第28話

「ごめん! 本当にごめんなさい!」


 捨てられていたアカツキにダブルテイルが気付いたとき、無駄に力強い謝罪が響いた。


「なんの話だ?」


「いや~その~。酷い暴言とか、ヤバい発言とか…ポンポン口にしたからさ。謝って許されないラインだと思うんだけど、謝罪はしないと…ね?」


「あぁ。別に今は怒っていない」


「今? 言われたときは怒ってた…?」


 ビクビクと怯えた態度で、まるで小動物みたいに縮こまるアカツキは、なぜだか昔より小さく見えた。


 ダブルテイルはそんなアカツキを拾い上げる。


「それが目的だったのだろう?」


「ごめんなさい!」


「いや、別に謝って欲しいわけではないのだが…」


「な、なにをご所望でしょうか? 靴でも舐めましょうか?」


 ふざけたことを言い出したアカツキをダブルテイルは鼻で笑う。


「出来もしないことを言うな。溶鉱炉に投げ捨てるぞ」


「ま、マジで死ぬかも知れないじゃん! 許して!」


「ハッ。ならせいぜい私の役に立て」


「はい! 分かりました! …それで……その~…レオンはどうなった…?」


 ハッキリとした返事をした後で、アカツキは恐る恐るという雰囲気で、話を探ってきた。


「あぁ。振ったよ。隣に居たら思わず殺してしまいそうになるからな」


「あ、そう」


「あなたが聞いたのだろう。その返事はなんだ」


「え、だって、なんて言えばいいのか分かんねーよ。共感していいのか? それとも怒るべきか? 悲しむべきか? 分かんねーよ!」


「どれでも良かったはずだろう?」


「お前の視点ではそうかもしれないけど! 俺の視点では怖かったんだよ!」


 逆ギレしたアカツキを見て、どうやら溶鉱炉に投げ込むという脅しが思ったより効いていたことを知りダブルテイルは笑った。


「別に怒っていない。むしろ感謝している」


「えぇ…信じられねぇ」


「まぁ…そうだろうな。とにかく私はもう怒っていない。気にするなとは言わないが、次は投げ捨てるから気を付けろ」


「は、はい!分かりました!」


 話に一応の落としどころをつけたところで、ダブルテイルは話を変えた。


「あの作戦はあなたが考えたのか?」


「半分はね。暴言言って、アウトサイダーを誘発させることだけ。固有名詞があると説明するときにすっげー便利だったぞ。やっぱ名前は大切だ」


 作戦について細かく聞いていくと、どうやら1年間でアカツキは随分と魔力の操作が上手くなったことを理解した。


「私が使うときは、魔力の操作権を全て私に明け渡せ」


「え? なら魔力を流し込むことが出来ないけど…?」


「必要ない。あなたの魔力量と私の魔力量で押し潰せない敵はそうはいないはずだ」


「外付けの魔力タンク扱いかよ…」


「喋れなければ満点だ」


「ひ、酷い」


「冗談だ」


「冗談じゃない!」


 会話とはこんなにも面白いのなのだとダブルテイルは改めて理解した。


「帰るとしよう」


 ダブルテイルは魔動車に乗り込むと、鞘に収めたアカツキを助手席に転がした。


「なんか懐かしい感じがする~」


 魔動車を運転しつつ、アカツキの言い分にダブルテイルは肯定を示した。


 会話はそこで途切れた。お互いに、なにを話すべきか困ったのだ。


「…さて、これからどうしようか」


 ダブルテイルは目的を無くした不安を吐露する。


「やることねーの?」


「ないな。人殺しは好きじゃない」


「あーー。なら当初の目的を振り替えるのはどうよ?」


「当初の目的?」


「えー? 忘れたの? 俺を拾った日のことを」


 ダブルテイルは首をかしげた。


「覚えていない。目的…?」


 1年前の会話の内容を覚えている方が異常だと思いつつ、一応思い出そうと頭を回すが、しかしやはりピンとこない。


 やがてアカツキが呆れたような、タメ息を長々と溢した。


「俺さぁ、目覚めてから1年しか経ってないだけどさぁ。お前を探す中で、この世界のクソな所死ぬほど見てきたのよ。魚はゲテモノ扱いだし、魔力は夢の万能エネルギーとは言えないし、そのくせ世界の技術は魔力に依存してるし、定期的に戦争やら紛争やら起こるし、人権意識はカスみたいだし」


