10.絡まれ疑われ
次の日の昼過ぎ。
アシェリージェはダイウェルとディアランに連れられ、遺跡へ向かうべくホテルを出発した。
エール遺跡は、メビース山のふもとにある。アシェリージェ達が宿泊しているドラードホテルから、首都ドラードの街を北西に抜けたところだ。
深い森だったので、これまでほとんど人の手が入らなかった。が、近年の人口増加にともなって土地を開発しよう、というところで遺跡発見。開発は流れ、調査隊が出入りするようになった。
ただ、遺跡は広く、全てを調査するには人手と資金が足りないらしい。
なので、調査が済んだ所を解放し「五年に一度の祭りと一緒に遺跡探検してみませんか」というふれこみで、観光客を呼び寄せようとしている。
学者でさえ手に取れない黒水晶がある不思議な遺跡、ということで、ミステリーツアーの一部に組み込まれていたりもするのだ。これで資金が調達できれば、また調査が再開される予定らしい。
「公開されてるエリアは、どうってことないんだけどさぁ。物好きが結構たくさんいるみたいで。おいら達が調査へ行った時も客が多くって、調べにくいったらありゃしない。警備員の目は他の人間に分散されて、その点は楽だったけどね」
「遺跡は森の中にあるんだろ?」
ダイウェルは、まだ遺跡へ入ったことがない。ディアランが一緒なのは、ガイドのためだ。
「遺跡の周囲だけね。観光客のためのムード作りって感じ。そこへ行くまでの道は、きれーなもんだよ」
そんな話をしながら、三人はドラードの街を歩いていた。
もう少し行けば、遺跡行きのバスが出ている停留所。そこから、およそ三十分かけて遺跡へ向かうのだ。
街は五年に一度の祭り「グローリア」で賑やかだ。祭り本番は二日後なのだが、前夜祭などと称して、すでに街は祭りの色にあふれている。
普段は車道として使われている場所も、祭りが終わるまでは歩行者天国だ。
様々な店が軒を並べ、車道に沿って並ぶ本来の店も露店に負けじとショーウインドウを派手に飾り付け、人の目を引こうと必死になっている。
そして、それらの店にたくさんの人間が引き寄せられ、笑いさざめいていた。
あ、あのペンダント、かわいい。
ダイウェル達と歩いていたアシェリージェは、アクセサリーショップのショーウインドウに飾られたペンダントに目を奪われた。
金のチェーンは細く、ティアドロップ型のピンクダイヤがトップになっている。シンプルだが、それだけに品がある。
柔らかな透明のピンク。アシェリージェの心は、そのダイヤに魅せられる。
だが、そばにあった値札の数字が、少女を凍らせた。ゼロとコンマがいくつあるか、すぐには数えられない。果たして一生のうちに稼げるだろうか……いや、絶対に無理、と思わされるような金額が、現実としてそこに提示されていた。
いくらお祭りだからって……ううん、お祭りじゃなくても、こんなのを買う人が……いるのよねぇ、この世の中には。
自分のこづかいの金額と比べる気にもなれず、アシェリージェはため息をついた。
だが、ため息をついている場合ではないことに気付く。
し、しまったぁ。兄さん達とはぐれちゃった!
アシェリージェがよそ見している間に、ダイウェルとディアランは気付かず先に行ってしまい、人混みに紛れてわからなくなってしまった。
テレポートはできるアシェリージェだが、行き先がわからなければこの能力の意味はない。
それに、こんなに人が多ければ、出た先で大騒ぎになること間違いなし。おいそれとは使えない。
ま、待って、落ち着くのよ、アシェリ。これからあたし達は、遺跡へ行くでしょ。で、遺跡へ行くために、バスに乗る予定。だから、遺跡行きのバスが出る停留所へ向かえば、兄さん達もそっちへ向かって歩いてるはずだから、そこで会えるはずよ。うんうん。
これからの行動が決定した。まずは、停留所のある方向を知らなければいけない。
そう考えて、アシェリージェは周囲にそれを知らせてくれるような看板の
こんなに人が、しかもよその地域から来た人が大勢いるのだ、どこそこへ行くのはこちら、というような張り紙や看板などがあってもよさそうなもの。
「よぉ、彼女。何か探し物かい?」
声をかけられて、アシェリージェが振り向く。そちらには、どうひいき目に見ても頭がよさそうには思えない少年が三人いた。
高校生くらいだろう。アシェリージェとほぼ同年代であろう彼らは、ガムを噛みながらこちらへ寄って来る。
きょろきょろしていたから、それが悪かったのだろう。アシェリージェが連れとはぐれた、と察して声をかけてきたようだ。実際、迷子には違いない。
「あの……遺跡へ行くバスに乗りたいんですけど」
素直に教えてくれるといいんだけどなー、と願いながら、少年達に尋ねてみる。
「遺跡ぃ? かわいー顔して、あんな遺物に興味あんの?」
「そんなカビ臭い所に行かないで、俺達と遊ぼうぜ」
その答えに、あーあ、と思う。祭りのあるなしに関わらず、こういう手合いはどこにでもいるものだ。
