悪夢再び

 夜が明けた。曇天どんてんの空模様に風は微風、そして海が近いのか僅かに潮の香りが感じられた。

 見上げるとそこには立派な単独峰がそびえ立っている。太古の昔に人々がこの山を信仰の対象にしたのも頷けるほど立派な山体であった。もし晴天であれば朝日に照らされた、素晴らしい光景を目にする事ができたであろう。但し、今朝ここを訪れたのは信仰心の欠けらも無い無頼の者達であったのだが。

 遂にダズト達一行は、西大陸の東端に位置するダカツ寺院に辿り着いた。ブリッツの町を出て三十五日目の事である。

 あの後、ヤマダ君達と遭遇してから以降は何の妨害も無く、至って順調に旅する事が出来ている。更なる襲撃を警戒していた一行にとっては、いささか拍子抜けするほど無難な旅路でもあった。

「ここがダカツ寺院か~やっとついたわね☆……それにしても大きなお寺、ほぼ町じゃない」

リィナは感慨深げに感想を述べる。

 ダカツ寺院は五百人を超える修行僧と年間にして百万人にも及ぶ参拝に来る信仰者、それらの人々を相手にする商売人とが入り乱れており、さながら観光都市みたいな様相であった。

 とは言えまだ夜が明けて間もないため、人もまばらに見える程度である。ダズト達は取り敢えず早朝から開いている喫茶店に身を寄せる事にした。

「……で、宝物殿ってのはどこにあるんだ?」

テラス席に座り、ダズトは朝からブランデーを嗜みつつ質問した。

「あの山の中腹……六合目辺りですね、ここからだいたい三、四時間程と言った所です」

ロキは紅茶が入ったティーカップを持ちつつ、眼前にそびえる山を見上げながら答える。

「は?まだそんな掛かるの?」

リィナは果汁100%りんごジュースを啜りながらうんざりした顔をした。

「ここはまだ入口ですから、この辺りの建物は参拝者用の商業施設ですね。寺院そのものはあの山の中に建立されているのですよ。そして目的の宝物殿は寺院の最奥部に在るようです」

