140 ~嘘で繋がるふたり~

サトウ・レン

彼は、140字小説を書いている。

 生前、双子の姉は、顔も知らないひとりの男性に恋をしていた。

 正直、僕にはそいつのどこが良いのかさっぱり分からないが、そいつの存在が残りわずかになった姉の人生にかすかな光をともしたことは間違いないだろう。弟としては、どれだけ納得できなかったとしても、感謝するしかない。


「ねぇ、『サトウ・レン』って知ってる?」

 初めて姉の口からそのアカウント名を聞かされた時、姉はもう市内の大学病院に長く入院していて、病院のベッドから僕を見る表情にはどこか悲壮感があった。かつてはふくよかだった姉の顔はだいぶやつれていた。僕はその言葉に戸惑ってしまって、すこしの間、僕たちの間に沈黙が流れたのを覚えている。


「いや、初めて聞く名前だけど……誰?」

 僕は本当はそのアカウントのことを知っていたが、とっさにそう答えた。たいして有名でもないアカウントを、こんな狭い世界で、両方が知っているのは不自然な気がしたのと、あと、姉の表情に焦がれるような色があったからだ。顔も知らない相手にそんな感情を寄せる姉の姿に、僕はショックを受けてしまったのだ。


「うん。140字小説って、X上に短い1ポストで収まる小説を投稿しているひとなんだけど」

「ネタツイみたいなもんだろ」

「似てはいるんだけど、ちょっと違うかな。嘘を嘘だと明示して書いているから。もちろんネタツイでも明示するひとはいるんだろうけど、っていうか」と姉がくすりと笑った。「Xになっても、いまだにネタツイっていうのが不思議だね」


 心を寄せるならば、もっといくらでも相手はいるだろ、と思ったのが、正直な気持ちだ。


 たとえば姉は大学時代、とあるロックバンドの大ファンで、よくライブに通っていた。あんまり音楽に興味のなかった僕でも知っているバンドで、そのボーカルが好きだったのだ。その歌声を聴きながら、おそらく恋に近い感情を抱いていたのだろう表情を浮かべていた。そういう相手ならば分かる。有名で、華があって、他人と比べて秀でたものを持っている。


「どこがいいの?」と僕は聞いた。

「すこしだけ、本当に短い間だけど、時間を忘れさせてくれる」

「でも、もっと長い小説だっていっぱいあるだろ。良かったら、今度、本屋で買ってくるけど」

「別に良いかな。長い小説はいつまで読めるかも分からないし。読んでる途中に死んだら嫌だから」さらりと重たいことを言いながらも、姉は平然とした口ぶりを崩さない。「あと、人生を変えてくれるような読書も昔は好きだったけど、今は別にいいかな。残りの時間を考えたら、変わる必要性も感じないし」


 姉が嬉しそうに、「Xで検索してみるといいよ」と言うので、僕は病院を出たあと、スマホで『サトウ・レン』と敢えて検索してみる。別に初めて見るわけでもなんでもないから、新鮮味は何もないし、生真面目に検索までしてみる必要は何もないのだが、僕は姉の言葉に従っていた。



【2022年×月××日


「俺、普段、全然ミステリ読まないんだけど」「うん」「俺、天才だから、さ。誰も思い付かないミステリ思い付いたよ」「何?」「容疑者が全員死亡」「あるよ」「えっ。じゃあこれは、容疑者が全員犯人」「あるって」「えっ、じゃあ、じゃあ。語り手が犯人、ってのは、どうだ」「今度、貸してあげるよ」】



 調べて最初に出てきたポストだ。題名は、「犯人はあのひと」だ。〈あのひと〉はミステリを多少でも知っていれば分かるだろう。アガサ・クリスティだ。リプライや引用リポストには、ネタバレに配慮した上で、ミステリの女王の名前が並んでいる。検索して真っ先にこれが出てきたのは、大きくバズったからだろう。


 姉とこんな会話をしたのが、一年前のことだ。

 その時、三十五歳だった姉は、三十六歳の誕生日を待たずに、この世を去った。初めて同い年だった姉は、年下になった。『サトウ・レン』が、かつて書いた小説に、こんな小説がある。



