08.ドラードへ
「いえ、話をしていて楽しいですよ。あ、そう言えば……昨日、ドラードへ行かないかって誘ったんですが、ご迷惑でしたか? あちらにはうちの親父の別荘もありますし、今年は五年に一度の祭りもあるので、どうかなと思ったんですが」
ダイウェルは、自然にドラード行きのことを切り出した。
「え? あら、誰か反対したの?」
「……?」
「え……だって、ママ……」
その言葉に、アシェリージェの方が驚く。母親は、娘に有無を言わせない笑顔を作って。
アシェリージェは、思わずダイウェルの後ろに隠れてしまった。
「でも、ダイウェルさんの方でご迷惑じゃないかしら」
「いえ、迷惑なんてとんでもないですよ。うちの兄弟も来ますし、大勢の方が賑やかで楽しいですから。飛行機代なんかの交通費は、色々なツテがあるのでほぼタダなんですよ。お嬢さんのことは、俺が責任を持って面倒をみますので」
ツテって、会計課のこと、よね? ほぼタダ、って言うより、ダイウェルさん達の誰も費用は出さないで済むんじゃないのかなぁ。会社員のパパみたいに「出張費」扱いじゃないかしら。
もちろん、母にそんなことは言えない。
「まぁ……そこまでおっしゃっていただけるのなら、お言葉に甘えようかしら。本当によろしいの?」
「ええ、もちろん」
ここでだめ押しとばかりに、ダイウェルが極上の笑みを浮かべる。
「それじゃ、よろしくお願いします」
自分が頭を下げるのと同時に、ダイウェルの後ろに隠れていたアシェリージェを引っ張り出して、頭を下げさせる。
ママ……ダイウェルさん相手だと、どうしてそこまで変わるのよぉ。やっぱり顔、とか? 娘の旅行に反対する、頭の固い母親って思われたくないから、とかなのかな。それにしたって、この変わりよう。昨日と真逆じゃない。ママって、実は怖い性格かも。
自分の母親は平等に人と接する、と思っていたのだが……。美形を目の前にすると、変わってしまうこともあるらしい。
とにもかくにも。
いきなりではあるが、アシェリージェはこれでドラードへとどこおりなく行けるようになったのだった。
☆☆☆
一応の荷物を持って、アシェリージェはダイウェルと共に空港にいた。
母親に許可を得てから、次の日である。急ぐ理由は、じきに満月だからだ。
「これからのことを話しておく」
「は、はい」
機上の人になってから、ダイウェルは説明を始めた。
「まず、お前と俺は腹違いの兄妹だ」
「きょーだい?」
いきなりの単語に、アシェリージェは目を丸くする。
確かに、見た目年齢だけならそんなに無理はない。しかし、あまりにも予想外の関係だ。
「これから一週間、俺達は家族だ。親父がグレーデンで、その後妻にカムラータ。腹違いの兄貴にノーゼン、弟がディアラン。年齢の振り分けは、こうだ」
ダイウェルから渡されたメモには、それぞれの名前と年齢が書かれていた。
グレーデン五十三歳、カムラータ二十七歳、ノーゼン三十三歳、ダイウェル二十四歳、ディアラン十八歳、最後にアシェリージェ十五歳。
「あの……どういう家族ですか、これ。奥さんが長男より年下?」
メモを読んだアシェリージェの頭の中で、疑問符がいくつも浮かんだ。
「仕方ないんだ。マージェストがこういう年齢設定で、俺達をこっちへよこしたから。グレーデンは若い後妻をもらったんで、息子の方が年上ってことになってる。全員腹違いにしたのは、どう転んでも誰もどこも似てないからな。どこかで変に探られても、これならそれぞれ母親似だからって言い訳ができるだろ」
彼らも、この設定に苦労したようだ。赤の他人だと、何の集団かと思われかねない。
どこにでも、他人のことに興味津々という
そういう人間をいちいち相手にしていられないので、こうなったらしい。
「あ、そうそう。お前の母親には別荘と言ったが、実際はホテル暮らしだ。ドラードホテル最上階」
「テレビで見たことがあるけど、そのホテルって高いんじゃ……」
星がいくつも付いていて、一泊の料金に0がいくつも付いているホテルだ。
「VIPルームを押さえた。こんな罰ゲームをさせられてるんだ。これくらい贅沢したっていいだろ」
小さな楽しみ、といったところか。いや、結構大きな楽しみっぽい。
庶民のアシェリージェとしては、話を聞いただけで
「それに、動くのにはこの方がいいんだ。本当の別荘なんかだと、自炊になるだろ。出前やテイクアウトばかりだと、味気ないし。ルームサービスも似たようなものになるけど。人を雇えば楽だが、それだとどこで何を聞かれるかわからないからな。注意力散漫になるよりは、こっちの方が気楽なんだ」
一応、それなりに理由はあるらしい。
万一に備え、ホテルの部屋については盗聴器、隠しカメラの
