第29話

 工業が盛んなとある都市。そこでは夜の帳が降りたにも関わらず、未だに鋼鉄のごうごうという駆動音がどこからともなく聞こえてくる。


 油と炎の臭いが煤混じりの空気と混じり合い、酷く健康に悪い。


 その都市で作られたものに目を通すと剣と銃に首輪など、人を害することを目的とした物ばかりが目につく。


 そんな害意の形が並ぶなかでも、それは別格な存在感を持っていた。


 建設中の新型移動要塞。戦略要塞ヌエルエルマ。


 過去の栄光だったはずの移動式要塞の堅牢さは、研究と開発によりその煌めきを取り戻しつつあった。


 新たなる戦争の道具だ。


 人を殺すための準備。そんなことを真面目に取り組んでいる都市に1台の移動教会が停泊していた。


 その移動教会を1人で動かしていた男は高位神官にしか纏えぬ服に袖を通し、その袖には赤色が目立つ。


 公平のオルフェアを信仰する1人のエルフは、戦略要塞ヌエルエルマの外壁の上に1人立っていた。


 夜風が体の横を通りすぎ、髪を引っ張る。


「まだ時間はかかるか…」


 完成までの日時は予定より少し遅れを見せていた。しかしエルフの男は特段焦りを見せてはいなかった。


 戦争の始まりには間に合う。それだけ分かれば問題などない。


 この戦略要塞ヌエルエルマは、このエルフの男が主導で作り上げている。いや、正確にはこの要塞のみならず、この都市で作られる戦争の道具の全てに関与している。


 教会に所属し、高位神官としての立場に居ながら誰よりも神を嫌う男。ウェルギリウスは戦争を始める用意をしていた。


 宗教と戦争は切っても切り離せないものだ。故にウェルギリウスは自らの職責に殉じて、人と人が集団という形をとり、殺し合う時には必ずその場所に存在している。


 そのような何度も繰り返してきたウェルギリウスは、いつしかこう呼ばれるに至った。


 戦争教唆のウェルギリウス。またの名を、戦教のウェルギリウス。


 日頃から戦争の事ばかりを考えている男は今、1人のギーツのことを考えていた。


「…今ごろはレオンコート・クロムクロを殺めたころか」


 懐から取り出した懐中時計で時刻の確認を済ませたウェルギリウスは、なんの感慨もなく、なんの感情も動かさずに淡々とそう述べた。


 自らの見た未来がズレていることに気付かないままに、ウェルギリウスは都市の光とその中に居る人々を高い壁の上から見下ろした。


「神は全てをお許しくださるのだろう」


 五柱神教、戦争製造部のウェルギリウスは吐き捨てるように呟いた。

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ダブルテイル・ブラックウルフ 甘味感 @KANNMIKANN

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