【2021年×月××日


 初めて会った時、同い年だね、と僕が彼女に言うと、私のほうが一日早く生まれたから、私のほうがお姉さんよ、敬いなさい、と返された。それ以降、僕は結婚してからも彼女に対しては、敬語で、いつまでもその関係が続くと思っていた。「同い年にするなよ」と彼女の通夜で、久し振りに僕はため口を使う。】



 姉から『サトウ・レン』の名前を聞いて以来、僕は病室に行くたび、姉から『サトウ・レン』について聞かされた。その中で、姉がこの小説を好きだと言ってくれたことがある。死期を悟っていたからこそ、その言葉は意味ありげにも聞こえた。僕たちの関係はこの小説とはまったく違うが、それでも姉を失って最初の誕生日、僕は思わずこの小説を思い出してしまった。


 リンクすると言えば、僕は姉が死ぬ直前まで、姉がXで自ら発信していたことを知らなかった。姉はSNSでの発信を好まない、という印象があったので、その事実は僕にとっては意外だった。


 僕がそれを指摘すると、やつれた姉が力なくほほ笑んで、

「まぁ心境の変化だよ」

 と言った。


「そっか……」

「で、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「うん。私が死んだら、私のアカウントで私の死を報告するのは、あなたにやって欲しい。他のひとは絶対に嫌だ。絶対にあなたにお願いしたい。でも私が死ぬまでは、絶対に誰にも見られたくないから、あなたあての遺書にログインのパスワードとか書いておくね」


 姉の言葉を聞きながら、そんな日が一生来ないことを願っていた。それが叶わないと分かっていても、願わずにはいられなかったのだ。


 姉の死後、僕は姉のアカウントを知った。家族や友達には隠してきたのだろう姉の姿がそこにあった。別に姉は狙ったわけでもないのだろうが、『サトウ・レン』にも、家族の死後、今まで知らなかった家族の秘密が明かされる話が多い。



【2021年×月××日


 生前、父が投稿サイトに小説を載せていた、と知った。同じく投稿サイトを利用していた僕には絶対に言えない趣味だ。聞き知ったアカウントに見覚えがある。親子の物語だ。思い出した。感想はたったひとつ、僕が送ったものだ。『素敵な父子ですね』『恥ずかしくて、息子には見せられないですけどね(笑)』】



【2022年×月××日


 祖父が最後の恋をした。相手は介護士さんで、死んだ祖母の面影があったらしい。祖父が逝ったあと、僕は介護士さんに聞く。「言わなくて、良かったの」「新しい恋もしてみたいでしょ。お互いに」お互いに最初の恋のまま成就した、と聞いている。転生して新たな人生を歩む、かつて祖母だった女性が笑う。】



【2023年×月××日


 いつか死んだ時のために、妻に向けた遺書を綴ることにした。書いている途中、気恥ずかしくもなったが、できる限りの感謝を。「俺が死ぬまで読まないでくれ」と妻に伝えて、保管していた。先に死んだのは妻だった。妻が残した遺書を読む。『先に逝くの分かってたから。こっそり読みました。ありがとう』】



 分かりやすいほどの嘘が書き連ねてある。嘘を嘘だとお互い共有して楽しめる嘘が、姉を安心させてくれたのかもしれない。


 姉のアカウントを初めて確認した時、僕は、あっ、と思わず声を上げてしまった。自分ひとりしかいない部屋だったので良かったが、もしも周りにひとがいたら、きっと恥ずかしい思いをしていたはずだ。


 僕は姉がSNSでは発信しないタイプだと思っていたので、『サトウ・レン』とのやり取りなどないだろう、と決め付けていたのだ。だけど姉は、『カナデ』というアカウント名で、『サトウ・レン』と何度もやり取りをし、DMでのやり取りの履歴もいくつか見つかった。本人の了承を得ているとはいえ、なんだか後ろめたさはある。姉の本名は、『カエデ』で、一文字変えて、『カナデ』にしたのだろう。


