつもより人が少ないことに気づく。
辺りに目をやるとカレンダーが目に止まった。
「そうか、今日は平日か。どうりで人が少ないわけだ」
そういえば、なけなしの有休を消化したんだった。
すっかり、忘れていた。
残りの有給の数を皿屋敷みたいに数えていると、人の気配がした。
「隣、失礼していいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「……」
自信に満ち溢れた顔。なるほど、俺と同じで既にメニューを決めてきたな?
わかる。わかるよ。迷うもんな。
どっちかが不味いとかなら迷いなく選べるが、
本当にこのお店は甲乙つけ難いくらいにどちらも美味い。
なんなら、他も美味いらしい。食べたことはないが。
「お待たせしました。ステーキになります」
俺は、出された瞬間。その美味そうな匂いにそそられ
無我夢中でかぶりついた。
「う、美味すぎる」
──最高だ。柔らかく、口の中でブワッと広がった肉汁と、秘伝のソース
が絡み合いながら、旨みを喉奥へ運んでくれる。
これは、肉界の全自動ブルドーザーやー。
パクパク
やばい止まらん。
無我夢中で、半分食べ切った。
そして、自身のクソみたいな例えを思い出すレベルには、
冷静になった頃。何か唐突に視線を感じ、反射的に隣を見た。
「……」
──すると、先程のおじさんが、メニュー表を開きながら薄目で俺のことを見ているではないか。
咄嗟に俺は、俯いて気付いてないフリをする。
そして、もう一度
確認する。
ジーーーーーッ。
やはり、見られている──。
そこで、俺はハッとした。
よく考えろ。俺が、半分食べ切るまでの時間。
提供までの時間。
意外とあったはずだ。
そうだ、時計。左手首に目をやるとかれこれ
10分以上は経っている。
でも、おじさんの手には、店員さんが回収するはずのメニュー表がまだ手元にあった。
(まさか、まだ迷ってる──?)
全身に悪寒を感じ、
そして、その事実に頭を抱えた。
まずいぞ、あんた。
このままじゃ、選べなくなるぞ。
でも、まだ、間に合うか?
玄人の俺が、おじさんに助け舟を。
「あ、あぁーステーキ美味しかったなー」
チラッ。
今日は、ステーキに決めろ。まだ間に合う。
俺は、目配せをした。
パタンッ。
──気付いてくれた!?
おじさんは、メニュー表を閉じ、
声を出そうとした。
「す」
「こちら、ハンバーグになりまーす」
ドンっ。
まずい、おじさんの右隣に、ハンバーグ!?
おい、まさかこれは──
(
いつの間に──。
おじさんを急いで確認するが、
もう右に左に、視線が定まっていない。
正気を失っている。
終わった。やられた。
終わりだ。もう救う手立ては
残っていない。
「ふぅーふぅー」
なんとか正気を取り戻そうと、必死に息を整えようとしている。
だが、俺にはわかる。
そんなもの、気休め程度でしかないことを。
(あんたは、知らず知らずのうちに足を踏み入れちまったんだ。
一度入ると出られない、肉の樹海へな)
「ふぅー、ふぅー、」
哀れみの視線を送る。
おじさんは、小言を言いながら
それでも、水を口に運んでは、離し。
口に運んでは離し、を繰り返している。
おかしくなっちまった。
でも、すまねぇが、俺にできることは何もねぇ。
俺のせいもあるだろう。後悔が募る。
だが、こうなってしまった以上、
もう取り返しがつかねぇ。
おそらく、新兵だろう。
甘く見たな……この店を。
「ゴキュゴキュッ。ゴキュゴキュ」
いやいや、それにしてもさっきから水飲みすぎだろ。
焦るのはわかるが、そんなことしても──
「いや……待て」
何かが引っ掛かる。
明らかに飲みすぎている。
一つの考えが頭をよぎる。
もし、この水をおじさんが
意図的に飲んでいるのだとしたら?
「まさか……」
「すいません、ちょっと|お手洗いに行ってきます」
──
まさか。まさか。まさか。
やりやがった!
これなら、全てをリセットして、この肉の樹海から脱出することができる……!
思わず、俺はガッツポーズをした。
そして、先ほどまで頼りなかった
おじさんの後ろ姿は、神々しく。
どこか、カッコ良く見えた。
(おじさん、あんた、新兵じゃなく退役軍人だったんだな──。)
「お客様、肉こげてますけど」
「ありゃ」
end
ステーキかハンバーグか選べない せかけ @sekake
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