 ぐちぐちと文句ばかりをアカツキは吐露した。


「もううんざりなんだよ。もう戦いとは無縁の楽しい場所へ生きてーよ。綺麗な物を見て、美味しい飯を食うんだ。どうよ?」


 その言葉と共に、ダブルテイルはその目的を思い出した。


「あぁ。見たことのない物を探しにいくんだったか」


 喜悦がこもった言葉をアカツキが口にした。


「なんだよ。分かってるじゃん。綺麗なもの探しに行こうぜ」


 軽く決まった目的は記憶から簡単に抜け落ちるほどだったが、しかしこれからはそれを忘れないようにするべきだとダブルテイルは思った。


「軽いな…」


「気分の悪い話はもう良いだろ。楽しくやろー」


 能天気過ぎる言葉に、ダブルテイルは薄く微笑を浮かべた。


「さしあたって、リーシュに食って欲しいものがある」


「…そのリーシュというのは止めろ。ダブルでいい」


「え? レオンからその名前カツアゲされなかったのか?」


「使い方には気を付けろと」


「そんなんで良いのか…? まぁレオンがそう言ったなら問題はない…のか?」


 アカツキは独り言を始めたが、それを直ぐに終わらせた。


「ま、いーか。じゃあダブル。早速だけど食って欲しいものがある」


「魚は拒否する」


「どうして…」


「話は終わりか?」


「いやいやいーや。食って欲しいのは魚じゃない。キノコのグラタンだ」


「随分と舌が肥えたようだな」


「食えねーけどな」


 軽口を叩き合いながら、ダブルテイルは魔動車の窓から外を見る。そしてサイドミラーに写った自分の姿を見て少し考え、束ねていた髪の毛をほどいた。


「私はこれからダブルと名乗ることにする」


「尻尾もぎ取りました? ま、いいと思うよ。そっちの方が格好いい」


「…あなたと良い、レオンと良い、なぜ私に格好良さを求めるのか。正直理解に苦しむ」


 娘も格好いいと言っていたが、それは言わないことにした。


「お前が格好いいからだろ。スタイルが良くて、顔が凛々しくて、黒スーツと黒コート。狙ってるだろ。卑しいイケメンめ」


「卑しい…?」


「卑怯だろ。その顔でフォーマルな服着てるのズルだ。もっとカジュアルな服を着ろ!」


 相変わらずアカツキの言うことや、その感情の動きが分からない。


「悪いが、私はスーツしか持っていない」


「は!? そーいやお前飯も適当だったな。よーし分かった、これからは着飾ることも目的にしよう。お前は今から色んな服買うんだ」


「なぜそんなことを…」


「お前が人間初心者みたいなことしてるからだ! 俺は人間だけど人間じゃねぇから! 俺の代わりに人間らしくしろ!」


「…人間らしさとはなんなのだろうな」


 剣に人間らしさを押し付けられたことで、ダブルはそう思わずにはいられなかった。


 そしてその疑問はアカツキが即答した。


「飯、服、睡眠、最後に愛だ!」


「恐ろしいほどに単純でうらやましいな」


「はっ! 複雑に考えたって必要なのは結局それ。難しく考える暇があるなら、楽しく飯を食って、着飾って、寝てりゃ万事が上手く行く。多分」


 多分なのかとダブルは呆れた。


(しかし、それぐらい緩い方が良いのかも知れない)


「なに笑ってんの?」


 ダブルは自分の顔に触れることで、自分の気持ちを理解した。


「明日やこれからと言ったものを前向きに考えるのは、楽しいと思ったんだ」


 アカツキが心底面白そうにケラケラと笑った。


「これからもっと面白くなるぞ。知らんけど」

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