 カナデ。


 性別にこだわるわけではないが、それでも事実として、男性か女性か、名前から判断しにくい名前でもある、と思う。そう言えば以前、病室で姉と、『サトウ・レン』の話になった時、「私は、『サトウ・レン』さんは男だと思っているんだ。ただの勘なんだけど、結構自信があってね」と言ったことがある。


「でも、色々な漢字があるけど」蓮にしろ、恋にしろ、漣にしろ。「どれでも女性の可能性があるよ」

 僕の中で、女性だと思っていて欲しい、という気持ちがあったことは否めない。ただの、つまらない嫉妬だ。『サトウ・レン』の作品の中に、こんな140字小説がある。



【2023年×月××日


「お前ってさ。なんで一人称、僕、なの」「僕が自分をなんて呼ぼうと僕の勝手だろ」「まぁそうなんだけど。なんで顔、赤くなってるの」「お前は覚えてないだろうけど」「はぁ」「お前がボーイッシュな女の子が好き、って言うから」「言ったかな。てっきり俺に叙述トリックを仕掛けたいのか、と思った」】



 タイトルは「百合」になっている。つまり実は、ふたりとも女性だった、という男女誤認の叙述トリックを、ツリーに繋げるタイトルで明かす、という作品だ。後出しジャンケンのような、禁じ手の印象もある。実際、『サトウ・レン』はタイトルでオチを付けるというやり方が苦手なのか好みではないのか、全体の作品数に比べて、そのタイプの作品はかなりすくない。


 姉が旅立ったことを伝えるポストを投稿すると、予想外に多くのリポストがあった。生前の姉は現実と同様、SNS上でも愛されたのだろう。フォロワーの数も決してすくなくはない。ただ悼む声が多ければ多いほど、姉が死んだ事実が改めて補強されていく感覚があって、心を抉られるような痛みがあった。


 報告を終えたあと、僕は姉のポストをさかのぼることにした。

 140字小説を書いていたのは、『サトウ・レン』だけではなかったようだ。姉の書いた140字小説がいくつも見つかる。『サトウ・レン』に影響されたのか、あるいは元々書いていたからこそ、『サトウ・レン』に興味を持ったのか、おそらく前者だろう。


 姉は、『サトウ・レン』と同じテーマばかりを選んでいた。続編や丸々同じ内容のもの、というわけではなく、扱うテーマだけが同じで、それ以外はまるで違うものだ。



【2023年1月20日


「お前を追放する」とメンバーたちから言われた。俺はあるバンドのボーカルをしている。俺はかっとなってドラムの胸ぐらを掴んだ。間に入るようにギターが言う。「お前はもう要らないんだよ」「嫌だ。認めないからな!」ベースが俺の肩を叩く。「もう諦めろ。お前はひとりのほうが、絶対に成功できる」】


 たとえばこれが、『サトウ・レン』の作品ならば、



【2023年1月20日


有名なミュージシャンの彼は事故で記憶を失った後、音楽活動を辞めた。昔から知る僕は彼に内緒で、彼自身の曲を聴かせた。一曲目、「下手くそで、ひどい曲だ」と彼が笑う。彼が最初に作った思い出の曲だ。二曲目、「良い曲だ」と彼が涙を流す。有名になった彼が、「金に魂を売った」と吐き捨てた曲だ。】


 姉はまったく同じ日、大体『サトウ・レン』が投稿してから、30分後くらいに、Xに作品を載せる。『音楽』なら、同じ『音楽』を。



【2023年3月20日


 気付くと私は、シンデレラの姉になっていた。長女のほうだ。めっちゃかわいいな、シンデレラ。次女と母親のいじめを止め、甘やかした。舞踏会で見初められた私は王子様と結婚式を挙げた。シンデレラはいない。結婚式の途中、「お姉様は私の物」と馬車に乗ったシンデレラが入り口の扉を突き破ってきた。】



【2023年3月20日


 恋人が未来旅行から帰ってきた。話を聞くと、五年後の未来で、僕は結婚式を挙げていたそうだ。腹が立った彼女は結婚式に乱入して、花嫁から僕を奪ったらしい。「えっ」と驚く僕に、彼女が「すごいでしょ」と笑う。「いや、それより僕たちは未来で結婚してないんだ」「あっ、未来の自分に嫉妬しただけ」】



