09.調査と計画

 ルームサービスのサンドイッチなどを食べながら、アシェリージェは図面を見ていた。

 彼女がダイウェルと一緒にドラードへ来るまでに、グレーデン達が手分けして遺跡を調査したものだ。

 神気しんきがあれば。

 テレポートでアシェリージェと一緒に小部屋へ忍び込み、彼女が封印を解いた後に黒水晶をいただいて戻れば済む話。

 だが、その力が封じられている今、行きも帰りも自分の足で進まなければいけない。

 いくらターゲットの黒水晶がリブラッドのものであっても、そこから持ち出そうとすれば、人間から見たら窃盗だ。

 真っ正面から行ったりすれば、当然捕まる。封印を解こうとしたアシェリージェも、彼らの共犯として。

 なので、裏ルートを使う必要がある。

 グレーデンとディアランがそれを調べ上げ、カムラータが紙に書き下ろしたものが、今アシェリージェが見ている図面だ。

 本当ならパソコンなどを使いたいところだが、どこでハッキングされるかわからない。

 いつもなら、そういう面倒な電波さえもさえぎることができるのだが、それらに向けられるだけの余力が今はないのだ。

 そのため、アナログな方法を使う、という安全策を選択している。用が済めば燃やしてしまえるし、その灰さえ粉々にするなどして確実に処分してしまえば、人間に復元はできない。

 こちらを怪しむ人間がいるとは思えないが、念には念を入れて。

 ちなみに、ダイウェルはアシェリージェを説得する、という最重要任務を任されていた。

「その遺跡、こんなややこしい造りなんですか……じゃない、造りなの?」

 周りに人がいるのではないから、これまでの口調でもいいのだろうが、慣れるためにくだけた口調で話すようにしているアシェリージェ。

 すぐに変えられるものではないから、こんな言い直しはしょっちゅうだ。やけに緊張する。

「ああ。人間はまだ、遺跡の裏に隠された道を見付けてはいないようだが。三年もかかって、何を調査しているのやら」

 グレーデンが答えながら、紅茶をすすった。

 そんな姿を見ていると、地球界の人間にしか見えない。

「けど、人間が見付けてないから、おいら達が使えるんだよね。仕事が終わるまでは、おとなしくしてもらいたいよ」

 現在、エール遺跡は一般に公開されている場所も含め、ちゃんとした調査が一部しかされていない。実際の遺跡は三倍以上の広さがあるのだが、まだそこまで発掘されていないのだ。

 彼らが調査したのは、その発掘されていない場所。そこに黒水晶がある小部屋へつながる裏ルート、つまり裏道がある。

 ただし、それがやたらめったらややこしい。完全な迷路だ。

 枝分かれに袋小路。一部にはどんでん返しのように、回転する壁まで存在する。罠は確認されていないが、大人一人がようやく通れる幅で、入れば息が詰まりそうだ。

 誰だよ、こんな面倒くさいもんを造ったのはっ……と、調査中に何度その言葉が発せられたことか。

「お前は封印を解いたら、すぐにテレポートで外へ出ればいい。このルートを覚えるのは、俺達の仕事だ」

 そう言われ、アシェリージェは心底ほっとする。

 ざっと見ただけでも、道は十数本あった。それらが複雑に入り組み、迷路のように造られているが、正しい道を通れば遺跡の外へ出られるようになっているのだ。

 しかも、そのルートはうまい具合に五本もある。

 だから、全員が同じ方向へ逃げず、あえて別々のルートを使って外へ出る計画を立てていた。

 幸い、黒水晶も五つのパーツに分かれている。一人が一つのパーツを持ち、自分のルートを使って逃げるのだ。

 人間に見付かっていない場所を通るのだから、そう神経質にならなくてもよさそうなものだが、これもまた念には念を入れて、である。

 ピンチになっても、いつものようにテレポートする、という訳にはいかない。何と言っても、神気の使えない身体で仕事をすることに関しては、素人同然なのだ。

「よくこれだけの道を探せまし……探せたわね」

「神気がないとは言っても、人間より観察力は鋭いままだし、いろんな技術力もあるからね。仮にこの姿のままで生活するにしても、周りの人間からすれば大天才になっちゃうレベルな訳。それに、みんな調べ物は割と得意だからね」

 長い足を組み、サラダを食べているカムラータ。その様子を見ていると、モデルがいるみたいだ。

「超小型のフライング・アイ、つまり空飛ぶ小型カメラで遺跡をうろうろしたから、忠実にできてるよ」

「小型カメラって、そんなの作れる……の?」

「おうよ。こっちのドローンより、もーっとちっちゃい奴。本当の目玉よりちっちゃーいサイズでさ。ゲームをやるばっかじゃなくて、作る方もばっちり。ま、普段は遊ぶ方専門だけどさ」