ロキの言葉でリィナはテーブルに突伏して長い溜め息を吐いた。

「……一つ気に掛かる事があるのですが」

ロキは軽く握った拳を顎に当てながら、改めて真面目な顔を作った。

「何よ?」

リィナが不満気な表情のまま顔をあげる。

「ホワイト・ダガーの件です」

ホワイト・ダガーと聞いてダズトとリィナがピクリと反応を示す。

「……私もそれ気になってたわ。何でもう仕掛けて来ないのかしら?幾らでもタイミングはあった筈なのに」

ダズトも同じ意見なのか何も言わずリィナを横目にブランデーに口を付けた。

「考えたのですが、連中もしかして我々の目的を知っているのではないでしょうか」

「え?それってつまりダカツ寺院の宝物殿に『神の欠片』があるの知ってるって事?」

リィナはテーブルの端を掴んで起き上がり背筋を伸ばした。

「ここまで来てなんですが、もうここの欠片はホワイト・ダガーに回収されている可能性も……」

「それじゃあ何か、オレ達は全くの無駄足だったという事か?」

ダズトは目線を落としながら静かに言ったが、二人にはダズトが少し苛ついているのが分かった。

「なんなら宝物殿で待ち伏せされてる可能性だってあるわね」

リィナの言った事は他の二人も十分気付いていたが、敢えてこれ以上口には出さない。

 暫しの沈黙、三人の間に重苦しい空気が流れる。

「……あくまでも可能性の話です、余計な事を申しました、忘れて下さい」

空気を変えようとしたのか、ロキはテーブルに手をつき軽く頭を下げた。

「謝らなくてもいいわ、ロキ君が悪い訳じゃないもの。どちらにせよ私達の任務が解かれる事は無いんだから」

リィナは開き直った顔で再びりんごジュースを飲みだす。それに伴ってダズトも腕を組みながら顔を上げた。

「その通りだ。仮に待ち伏せされた所で全員ぶっ殺せばいいだけの話だぜ」

「あら!全員はダメよ。一人くらいは生かしておかないと、欠片の場所を聞き出せなくなるじゃない☆」

「どうせ聞いた後に殺すんだから、間違ってねぇだろう」

「それもそうね。……何にせよ私達は宝物殿へ行くしか無いって事かしら♪」

「そういう事だ」

 言っていることはかなり物騒で反社会的な内容ではあったが、ロキは二人の会話に助けられた気がして口元を緩めた。


「……そういえば、ダズトさんは今『神の欠片』を持っておられるんですよね、見せて頂く事はできますか?」

「『神の欠片』をだと?」

ロキの突然の申し出にダズトは眉をひそめた。ダズトも一応は重要な物と理解しているので、常に肌身離さず携帯しているのである。

 ダズトは一瞬だけ逡巡するが、直ぐに懐から巾着袋を取り出し、中から「神の欠片」をテーブルの上に転がした。

「てめぇもこんな物に興味があるとはな、知らなかったぜ」

ダズトはやや皮肉を込めた発言をする。

「いえ、これ自体に興味は無いのですが……触っても?」

「好きにしろ」

「ちょ、ちょっと!またいきなりドカンはゴメンだからね!」

リィナは慌てて両手を前に出して、いつでもバリアを張れる体勢をとった。

「ふぅむ……これが『神の欠片』ですか、ただの石の様に見えますが……」

ロキが欠片を手に取り観察するが、特に欠片にもロキ自身にも変化は見られない。そもそもあの夜の暴走以降は全くの無反応であり何も起きてはいないのだ。

「……なる程、ありがとうございました」

一通り観察してロキは巾着袋の上に欠片を置き、ダズトの前に差し渡した。リィナもホッとして手を下げる。

「ふん、何か気になる事でもあったのか?」

ダズトは受け取った欠片を錦繍入りの巾着袋に再び戻しながら理由を尋ねた。

「『神の欠片』はその存在同士を互いに引き寄せる、と聞きました……もしここダカツ寺院に『神の欠片』が在るとしたら、この欠片も何か反応を示しているのではないか?と思ったのですが」

「何?」

ロキの説明にダズトは不審な目を向ける、この場合その目はロキではなくダーク・ギルド、つまり組織に対してであったが。

「初耳だわ。何よその後付け設定、どこのスタンド使いよ」

「ダーク・ギルドから何も聞いていないのですか?」

ロキも自分とダズト達に教えられている情報量の偏りに困惑する。

「普通は私達みたいな末端エージェントにそんな詳しい情報は教えてくれないわよ」

リィナのこれまでの経験から、組織が自分達に必要以上の情報を渡さないのを知っていたし、また当然でもあった。今まではそれを疑問に思う事もなかったのである。

「では『神の欠片』が人を取り込む話も……」

ロキは更に剣呑けんのんな言葉を口にした。

「えっ_!?_それは……魅入られるって事?」

「魅入られる?……そうか、取り込むではなく虜だったのかもしれません。それならば同じ意味だと思われます」

 リィナは押し黙ってダズトの方を見た。ダズトは眼を閉じながら腕を組み、黙って二人の会話を聞いている。

「……それなら、もうダズトが魅入られてるわよ」

「なんと!大丈夫なのですか?」

普段は冷静なロキだったが、流石にかなり驚くと同時にダズトを見た。

「……別に問題はぇ」

ダズトはゆっくりと眼を開き、まだ半分程ブランデーが残っているグラスを見つめながら答える。

「『神の欠片』に取り込まれた者は、精神を蝕まれて正気を無くすと聞きましたが……」

ロキの話にリィナはクスクスと笑う。

「なら大丈夫ね、ダズトは初めから正気とは思えないくらい気も利かないし、デリカシーも無いもの☆」

リィナの発言にダズトも柳眉を上げた。

「うるせぇアバズレが、てめぇの方こそ常識を疑うぜ」

「あら、闇の秘密結社の人間が常識があってどうするのよ」

リィナの言い分にダズトもグッとなって言い返せない。

「そんなに怒らないでよ~、ちょっと正気かどうか確かめただけじゃない♪」

「いちいちしゃくさわるんだよてめぇは」

ダズトを言い負かしてご満悦のリィナに内心歯ぎしりをするダズトであった。

「まあまあ……その様子ならダズトさんはきっと大丈夫なのでしょう」

このやり取りでロキは一抹の不安を解消する。

「当たり前だ!オレがこんな物にやられるかよ」

未だ不満気なダズトは大きくブランデーを口に含めた。

「でもこれで、なんで組織が私達に『神の欠片』を持たせておくのか判ったわね、きっと欠片にレーダーみたいな効果を期待してるのよ」

「かもな」

 ブランデーを全て飲み干してからダズトは思った。

(本当にそれだけか……?)


 宿の部屋に独りダズトは居た。どうせ宝物殿に忍び込むのは今夜遅くから明日の未明にかけてである。明るい内から山を登るにしろ、まだ早朝であったため昼過ぎまでは各々で自由行動となった。

 リィナはショッピングをすると言って街へ行き、ロキも情報を集めて来ると言い何処かへ出掛けて行った。

 ダズトは特に何もする気が起きなかったので、安宿へ行きあまり手入れの行き届いていない固いベッドに仰向けになっている。

(気に入らねぇな……)

ダズトは天井を見つめながらダーク・ギルドへの不信感をあらわにしていた。

 そしてその原因である「神の欠片」を取り出してみる。磨り硝子のような半透明の石がその手に握られた。

(コイツを十三個だったか……全て集めると世界が手には入るだと?くだらねぇ……そんな御伽噺おとぎばなしなんぞクソ食らえだ)

ダズトは欠片を痛いほど握り締める。ギッと自身の骨が軋む音が鳴った。

 だがあの時、己の身に起きた事は紛れもない事実でもある。

(……なら「神の欠片」とは一体?あの時、確かにオレの中で何かが……そうだ何かが目醒めた感覚があった)

 ダズトはあの美しい月夜に起こった惨劇を思い出していた。

 といってもダズトにしてみれば気がついたら周りを全て更地にしていたので、思い出されるのは凄まじいエネルギーの中心で自分に何が起こって何を思っていたのかである。

(目醒めた?……何が?)