「あたしは遺跡へ行きたいのっ。教えてくれないならいいわ」
歩き出そうとしたが、アシェリージェはすでに三人に取り囲まれていた。
「そう冷たいこと、言わないでさぁ。せっかくの祭りだぜ」
「俺達とたのしーこと、しようぜ」
一人がアシェリージェの腕を掴む。
周囲には多くの人が行き交うが、誰もこちらには目を向けようとしなかった。人間の団体は、時としてひどく冷たい。
どうしよう。逃げるだけなら簡単だけど、騒ぎが大きくなったり……するよね、やっぱり。おかしなことして、兄さん達の計画に支障が出たりするのって、絶対に避けたいし。でも、このままだと、どこへ連れて行かれるかわかんないし……。
逃げる気になれば、いくらでも逃げられる。だが、その逃げ方が問題なのだ。
どうしようか、とアシェリージェが悩んでいた時。
「お前ら、俺の妹に何か用か」
「へ?」
いきなり自分達の背後に現われた長身の男性に、少年達は少しぎょっとなる。
アシェリージェがいないことに気付いたダイウェルとディアランが、戻って来たのだ。
「い、いもーと? 本当かよ。いいとこ見せようとしてんじゃねぇの。助けるフリして、テキトーなこと言ってんじゃねぇのか」
「本当だよ。せっかく兄妹水入らずで、グローリアの祭りを楽しもうって思ってんだからさ。邪魔しないでくんない?」
「兄妹で祭り見物かよ」
どう見ても似てない男二人に、少年達は疑惑の目を向けるだけだ。
「助けるって言葉が出るあたり、自分達がよからぬことを企んでいるって自覚はあるようだな」
「うっ、うっせぇなっ」
「いーじゃねーか。妹なら、いつでも一緒にいられんだろ。今日は俺達に貸してくれよ」
「貸す? うちの妹は物じゃねぇっての」
口でどう言っても、少年達はアシェリージェを解放する気はないらしい。
こんな所であんまり暴れたくないんだけど、どうする? とディアランがダイウェルに目で尋ねる。
その時。
「どうかしたかね」
二人の制服警官が声をかけてきた。
祭りに犯罪はつきものだ。この人混みの中をパトロールしている時に、もめごとを発見してやって来たらしい。
「ん? お前達、さっき向こうでも騒ぎを起こしかけていたな。ちょっと来なさい」
「やべっ」
少年達はアシェリージェの手を離すと、急いで人混みの中へと逃げ出した。それを警官の一人が追い掛ける。
「あの少年達と、何をしていたのかね?」
残ったもう一人の中年警官が、ダイウェルに尋ねる。
「何も。妹が絡まれていたので、助けようとしただけです」
「本当かね? 彼らに何か指示していたとか、そういうのではないのかね」
疑り深い警官だ。まるでダイウェルがあの少年達に「たかりでもやって来い」と命令していたかのような口ぶりだ。元締めみたいなもの、と思われているのか。
実際にそういうことをする人間もいるのだろうが、とんでもないえん罪である。
「違います、おまわりさん。ここにいるのは、あたしの兄さんです」
「本当に? それにしては、あまり似てないようだが。脅されて言わされてるんじゃないのかね?」
本当にそうだとして、脅す人間が隣にいる状況で「はい、そうなんです」と答える人がいるのだろうか。
「脅されてなんかいません。間違いなく、あたしの兄さんなんです」
言いながら、アシェリージェはダイウェルの腕にしがみつく。役得……と言っている場合ではない。
「必死になるところが怪しいな」
どうして、そうなるのよぉ。ドラマなんかで刑事が「疑うのが仕事」なんてセリフを言ってたりするけど、疑いすぎだわ。
アシェリージェのフォローも、この警官の前では役に立たない。
「おっまわりさんっ」
いきなり、ディアランが前に出た。親しげに、肩をバンバンと叩く。
「おいら達、腹違いの兄妹なもんで、似てるってあんまり言われないんだよねー」
「……そうか」
急に警官が素直になった。
「また妙な奴に絡まれんようにな。祭りを楽しんできなさい」
そう言うと、警官は何事もなかったように、人混みの中へと消えた。
「ふぇ~」
ディアランがその場に崩れかけ、ダイウェルがその身体を支えた。
「そのままでいれば、俺が言いくるめてやったのに。無理するからだ」
「だーって、あんまりしつこかったからさぁ。変に
ダイウェルは路地を少し入った所へ連れて行き、ディアランを座らせた。
「ど、どうしたの、お兄ちゃん。大丈夫?」
ディアランの様子に、アシェリージェの方が青くなる。
「前に言ったろ。無理に神気を使うと、いつもとは桁違いに体力を使う。さっき、ディアランはあの警官に催眠術を使った。で、ダウンしたんだ」
心配そうな顔でディアランのそばに寄り添うアシェリージェに、ダイウェルが説明した。
次の更新予定
アシェリージェの特殊な事情 碧衣 奈美 @aoinami
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