 ディアランの話を聞いて、アシェリージェはひたすら感心するばかりである。

「あっちのテーブルにある小瓶、香水……じゃないわよね?」

 彼らが食事をしているのとは別のテーブルの上に、香水の瓶のような物が並んでいる。霧状に吹きかけるタイプだ。

 しかし、この部屋でそれらしい香りはしていない。

「あれはね、警備員達によそ見してもらうための薬」

「よそ見する薬?」

 ノーゼンの言葉に、アシェリージェは首をかしげる。

「あの黒水晶はね、実際には特別な力なんてものはないんだ。でも、遺跡に置いたやからが何を思ったのか、大切にガラスの封印をしちゃったもんだから、それを解けない人間は貴重な物に違いない、と思い込んだ訳。で、狭い遺跡の中に、警備員なんかを配置してくれてねぇ」

 だが、そんな人間にいられたのでは、封印を解くために忍び込んだ時に見付かってしまう。

 だから、彼らがこちらに気付かないようにする薬を、ノーゼンが調合したのだ。

「最初は、眠り薬にしようかと思ったんだけどね。狭い場所で倒れたりしたら、頭を打つかも知れないでしょ。人間を傷付けるのは目的じゃないし、騒ぎが大きくなりかねない。かと言って、効果を薄めてしまうと今度は私達が困るからね。間を取って、意識がもうろうとなる薬にしたんだ」

 眠りかけのような、でも眠り込む程の脱力感はなく……という薬だ。

 もし彼らの姿をとらえたとしても、明確に「泥棒だっ」と意識することはない。あれは何だろう、という程度だ。

 こちらが「仕事」をするのは、ほんの一、二分。いや、もっと短いだろう。その間だけ、ちょっとばかりぼーっとしていてくれればいい。

 香水の瓶に入っているのは、薬が霧状になるので都合がよかったからと、すぐ入手できたからである。

「すごーい。さすがノーゼン兄さん」

 アシェリージェの口調も、次第に慣れてきたようだ。なかなか環境適応能力が高い。

「まぁね。ただ……霧状になる訳だから、私達もちょっと危険なんだよね。いつもの身体とは勝手が違うから、誤って吸うと同じ状態になりかねないんだ」

「……あはは」

 オチが用意されているのはご愛敬、か。

「明日になったら、俺達もその遺跡へ行くからな」

「あ、はい」

 アシェリージェはテレポートで逃げれば済むのだが、一応の下見である。

「あの……封印を解くって、どうやって?」

「時間になったら、我々がその現場へ連れて行く。そこにあるガラスの箱の上で、手をかざせばいい」

「それだけ?」

 短いグレーデンの説明に、アシェリージェは思わず聞き返す。

「それだけだ。条件の合う人間の女性を用意する、という時点でかなり難問だからな。連れて行けたら、封印は解いたも同じだ」

「難しいことでもすると思ってた? 危ないことなんか、させたりしないって」

 カムラータがにっこり笑う。

 どうやらアシェリージェは「本当にただ行くだけでいい」という状態になっているようだ。

 彼らの間ではすでに計画と準備ができていて、後はほとんど雑談である。

「ああ、シャワーするなら、先に入れよ」

「え、でも……」

「レディーファーストって奴だ。それに、俺達は規則正しい生活ってのはしないからな。合わせてたら、お前の方がもたなくなるぞ。時々は休むが、ほとんど起きてるからな」

「レディーファーストかぁ。今はワタシも女性なんだよね。じゃ、アシェリージェ。一緒に入ろっか」

「え……はいぃっ?!」

 一瞬何を言われたか理解しきれず、理解した途端にアシェリージェは素っ頓狂な声を出してしまった。その様子に、全員が爆笑する。

「カムラータ、あまりガキをからかうな」

 ガキって……まぁ、確かにガキだけどぉ。

「はいはい」

 ダイウェルに睨まれ、カムラータは軽く肩をすくめた。

「だけど、残念だなぁ。どうせこの身体にされたんだから、そういうのも有りだとよかったのに」

「この国にも、公衆浴場はあるんじゃない? どうしてもって言うなら、そこへ行けば」

 ノーゼンに言われるが、カムラータは眉をひそめる。

「けどさ、そういう場所だと色気もへったくれもないよね。まぁ、それはそれでいいんだけど」

「カムラータ、地球界へ来た理由が変わっているぞ」

「え? あっ、いっけない。ほほ、ワタシったら」

 グレーデンに言われ、カムラータは笑ってごまかす。

「あのっ、それじゃ、お言葉に甘えて先に入りますっ」

 赤くなりながら、アシェリージェはシャワールームへ飛び込んだ。

 そんなこんなで、最初の夜は更けてゆく……。

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