少しの間、ダズトは目を瞑り思案するもやがて考えるのを止めた。

(……まあいい、今はせいぜい利用されてやる。今は……な)

 そのうちダズトは静かに眠りに落ちていった。


 闇夜と共に奴等はやってきた。天気は朝と変化無く曇天のままである。星明かりすら無い深い闇は、忍び込むには絶好の機会であった。

「様子はどうかしら?」

リィナは宝物殿の裏手の窓から中を覗いていた。

「さてな……いいか中に入ったら欠片の場所まで走り抜けるぞ」

ダズトは二人に檄を発した。

「了解よ!ロキ君が持ってきた情報のお陰ね♪」

「あ、いえ普通に観光用のパンフレットに記載されておりましたので……」

「そうなの!?」

これにはリィナも驚きの声を上げる。

勿論もちろん、一般には公開されておりませんし、名称も『神の欠片』ではなく古くから寺に伝わる宝珠となっておりましたが」

「へ~!知らなかったとはいえ『神の欠片』がこんな身近にあるなんてね。灯台下暗しとはこの事ね☆」

ロキの蘊蓄うんちくにリィナは目をしばたたかせた。

やかましいぞ、てめぇら」

ダズトに睨まれてリィナは「テヘッ☆」とぶりっ子を気取る。

「チッ!行くぜ!」

ダズトの言葉を合図に三人は一斉に動き出した!

 まずはリィナの火炎魔法で窓を焼き破る!最初にダズトが飛び込みリィナがそれに続いた!最後尾はロキである!三人は一定の距離を保ちつつ縦に並びながら駆け抜けて行く!

 ダズトは抜いた剣先に小さな炎を灯し闇の中を疾駆する!炎を目印にリィナとロキもダズトを追いかけていった!


「クソが!」

怒気を含んだ声と共にダズトは急に停止する。

「やっぱり罠だったのね」

ダズトに並んだリィナも闇の中に渦巻く魔力を感じ取っていた。そしてロキも二人に追いついてくる。

 三人を囲むように松明に火が灯された。何者かが魔法を使ったのは既に間違いない。

「……現れたか闇の者よ」

三人の正面に一際大きな炎が灯り、闇の中から初老の男が浮かび上がった。

「なんだテメェ……欠片は何処だ!」

ダズトは剣を男に向けて叫ぶ。

「私はホワイト・ダガー所属A級戦闘員、バーモンドだ。ホワイト・ダガーの名に於いて貴様達を断罪する」

バーモンドと名乗った初老の男は仰々しく一段高い場所からダズト達を見下ろした。

「やはりホワイト・ダガー!」

予想通りの答えにロキも槍を構える。

「蝿かよてめぇらは、うざってぇ」

ダズトは唾を吐き捨て、今にも飛び掛からんばかりに姿勢を低くした。

「もはやこの宝物殿は包囲されておる、抵抗は無駄だ。おとなしくくだるがいい」

「テメェを殺してから血路を開くさ」

バーモンドの降伏勧告など意に介さずダズトは一気に剣先に力を込める!

「ダズトさん!」

機先を制しロキがダズトに声をかけた。

「ああ?」

出鼻を挫かれたダズトは眉間に皺を寄せてロキを睨み付ける。しかし臆することなくロキは宝物殿の正門に目配せをした。ここでダズトはロキの思惑を察する。

「チッ!おいロキ……先輩命令だ、外の雑魚は任せるぞ」

「承知しました、任されましょう」

ダズトはぶっきらぼうに言い放ったが、ロキは笑顔で応えて正門へと歩いて行く。


「馬鹿な真似を!外には二十名のB級戦闘員と百名余りのC級が居るのだぞ!只でさえ少ない戦力を分散するなど、自ら死地におもむくつもりか!」

ロキの背中を見ながらバーモンドはダズト達の行動を非難した。

「テメェは自分の命だけ心配してりゃいいんだよ」

再びダズトがバーモンドに対して剣を構える。

 これを見て何かを感じ取ったのかバーモンドは眉をひそめた。

「……この邪気は!あの小さな村を滅ぼしたのは貴様だな!」

バーモンドは小刻みに身体を揺らす、まるで激しい怒りに打ち震えているようであった。

「何故あのような残虐非道な行いができる!」

「ふん、知らぬうちに虫けらを踏み潰した……ただそれだけの事だ」

ダズトは冷ややかに言い放つ。実際は殆ど不可抗力ではあったはずなのだが。

「この外道が!覚悟するがいい!」

バーモンドの義憤が爆発する!同時にダズトは剣を構えて突進した!バーモンドの心臓を狙ってダズトの鋭い突きが繰り出される!その時!横から大きな白い影がダズトを急襲!意表を突かれたダズトは体勢を崩して、床に叩き付けられてしまった!