『結婚式』なら、『結婚式』を。ちなみにこのふたつは前者が『サトウ・レン』の作品で、後者が姉の作品だ。姉がこんなことをしていると『サトウ・レン』は知っていたのか、というと、それは知っていた、と即答することができる。姉と『サトウ・レン』は相互フォローをしていて、お互いの日常のポストを見ることができる関係にあったし、それだけではなく、実際に姉から『サトウ・レン』に送られたDMの中に、そのことについて話しているものがあった。



【サトウさん、急にDMしちゃってすみません。実は相談なんですけど、サトウさんの書いている140字小説を、サトウさんが投稿した後に、まったく同じテーマで別の作品を書いてもいいですか? もちろん返信や引用リポストとかはせず、こっちで勝手に書くだけですから。すこしの間、そうですね、数か月間だけでいいので。もちろん嫌なら無理にとは言いません】

【それなら大丈夫ですよ~お好きにしていただければ、カナデさんなら、悪事を働くこともなさそうですから笑 でもなんで急に】



 もうすでにこの時点で、『サトウ・レン』と姉の間には何度かやり取りがあって、お互いに気安さが感じられる。それでも返信や引用リポストを使わない、というのは、姉なりの線の引き方があったのだろう。姉らしい気もする。



【サトウさんの140字小説に感化されたのかもしれません。せっかくの人生なので、やりたいことはすぐにやろう、と思って】

【140字小説を書くひとが増えるのは嬉しいです。すこしの間なんて言わずに、ぜひいつまでも書いて欲しいくらいです】



『カナデ』に残された時間がわずかなことを、『サトウ・レン』は知らなかった。だからこの言葉が嫌味になって、姉の心を深く傷付けたとしても、『サトウ・レン』を責めることはできない。それは分かっているのだが、僕はどうしても許せなくて、ひどく無神経な奴だな、と思ってしまった。僕は姉を知っていて、『サトウ・レン』は『カナデ』について知らなかった。理解できたとしても、納得はできない。


 改めて思う。僕は、『サトウ・レン』が嫌いだ。

 姉は僕の憧れだった。確か小説を読みはじめたのも、姉の影響だった。姉はミステリが好きで、「あなたも好きなんじゃない?」と東野圭吾の小説を貸してくれたのが、はじまりだった。まだ中学生だったはずで、『秘密』を背伸びして読んだ記憶がある。姉はその後、近代文学に興味を持つようになり、僕は国内のミステリばかり読んでいたので、小説をきっかけにして、僕と姉が繋がりを持つことはなくなっていき、口には出さなかったが、やはりすこし寂しくはあった。


『サトウ・レン』も当然、ミステリが好きだから、こんな小説も書いている。



【2023年4月13日


「なぁ」「うん?」「俺、ミステリ小説が読めないんだ」「なんで」「自分で推理できないから、申し訳ない気持ちになる」「謎解きなんて名探偵が勝手にしてくれるから、素直にびっくりしておけばいいよ」「何かおすすめある?」「東野圭吾」「おお、有名なひと」「の、『どちらかが彼女を殺した』かな」】



 この作品の返信に、姉が【私も大好きな小説なんです】と言葉を寄せている。字面だけでは感情なんて分からないはずなのに、嬉しそうなのが伝わってくる。あぁいいなぁ、と思ってしまった。


 やっぱりただの嫉妬だ。僕は思わず笑ってしまう。まったくなんて相手に嫉妬しているんだろう。


『サトウ・レン』と姉とのふたりだけしか知らない共作は、8月頃まで続いた。蝉時雨の降る暑い夏までだ。姉は病状が悪化して、それどころではなくなったからだ。それ以降のポストはすくなく、あっても短い絶望の言葉くらい。


 そして姉は逝った。


 姉の死の瞬間、ふと姉との幼い頃の会話がよみがえった。なんでそんな会話になったのかまでは覚えていないのだが、「私のほうが絶対に長生きするから」と姉が自信満々に言ったのだ。


