第2話

「ふーん、じゃあお前聖剣失くしたのか。間抜けだな」


アーサーは謎の喋るスライムに絡まれているこの状況についていけずにいた。

あれから数分、スライムはまるで座り込んでいるかのようにどっしりと構えると聞いてもいないのに身の上話を始めたのである。


それによると彼はもともと人間で、しかもこことは違う世界から来たらしい。

スライムになっていたことに驚きはしたが、せっかくの異世界だから楽しもうと考えて森をうろついていたそうだ。


「そしたらお前を見つけてよ。いやあ、魔物だし襲った方がいいのかとも思ったけど、人間だった手前襲い掛かる気にもなんなくてさぁ」


意気揚々と喋るスライムにアーサーは戸惑った。その後もスライムの語りは止まらずいつの間にか内容はアーサーへの怒涛の質問攻めに変わり、聖剣奪われたところまで話したところである。


「その聖剣ってさ、もしかしてこんなやつか」


スライムはそう言って高くジャンプした。そして着地するころには姿がまるっきり変わっている。

青く丸っぽかったシルエットは完全に失われ、先ほどまで手元にあったのと同じ形をした聖剣がアーサーの前に落ちた。


「え? これ……どうして」


状況が飲み込めず狼狽えるアーサー。聖剣はすぐにまたスライムの形に戻った。


「やっぱりこれが聖剣か。さっき大きな鳥が抱えているのがちらっと見えたんだよな。追いかけてやればよかったな」


スライムは少し申しわけなさそうにそう言ったがアーサーにとってはそんなことよりもたった今目にした光景の方が気になった。


「今の! どうやって……」


アーサーが尋ねるとスライムは得意げに言った。


「これか? どうやらスライムが持つ特殊スキルらしい。直接見た物の姿形をマネできるんだ。例えばほら」


スライムがまた変身する。そこにはアーサーにそっくりな少年が立っている。

ただ、先ほどの聖剣のような完全再現とは違い顔や背丈はそっくりなものの色はスライムの時と同じ青色だった。


スライムはすぐに元の姿に戻ると首を傾げる。


「ありゃ? 上手くいかねぇな。変身する対象が俺の体積より大きすぎると色素とかを再現するのに必要な身体が足りなくなるみたいだ」


どうやら彼もその能力を完全に使いこなしているわけではないようでアーサーの前で考察を始めてしまった。


今日何度目だろうか、再び茂みがガサゴソと音を立てた。

警戒するアーサーとスライム。今度現れたのも魔物だった。


逆立った黒い毛並みが特徴的な大きなオオカミである。

今度の魔物は喋りかけてくることもなく、確実にアーサーに狙いを定めて牙を剝いている。


「おい少年何とかしてくれ! 俺はこんな身体じゃ戦えねぇんだよ」


スライムが叫ぶ。しかし頼りにされてもアーサーは困る。


「言っただろ。僕はただの村人だ……」


「何言ってんだ。勇者なんだろ! 戦わなくてどうするんだよ」


二人の言い合いが続く。オオカミは今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。


「聖剣もないし……もう無理だ!」


アーサーは背中を向けて逃げ出そうとする。


「待て!」


とスライムが止める。

そして先ほどと同じように空中に飛び上がると聖剣に変身した。


「俺を使え!」


そう言われてアーサーはとっさに聖剣に化けたスライムを掴んだ。


「心配すんな。俺の変身は対象の硬度や性質なんかもしっかり再現している。前に石で試したからな。俺が化けてんのが聖剣なら、切れ味だってそのままだ」


スライムは自信ありげに言う。それが虚勢なのかどうかアーサーにはわからなかったが彼にはもう考え事をしている余裕さえなかった。


「ほら、来るぞ!」


オオカミが飛び掛かり、スライムが合図する。


「振れ!」


そう言われてアーサーは力いっぱいに聖剣を振り下ろした。

短い悲鳴が聞こえた。アーサーは思わず瞑ってしまった目をゆっくりと開く。


悲鳴はオオカミのものだった。切り裂かれたオオカミがアーサーの前に横たわっている。

呆然としているとオオカミが黒い煙となって消えた。


アーサーは力が抜けてその場にへたり込んでしまう。元の姿に戻ったスライムがアーサーの前にポンと落ちて来た。


「よくやったな。やればできるじゃねぇか」


と褒められてアーサーの肩の力がようやく抜けた。


「ん? なんだこれ」


スライムはぽてぽてと飛び跳ねてさっきまでオオカミのいたところまで行くと紫色の小石を拾い上げた。


それを見てアーサーが答える。


「魔石だ……村で見たことがる。魔物が落とす不思議な石で加工するといろんな道具になるから高く売れるんだ」


「ほぉ、なるほどな」


スライムは小石をじっと眺めたあと何を思ったのかそれを一口で飲み込んだ。


「うまい!」


一目見た瞬間からスライムは魔石から美味しそうな匂いを感じ取った。本能のままに飲み込んでくると身体の中に力が溢れるような感覚があった。


「なぁ、アーサー。お前、俺と旅をしないか?」


唐突にスライムが言った。


後に何年も語り継がれる英雄となる勇者アーサー。彼が生涯使い続けた伝説の武器と初めて出会った瞬間である。

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聖剣を無くしました。そして、スライムと出会いました。 六山葵 @SML_SeiginoMikataLove

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