「畜生が!ふざけやがって!」

すぐさま起き上がったがダズトの左肩には出血がみられる。幸い傷は深くは無いようだが、何かに切り裂かれていた。

 白い影がバーモンドの横に着地する。正体は体長二メートルはあろう大きな白銀の狼、それがバーモンドに寄り添っていた。

 バーモンドに撫でられて狼は甘えるような仕草で頭を上下させている。

「油断したな、誰も一人とは言っておらぬぞ」

バーモンドがダズトを見据えると、狼も表情を一変させ低いうなり声を上げた。

「ふふ、そうかフウお前も奴が許せぬか。では共に悪を討ち果たそうぞ!」

「舐めるな!」

肩の傷などお構いなしに今度はフウと呼ばれた狼に対してダズトは剣を向けようとする。

 ダズトの左肩に魔力の光が灯った。少しずつではあるが、傷が癒えていくのが分かる。

「お困りのようね~」

ヌッとリィナが出てきてダズトに顔を近づける。

「あ?居たのかよテメェ。てっきりロキに付いていったと思ったぜ」

治癒のお礼など言うはずもなく、ダズトはリィナを一瞥いちべつした。

「まさか、だってダズトには私が必要ですもの☆」

「邪魔だ、引っ込んでろ」

 こんなダズトの邪険な態度などまるで気にせずに、リィナはいつも通りの明るい口調で語りかける。

「大丈夫、私達二人は無敵よ☆これまでだってそうだったじゃない♪」

リィナはウインクしてダズトに微笑んだ。

 ダズトはあからさまに迷惑そうな顔を作り、リィナから視線を外し前を向く。

「勝手にしな」

「はぁい♪」

笑顔でリィナはダズトに並び立つと白銀の狼に目を向けた。

「あのワンちゃん……神狼ね。もう絶滅したと思ってたけど、まだ生き残ってたんだ。神狼の毛皮は魔法を一切通さないのよね~、悪いけどワンちゃんの方はダズトが相手してくれないかしら?」

「オレに指図するんじゃねぇよ……だが、この傷の借りは返さねぇとな」

「たぶんダズトの炎も効かないから気をつけてね」

 神狼が大きく吠えた!フウと呼ばれた神狼が跳躍するとダズトは後方に下がって迎撃する構えを取り、リィナは前方に向かってバーモンドと対峙する!

 神狼が先程までダズト達が立っていた地面に降り立つ!勢いそのまま!恐るべき牙と爪を剥き出しにしながらダズトに肉迫していった!

「こいよ、畜生風情ふぜいが」

リィナの魔法で肩の傷は癒えた様である。ダズトは盾越しに迫り来る白銀の狼に心火を燃やした。



 時刻は既に日付が変わっていた。真夜中の任務は稀にあるが、これほどの規模になるとあまり記憶にない。

 ダカツ寺院の宝物殿が近々兇族に襲撃されるとの情報がもたらされ、我々は十日前から網を張っていた。そして今夜ついに闇に紛れて、まんまと奴等は現れたのだ。

「状況はどうなっておる」

 私はホワイト・ダガーB級戦闘員、名はノトス。この討伐部隊の副官にして包囲作戦の戦闘指揮官だ。

「は!どうやら賊は三人!裏手から宝物殿へ侵入した様子です!」

側近の部下が即座に答える。

「三人?少ないな。十人以上は想定していたのだが……まあいい。バーモンド様に敵わないと分かれば直ぐに飛び出してくるだろう。そこを捕獲する、抵抗があれば武力行使もやむなしだ」

「了解しました!」

 一通り部下に指示を出し終えた私は、隣にいる側近にふと疑問を投げかけてみた。

「しかし今回の作戦はこんな大規模に行う必要があるのかね?たかが賊など三十人も居れば十分、それを四倍の百二十人以上だぞ。その上バーモンド様まで出動をかけて、まるで一国の軍隊を相手にする規模ではないか」

私の疑問に側近は周りをはばかるように近づいた。

「それが……あくまでも噂ではありますが、この賊はA級戦闘員を二人も撃退しているという話です」

わざわざ小声で側近は答えたのだが、私は驚きのあまり思わず大きな声を出してしまう。

「なんだと?馬鹿な!精鋭ホワイト・ダガーでも選び抜かれたA級が二人もだと!誰が撃退されたのだ?」

「噂ではヤマダ氏とスズキ氏だと」

私の声の大きさに側近は両手を振り声量を落とせとジェスチャーする。

「ふん、あの二人か驚かせおって。そもそもあんな惰弱な若造がA級に居る事自体が間違いなのだ。総司令閣下のお気に入りだから贔屓にされおって」

側近の言葉に私は納得すると同時に、憤懣ふんまんな思いがこみ上げてきた。


「指揮官殿!宝物殿に動きがあります!」

「来たか……。各員!所定の配置に!私も出る!」

部下からの報告を受けて、私は任務を遂行するべく宝物殿の正門に向かった。

 正門には常夜灯の小さな篝火かがりびが焚かれていたため、闇深い周囲からはよく観察できる。

 到着して間もなく、正門がゆっくりと開き中から一人の男が出てきた。槍を持ち、遠目からでもなかなかの偉丈夫なのが分かる。男は堂々とした佇まいで、またゆっくりと歩を進めて来た。

「一人だけか?他に動きは!」

「宝物殿の奥では戦闘音らしき音が聞こえますが、他に誰か出てくる様子はありません!」

 私はこの状況に頭をひねった。なぜ一人だけ?しかも逃げる様子でも無く……いや、他にやりようもあるまい。やはり降伏しにきたのだ。

「よしAからG班で男を包囲!残りは待機せよ!」

訓練された部隊が無駄の無い動きで迅速に展開する。そしてやや遠巻きに男を包囲した。

「おい、なんか寒くないか?」

「ああ、オレもそんな気がしてたんだ」

どこからかそんな隊員の声が聞こえる。

「おい!私語は慎め!」

隊員に注意をするも、この時私自身も薄ら寒いものが背筋に走るのを覚えた。

 男は包囲されて動きを止める。

「私が行こう」

私は部下にそう告げると男に向かって歩いていった。しかし、何故か足が重く歩くのが辛い。風邪でも引いたのだろうか、悪寒も先程よりひどくなってきている。それでもなんとか男の表情が判る位置まで来ることが出来た。

