第11話
勢い込んで店に飛び込むと、いつぞやと同じひやりとした空気が頬を撫でた。
相変わらずこの店はやけに涼しい。ただ、そんな冷涼感も俺の怒りを鎮める用にはならない。
俺は騙された。爺さんに一杯食わされた。
その爺さんは、今日は奥のレジではなく、壁際の棚のそばに立っていた。手には、昭和の漫画で本屋がよく振ってるあれ。はたき、とか言ったっけ。
「いらっしゃいませ。おや、あなたは先日の」
振り返るなり爺さんは、さも驚いた、という顔をする。が、俺にはなぜか確信があった。こいつは、最初からわかっていたんだ。俺が戻って来ることを。
「今回は、どういったご用件でしょう。査定のご依頼ですか? それとも――」
「あんた、知ってたんだろ」
「……と、おっしゃいますと」
眼鏡の奥で、爺さんの目がす、と細くなる。身構えるような、でも、この成り行きをどこか楽しんでいるような。……やっぱりそうだ。こいつは知っていた。俺が売ったものの正体を。
その上で〝商品〟の正体を伏せ、俺から奪ったのだ。
こんな契約、許してたまるか!
「とぼけないでくれ! あんたは知ってた。俺が売ったものの正体を……あれは、本当はただのボツ原稿なんかじゃなかった! あれは……なんていうか、その……」
「創造力」
「そう、創造力――って」
キッと爺さんを睨み返すと、爺さんはそれはもう楽しそうにニヤニヤしている。こいつ……と、俺は歯ぎしりする。悪事がバレて反省するならまだしも、こいつ、明らかに俺の反応を愉しんでやがる!
やがて爺さんは、ふたたび笑みをほころばせる。が、それは、どこか苦い憐憫を含んでいた。
「仰る通りです。しかし、それはお客様も承知の上でお預けになられたのでは? でなければ、そもそも契約自体が成立しません。何にせよ、質請けがご希望でしたらすぐに手続きに移らせていただきます。もっとも、元金と利子、それから、一律十%の保管料は頂戴しますが」
「質請け……ち、違う! 俺は、最初からこんな契約は無効だって言いたいんだ!」
そう。俺は以前、法廷サスペンスを描こうとして調べたことがあるから知っている。悪意の受益者は、その受けた利益を利息をつけて返さなきゃいけないと。ここで言う悪意の受益者ってのはつまり、あのボツ原稿の真の価値を知った上で、あえてそれを伏せたまま俺から買い取った爺さんだ。法律に従うなら、爺さんはむしろ利息をつけて俺に原稿を返さなくちゃならない。
ところが爺さんは、相変わらず冷ややかに俺を見据えている。
「無効? 無効とは?」
「いや、だから、俺は自分が何を売ろうとしてんのかわからないままあんたに売っちまった。あんたが必要な説明を省いたせいだ。だから契約は無効だし、むしろそっちが利子つけて俺に返す義務があるって話だよ」
「しかし、現に契約は成立しています」
「だーかーら! 最初から契約は無効だって」
「無効にはなりえません。なぜなら契約は、当店によって成立を認めたのですから」
「……はい?」
一瞬、何を言っているんだと俺は空寒くなる。店に認められた? いや、マジで何言ってんだ? たかが個人の質屋が設けるルールが、国の定めたルールよりも優先されるなんてありえないだろ。
なのに爺さんは、相変わらずまっすぐに俺を見据えている。言い逃れで煙を撒いているようには見えない……って、いや騙されるな。優秀な詐欺師ほど、カモの前では堂々としているものなんだ。
……でも。
もし爺さんが嘘をついていないのだとして。じゃあ、爺さんの言葉は何を意味している? 店によって認められた契約? 何だそれ。まるで、爺さんじゃなく店そのものに契約の可否を決める権利があるような物言いだ。
そういえば。
凛子さんと二人の時はいくら探しても見つからず、俺が一人になった途端、バカみたいにあっさりと見つかった。あれが、単に俺たちが見つけられなかったからではなく、店が、俺が一人になるのを待って現れたのだとしたら。
いや、さすがにそれは。
そう理性では否定するも、本心で、すでに俺はその可能性を受け入れている、そんな感覚がある。何より――
普通の店は、『創造力』なんて形のないものを買い取ったりしない。
「ここは一体、どういう店なん――」
その時だった。
ぎい、と背後で蝶番の軋む音がして、反射的に振り返る。――瞬間、俺はひゅっと息を呑んだ。
何なんだ、〝あれ〟は。
『〝価値〟あるもの何でも買い取ります!』~ある不思議な質屋のおはなし 路地裏乃猫 @eroneko
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