「俺達は、祭りを楽しみに来たファミリーって設定だ。見た目は少々特殊な家族ではあるけどな。俺以外の連中は、もうホテルに入ってる」
「家族かぁ。あたし、ダイウェルさん達のことをどう呼べばいいんですか?」
「俺達の? そうだな……。好きにすればいいぜ。名前でもお兄さんでも」
お兄さんと呼ぶのも、楽しそうだ。一人っ子のアシェリージェとしては、兄という存在ができたことだけでも嬉しい。
「それじゃあ、兄さんって呼ぶことにしますね。慣れなくて、名前を呼んじゃうこともありそうだけど」
「それはいいが……お前にとっての兄貴は、三人いるんだぜ」
「その時は、名前も一緒に。ディアランさんは、あたしと年が近い設定なんですね。じゃ、お兄ちゃんの方が合うかも」
「まぁ、そう頻繁に呼ぶ機会はないだろうけどな。そうだ、グレーデンだけは名前で呼ぶなよ。カムラータはいいが、グレーデンはお前の父親って立場だからな。お父さんかパパか、お前の呼びやすい方で。あと、丁寧なしゃべり方はしなくていい」
「わかりました。……ふふ、何だかお芝居するみたい」
「似たようなもんだけどな」
そんな会話をしているうちに、飛行機はドラードの空港に着陸した。ロビーではノーゼンが出迎えてくれて、タクシーでホテルへと向かう。
「ノーゼン兄さんは、あまり変わらないのね」
もちろん、緑の髪は目立つので黒に変わっているが、長さは同じ。瞳は元々黒かったので、そのままだ。前に会った時よりやや年上に見えるが、気になる程ではない。ただ、ダイウェルと並ぶと、やはり歳の差があるように見えた。
「そうかな。でも、親父やディアランはかなり変わったよ」
ノーゼンの口調も、かなりなりきっている。
「一番笑うのは、カムラータだろ」
「あ、そうかもね」
「笑う?」
「アシェリージェ、驚いて目玉を落とさないようにね」
タクシーの中でくすくす笑う二人だったが、アシェリージェにもその笑いの理由がホテルの部屋へ入ってからわかった。
「カムラータさん、すっごーい」
挨拶もそこそこに、アシェリージェの口から出たのはそんな言葉。
「……そう? お褒めにあずかって光栄」
微妙に戸惑いつつも、カムラータは笑顔を浮かべる。
「うっわー、カムラータさんの足、きれーっ」
なぜ、カムラータが後妻という設定になったか。
女性の姿で、地球界へ送り込まれたからだ。女装ではなく、女性にされている。
アシェリージェの前に現われたカムラータは、豊かな胸、くびれた腰に長い足という、世の女性がうらやましがる体型をしていた。青かった髪は、豊かなブロンドになって。
こんな女性を後妻にした、となれば、家族というくくりでカムフラージュするつもりが、逆に目立ってしまいそうにも思えた。
これも、罰ゲームの一環らしい。大負けしたから、ということで、カムラータはこういう姿にされたのだ。名前が男女どちらでも通じそうだから、というのもあるらしい。
なので、偽名もありだが、そのまま自分の名前を使うことになったのだ。
「もう少し早く、アシェリに会いたかったよ」
この姿でこちらへ送られ、今までかなりへこんでいたらしいカムラータ。
だが、アシェリージェが目をきらきらさせて手放しにほめてくれるので、少し復活できた。
「グレーデンさん、貫禄ありますね」
紫だった髪はくすんだ黒髪に白髪が多く混じっていて、軽く束ねられている。金色の瞳は薄い茶色。しわも深く、多い。だが、中高年太りはしていないので、渋いロマンスグレーといったところか。
「じじぃの姿にされて、不満なのだがな」
そうは言いながらも、この状況を楽しんでいるように見える。彼に設定された年齢だと、アシェリージェの実の父親より年上だ。
「でも、素敵ですよ、パパ」
「慣れるのに時間がかかりそうだな、その呼び方は」
「けど、まさかアシェリが親父とは呼べないよなぁ」
「ふふ、ディアランさん、やんちゃ坊主がそのまま大きくなったみたい」
彼らの中でも、一番若い姿になったディアラン。髪の色はそのままで、赤の瞳は赤茶になって。
アシェリージェの言う通り、やんちゃ坊主がそのまま成長しました、という姿だ。ゲームのコントローラーを握れば、まさにゲーマー少年である。
「まーったく、マージェストも変ちくりんなこと、してくれるよ」
この姿でこちらへ来て、もう三週間近い。でも、元の姿に一番近いと思われるディアランでさえ、まだこの姿に慣れないでいる。
「でも、私はディアランはぴったりだと思うよ。マージェストから見たディアランは、こんな感じなのかなぁ、なんて」
ノーゼンの言葉に、全員が笑う。
こうして、アシェリージェは地球界でリブラッドのトップ達と妙な再会をしたのだった。
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