「あなたがここの指揮官ですか?」

男が喋った。普通に話しているのにも関わらず、とても良く通り周囲に響く声である。

如何いかにも、もはや貴様は完全に包囲された。逃げ場は無い、武器を捨てて降伏するがよい」

寒い筈であるのに背筋にはダラダラと嫌な汗が流れ落ちていた。私は努めて平静を装い男に降伏を促す。

 だが男は予想に反し外套がいとうを翻しながら槍を構えて言い放った。

「我が名はロキ。用命によりお前たちを討つ。死にたくない者は逃げるがいい、追撃はしない」

昂然こうぜんたる男の姿に一瞬全てが静まり返る。

 私は悟った、この悪寒は警告であると。ホワイト・ダガーに所属して二十年、その経験と生物としての勘がこの男の危うさに警鐘を鳴らしていたのだ。

「ぜ、全員戦闘準備!こ、この男を殺せ!早く!」

上擦った声で私は命令を下した。これが悪夢の引き金になるとも知らず。


 

「単独で神狼に挑むなど無謀な事だ」

 バーモンドは蔑むような目で神狼フウと対峙するダズトを見た。

「あら?オジサマはもうワンちゃんが心配なのかしら。まずは自分の命を心配するよう言われてたでしょうに」

早速リィナは両手に魔力を集め始める。

「なかなかの魔力を有しているな、むすめ。……何故その力を人々の為に使おうとしないのだ?魔法とは世界を平和と安寧に導く力であるぞ」

バーモンドの問いにリィナは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「……魔なる法で魔法。魔道に墜ちた者が魔道士であり、魔に導く者が魔導士なのよ。そもそもこんな自然の摂理に反した力が正しいモノな訳ないじゃない」

リィナの言葉にバーモンドは激しい嫌悪感を覚える。

「屁理屈を!所詮しょせんは貴様も闇の者ということか!」

「私は真理を述べたまでよ☆」

 ここでリィナの右手から雷撃が閃光と共に撃ち出された!バーモンドはバリアを張りつつ横へ跳んで回避!バーモンドも右手から直径五十センチ程の火球を十個作り出し順番に射出する!リィナもバリアを張ってバーモンドと併走する形で回避を試みた!

「あら、結構当ててくるわね」

バーモンドは火球を分割し順番に撃つ事により、先に撃ち出した二~三発が外れても補正をかけてく事で残弾の命中率を上げていたのだ。

 バリアを張っているためリィナに直接ダメージは無いが、相殺した分の魔力は消費してしまう。自身が移動して避ければ魔力が温存でき魔力の量は引いては勝敗に繋がるため、魔法使い同士の戦いは機動戦になる事が多い。

「私も真似してみようかしら」

リィナも巨大な火球を作り出し八つに分割して射出!しかし狙いがブレて上手く命中しない!その間もバーモンドの火球は確実にリィナのバリアを削っていく!

「やっぱり付け焼き刃じゃダメね~、魔力制御は向こうに分があるわ」

「未熟者め!その様な攻撃当たらぬわ!」

バーモンドは機関銃の如く火球を生成、装填、発射を繰り返す!驚くべきはその命中率!リィナのバリアは瞬く間に薄くなっていった!

「当たらないなら当てるまでよ」

「ぬう!」

リィナはスズキ君の時に使用した極大雷雲を作り出す!今回は威力減衰していない巨大な雷が広範囲に降り注いだ!これにはバーモンドもたまらず脚を止め防御を固めざるを得ない!

「愚かな!見た目は派手だが無駄が多すぎる!これでは魔力が持つはずがない!」

事実リィナの雷雲は秒毎びょうごとに小さくなっていく!

「そうかしら?少しでも脚を止めればこちらのものよ、終わりね」

リィナから巨大な火球が放たれた!

「終わりなのは貴様だ!」

バーモンドが叫ぶ!その時!リィナの足元に魔法陣が輝いた!

「え!?罠魔法陣マジックトラップ!?きゃあっ!」

床に描かれた魔法陣から炎が立ち上る!リィナの放った火球が消し飛びバリアが破られた!相殺しきれなかった炎が服を焦がす!さらに魔法陣が氷を生成!リィナは両脚が氷付けにされて身動きがとれない!

「貴様達が来るまで何も備えずに、ただ待っていたとでも思ったか?……勝負はついた、これで最後だ降伏しろ」

バーモンドはとどめを刺すべく両手に凄まじい魔力を収束させた。

「か弱い乙女を罠にめて拘束するなんて、イケないオジサマね。そういう趣味がおありなのかしら?」

リィナの軽口をバーモンドは降伏拒否と受け取った!これまでより更に巨大な火球が高速に!そして連続してリィナに撃ち込まれる!