「そっちが先に逝くなよ」

 と僕は思わず呟いてしまった。



【2023月9月20日


 人間の僕の妻はエルフだ。最初の告白は、「どうせ、私を残して逝っちゃうんでしょ」と言われて、断られた。だけど僕の熱意に根負けして、最後は了承してくれた。あれから五十年の月日が経ち、死の間際、僕のそばで涙を流しながら、彼女がほほ笑む。「ありがとう。幸せだったよ」そっちが先に逝くなよ。】



 姉と『サトウ・レン』の間で交わされたDMの中に、こんなやりとりがある。



【サトウさんはなんで140字小説を書いているんですか】

【ただの気晴らしですよ】

【でも気晴らしなら、別に嫌な現実に対する愚痴だっていいわけじゃないですか】

【まぁそれはそうなんですが。もちろん小説が好きだからですよ。もちろんそれは前提としてあるんですけど、付け加えるとするなら、嘘、虚構でしか語れない言葉があるからだと思うんです】

【それはなんですか?】

【いや、それをここで滔々と語れるのなら、こんなことを言わないですよ。それを言えないから、小説を書いているんです。あまり他のひとには言わないのですが、なんだかカナデさんは他人のように思えなくて。あぁ、あと】

【あと?】

【嘘でしか繋がれない関係もできましたし、たとえば私とカナデさんの関係もそうです。私たちはXでほとんど、現実でどんな人間なのかを開示していないじゃないですか。SNS上だけにしか存在しない『サトウ・レン』と『カナデ』が嫌な現実をひと時忘れて、こうやって会話している。そういう関係も悪くないなぁ、って】


 僕が姉のアカウントを知った日、姉の死の報告をポストした日、

『サトウ・レン』は一本の140字小説を投稿した。



【2023年9月22日


 俺はむかし、謎の男から「100回嘘をつくと死ぬ」と言われたことがある。彼の言葉自体が嘘だ、と思いながらも、気になってその日から嘘をひとつひとつ数えるようになった。99回目になってから、嘘は絶対につかないと決めたが、もういいか。病室で俺は妻に言った。「大丈夫。俺はまだ死なないから」】



 さて、そろそろ他人事にして語るのは、やめよう。

 姉が死んでからそれなりに経った今でも考えてしまうことがある。僕は真実を告げなくて良かったのだろうか、と。伝えるチャンスはいくらでもあったのに。共作をはじめた時から、なんとなく文体が似ているなぁ、という感覚はあったのだ。でも僕の文体を真似ているのだろうくらいに思っていた。あれはもっと本質的なものだったのだ。


 似せたのではない。似てしまったのだ。双子の姉弟だから。


 姉の幻想を崩したくなかった、と僕は何度も自分に言い聞かせた。だけどこれがただの言い訳でしかないことなんて、僕自身が一番よく分かっている。自分自身が作り出した紛い物に嫉妬して、姉を現実に引き寄せようとしていたなんて、本当に馬鹿みたいだ。


 僕がこんな感情を持ってしまったら、『サトウ・レン』が『カナデ』に吐いてはいけない嘘をついたかのようになってしまう。


 ごめん、カエデ。

 ふと声が聞こえた気がした。


『私はまぁ最初から気付いていたけどね。サトウさんがあなただって。いいじゃない。私たちは偽りの姿で、嘘でしか語り合えないことを語り合えたんだから』


 この声を、カエデの確かな感情だと判断するのは、さすがに僕に都合が良すぎるだろう。

 それでも……。


 僕はこの声を聞いた後、一本の140字小説を書くことにした。



【幼い頃、双子の姉と約束をした。「私たちの間に、絶対に隠し事はなし」それ以来、僕は姉に隠し事はしないように心掛けたが、たったひとつだけ隠し事をしてしまった。大病を患った姉の死の間際、真実を告げるかどうか僕が迷っていると、姉がちいさくほほ笑んだ。「大丈夫。お姉ちゃんはお見通しだから」】



 だけどあまりに現実に寄りかかりすぎている気がして、Xに投稿する気にはなれず、僕はそれを削除した。

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