「うふふ……言った筈よ、脚を止めればこちらのもの……って」

リィナの両手におぞましいまでの魔力が渦を巻く!バーモンドの火球を遥かに凌ぐ大きさの火球が高速に!そして連続して放たれた!

「何!馬鹿な!」

バーモンドの火球を呑み込んでリィナの火球が迫り来る!これにはバーモンドもギアを一段上げて対抗した!両者の中央でお互いの火球が対消滅を繰り返す!

 脚を止めて集中すればリィナもバーモンド並みの魔力制御が可能であった!そしてバリアで防御するのではなく、攻撃魔法を攻撃魔法で撃ち落とすという力業ちからわざ!まさに攻撃は最大の防御という状態を作り出したのだ!

 どちらの魔力が先に尽きるか!まさに命を賭けた不動の魔法合戦マジカルデスマッチ!その火蓋が切って落とされたのだ!



 銀色の月がきらめくがごとく、しなやかにダズトの剣が踊る!だが神狼の俊敏な動きはそれを上回る速度を以て月光をかいくぐりダズトをおびやかした!

「ちょこまかと鬱陶うっとうしい!」

神狼の鋭い爪とダズトの盾がぶつかり合い星屑めいた火花が飛び散る!さながら闇夜の中で月と星々が輪舞ロンドを踊っている様であった!

 しかし剣と盾で舞うダズトに対して、神狼は両手脚の爪に加えて獰猛な牙と二倍以上の手数を誇っている!次第にダズトは神狼の舞いに付いて行けなくなってきた!

「っらぁあー!」

打開策を打つべくダズトは剣に炎を纏わせる!白銀の毛皮に炎が蛇の様に絡みついた!だが炎は美しい毛並みに何の跡を残す事は無く虚しく霧消していくのみ!

「チッ!ダメか、面倒くせぇ」

リィナの忠告通り炎は効果が無い!そして遂にダズトの四肢が神狼の爪で切り裂かれ始めた!飛び散る鮮血が輪舞に花を添える!

「ぐっ……!おらぁ!」

それでもダズトの気迫は衰えず剣先が神狼の耳を貫いた!白銀の雪原にも初めて赤い花が咲く!ところが神狼は怯む事無くダズトの首に牙を突き立てた!

「がっ……!」

間一髪!寸前に急所は避けるも、治癒したばかりの肩が牙で再び切り裂かれた!

 ここで神狼は一旦ダズトと距離を取る!

「はん!獣のクセに、偉く慎重じゃねぇか」

ダズトは至る所に出血があるが、肩以外の傷は浅く。神狼の方は右の耳先が真っ二つに別れ、血が滴っている他はダメージは見られなかった。

 両者は刹那睨み合った!そして互いに全力で敵に向かって駆け出す!神狼がダズトの顔面に牙を向けて跳躍!そのタイミングでダズトはスライディングして神狼の下に潜り込んだ!無防備な神狼の胸部にダズトの突きが繰り出される!しかし思いの外毛皮が厚く、神狼も身を捻った為か致命的なダメージでは無い!反対に倒れた所を逆襲されるが、なんとか盾で防ぐ!

 と、ここで神狼が動いた!なんとダズトの剣に噛みつき胴体で体当たりをしたのだ!これにはダズトも剣を握っていられず、手を放して吹っ飛ばされてしまった!

 流石のダズトも大型の獣が相手では機敏さも力も敵わない!唯一のアドバンテージである剣を奪われてしまったダズトに、もはやあらがすべはあるのだろうか!


 神狼はくわえた剣を捨てて、決着を付けるべく唸りを上げてダズトに突進した!ダズトは起き上がろうとしているのか、片膝を就くが立とうとしない!万事休す!

「……一つ試してみるか」

ダズトの眼は死んでいなかった!何を思ったかその体勢からダズトは床に手を付ける!

 何が起こったのか神狼には理解出来なかったであろう!轟音が鳴り突如として床から赤黒い岩石が隆起すると、神狼の行く手を塞いだのだ!更に左右からも岩石が隆起!神狼を押し潰そうとする!同時に赤茶けたけがれた土砂が地面から沸き上がる!数秒の内に神狼は土砂に完全に埋まってしまった!

 そう……ダズトの異能スキルは炎を出す事では無い、地獄をこの世に顕現けんげんする能力なのだ!ダズトは地獄の門を開き、その穢れた岩石や土砂を眼前に出現させた!しかし代償も小さくは無い!これだけの質量を顕現させては、ダズトの生命力は大きく削られてしまったであろう!

「……他愛もねぇ」

 ダズトは神狼が埋没したのを確認すると、立ち上がって落ちている剣をゆっくりと拾った。

 グオォウ!

咆哮と共に神狼が土砂から飛び出した!驚くべき事にあの量の土砂を掘り進んできたのだ!ほば奇襲に近い勢いでダズトを頭から食い千切らんと大きく顎を開く!

 次の瞬間!ダズトの刺突が神狼の口腔内に深々と突き刺さった!だめ押しに赤黒い地獄の炎で神狼を内側から焼き尽くす!

「自慢の毛皮もはらわたを焼かれちゃ意味ねぇな」

炎の熱とは対局的な冷たい眼差しで、ダズトは焼け焦げた神狼を見つめる。

 遂に神狼は絶命した、決着である。



「……ば、化け物め!」

私、ノトスにとって現世に人の姿をした恐怖というものがあれば、それは間違いなくこの男であった。

 ホワイト・ダガーは特殊部隊だ。いくらB級やC級でも優れた戦闘員であるのは間違い無い。それが二合と切り結ぶ事もなくたおれていくのだ、こんな不条理な事があっていいのだろうか。

「しかも何故、魔法が通じん!あの男の異能スキル、戦技なのか?」

攻撃魔法は闘気の様なオーラを纏った槍でことごとく切り払われてしまい、全く意味を為していなかった。

「指揮官殿!このままでは!」

側近が悲鳴に近い声で叫んだ。

 私は恐怖を押し殺して部下達を指揮する。

「奴も人間だ!押し包めば勝てる!」

本当にそうか?と私は思わずにはいられなかった。既に三分の一近く四十人の部下がたおれているのだ。

 阿鼻叫喚、この男は死の暴風そのものであった。

「し、指揮官殿ぉ……」

側近が恐怖で目に涙を浮かべながら私を呼んだ。

 ハッと気付いた時には、あの男に接近する部下は居なくなっていた。残るは遠距離から攻撃していた魔道士の戦闘員二十数名と側近、そして私だけである。

「……こっここ攻撃魔法を奴に集中しろ!」

もはやそんな攻撃魔法など、私を含め誰もがこの男には通じないと分かっていた。

 男は闘気をみなぎらせた槍を旋回させて魔法を弾いていく。そして近くの死体から剣や槍を拾うと、およそ人とは思えぬ剛力で投擲とうてきした。

 遠距離で油断もあったであろう、魔法使いの戦闘員の胸や頭に次々と刺さっていく。戦闘員は魔法を撃つどころでは無くなり逃げ惑うしかなかった。

 魔道士たちも為す術なく討たれていき、すでに生き残っているのは私を含めても十人に満たないであろう。

 私は覚悟を決めた。


「私はホワイト・ダガーB級戦闘員ノトスだ、この部隊の指揮官である。一人の戦士として貴殿と一戦を所望する」

私は剣を抜いて一人で男の前に進み出た。命ある部下達は固唾かたずをのんで私を見つめている。

 敵う相手でないのは十分承知だ。しかし私には責任そして……誇りがある。逃げ出す訳にはいかなかった。

「ふむ、うけたまわりました」

男は一旦槍を下げて私と相対する。

 しかし敵ながらなんと堂々とした態度であろうか、どこか威厳すら感じられる。もはやただの賊でない事は明らかであった。

 私の中の恐怖は幾分か薄れていた。今はただ己の誇りと散っていった部下達の無念を想うのみ。

「ではノトス殿いざ尋常に」

「応!」

 私はこれでもこの部隊の中でバーモンド様に次ぐ実力を有している。魔力を剣に込めて戦う魔法剣の使い手だ。だが恐らく、この男にそんなものは一切通用しないであろう。

 私は己の魔力を最大限まで使用した雷撃魔法を剣に纏わせた!そして正面から男に打ち込む!

 思った通り男は受けて立つ気だ!私の剣と男の槍の穂先がぶつかる!その衝撃の大きさは想像を絶した!

「ぐあぁっ!」

途端に私の両腕は使い物にならなくなってしまった!だがこの剣を離す訳にはいかぬ!気力だけで私は剣を持ち続けた!

「むっ!」

男の表情が変わった!私の魔力の殆どが男の闘気に消し飛ばされてしまったが、僅かに残った雷撃が男に衝撃を与えたのだ!

 しかし私に出来たのはここまでであった。

 世界がスローモーションになる、これが走馬灯なのだろう。

 この男は何者なのであろうか?仲間の血で染め上げられた甲冑は深緑色をしているようだ。深緑色の甲冑を着た偉丈夫の槍使い……

 そう言えば先にこの男は名乗りを上げていた……確かロキと……

「……!」

男の二撃目で私は遂に剣を落としてしまう。しかしまだ私は生きていた。

(……まさか!有り得ぬ!あの男は十五年以上も前に死んだはず!)

 ここで私の思考は永遠に停止した。三撃目が私の胸甲を貫いたのだ。

 私は崩れ落ちるように倒れ込む。最期に瞳に映ったのは、背を向けて逃げゆく側近ら……僅かに生き残った部下達であった。



 二人の魔法使いの戦いは、いよいよクライマックスへ突入していた。両者共に全ての魔力を攻撃魔法に変換して放ち続けている。リィナを捕縛していた氷は火球の熱により既に無い。そしてお互いバリアを一切張っていないため、一撃でも被弾すれば致命傷になりかねなかった。

 一進一退の互角の撃ち合い。しかし、どちらかといえばこの状況に持って行くまでに、より大きく魔力を消耗していたリィナの方がやや旗色が悪く見えた。

(う~ん……このままじゃジリ貧ね。何か切っ掛けさえあれば……)

リィナは精神を集中させて研ぎ澄す、どんな些細な変化でも感じ取るために。

 グオォウ!

折しも、離れた所から狼の咆哮が聞こえた!バーモンドの目が一瞬その方向に向けられる!

「フウ!なんて事だ!」

バーモンドが叫んだ!その魔力の揺らぎをリィナが見逃すはずが無い!

「残念ね、ワンミスが命取りよ!」

 ここに来て更なる奥の手!リィナの魔力が密度を増した!魔法の規模は変えずに相手の魔力に相殺され難くしたのだ!何というリィナの魔力コントロールか!

「しまった!ぐっ!おおぉぉぉお!」

バーモンドは燃え盛る火球の海に沈む!そして大爆発!この瞬間、不動の魔法合戦マジカルデスマッチの勝者はリィナに決まったのだ!



「いやはや……やはりリィナさんの魔法は派手ですね、凄いものです」

リィナの決着が付き数十秒、戻って来て早々ロキは宝物殿の荒れ果てた惨状を目にして感想を述べる。そういうロキ自身も全身に返り血を浴びて凄惨たる姿であったが。

「あら~ロキ君も終わったの?……ってめっちゃ血だらけだけど大丈夫?ちょっと今は治癒魔法使う魔力が残ってないのよね~」

流石のリィナも魔力を使い過ぎたせいで疲れを隠せずに膝を付いていた所だが、現れた血塗ちまみれのロキにギョッとする。

「これはご心配をお掛けしました。全て敵の血なので問題ありません。命じられた通りに外の包囲は崩してきました、数人程取り逃しましたが……」

ロキは疲れなど全く見せずに、いつも通りにこやかに答える。

「え~と……一人で百人以上やったの?無傷で?すごいわね」

リィナは素直にロキの偉業に感心した。

「ふん……まあ及第点だ」

ここでダズトも二人に合流する。ダズトは外傷よりも戦技を発動し過ぎた事による生命力の損失が大きいのだが、二人には分かるはずもない。

「あれは……神狼!?ダズトさんが斃したのですか?」

ロキがダズトが歩いて来た方を見て驚きの声を上げた。ロキから見ても神狼をを相手にするのは、なかなか骨が折れるだろうと想像を禁じ得なかったのだ。

「この程度の犬っころ……驚く程の事かよ」

ダズトはつまらなさそうに吐き捨てた。これが何ともダズトらしい言い草だったので、ロキとリィナは思わず微笑する。


「こ……これ程とはな……」

リィナが作り出した瓦礫がれきの山からバーモンドの声がした。

 まさか生きているとは思わなかった三人は、用心しながら急いでバーモンドを捜す。そしてすぐに爆心地で仰向けに倒れている瀕死のバーモンドを発見した。

 恐らく被弾の最中にバリアを張ったのであろう。消し炭になるのは避けられたが、全身に重度の火傷を負っておりもはや助かる見込みは無かった。万全のリィナが全魔力で治癒魔法を使えば治せたかもしれないが、今のリィナにそんな魔力は残っている筈もない。もちろんそんな事をする義理もリィナには無いのだが。

「おい、『神の欠片』はどこへやった?言え」

ダズトは情け容赦無く瀕死のバーモンドに詰問する。

「……ぐ、言うと……思うか?」

既に目も見えていないのであろう、バーモンドは焦点の定まらぬ表情で答えた。

「まあ、思わないわね」

下手にバリアを張ってしまったばかりに即死できず苦しみ、果ては尋問までされるバーモンドに、リィナは少しばかり気の毒に感じていた。

「……例え……探し、出しても……無駄……だ。……あの欠片は……ホワイト・ダガー、最強の……戦士……サリバン殿が……まもって……いるのだ」

「サリバン!だと!?」

息も絶え絶えにバーモンドは言葉を紡ぐ。そしてその一つの単語にロキが激しく反応した。初めて見せるロキの怒気にダズトとリィナも少し驚く。

「……しか、し……私も……情けない、事だな……ぐぅっ!」

バーモンドの顔が苦痛に歪む。それは肉体的には勿論の事、精神的な苦しさもあったであろう。

「……もういい、判った」

ダズトは逆手で剣を抜くと一思いにバーモンドの心臓に突き立てる。この行為にリィナもロキも驚きはしなかった。

 もう何の言葉も無く静かにバーモンドは息を引き取っていく。

 リィナは思った。

(何もしなくても後数分で死んじゃうバーモンドにとどめを刺したのは、これ以上苦しまないようにするダズトなりの配慮なのかしら……あ、でもやっぱり違うかもしれない……う~ん、判断が付かないわね!)

リィナからの妙な視線をダズトは敢えて無視を決め込んだ。

「結局とんだ無駄足を踏んだな」

剣を鞘に収めたダズトがかぶりを振る。

「そうね、とにかく今は早くここを離れましょ。上への報告や善後策も講じなきゃいけないしね」

リィナの言葉にロキもうなずいた。

 結局、今回ダズト達ダーク・ギルドは「神の欠片」を手に入れる事は出来なかった。対するホワイト・ダガーは欠片は回収出来たが、多大な犠牲を払う結果となる。果たしてどちらが勝者と言えるのであろうか。


 三人は再び闇夜にまぎれた。彼らが後に残されたのはおびただしいしかばねの山、殺戮さつりく爪痕つめあと、血と瓦礫の海そして絶望感。

 月夜に起こった小さな村での悲劇に続き、闇夜の悪夢の終焉は実にむごたらしい結末をもたらした。

 この暴虐を止めれる者は居るのだろうか?彼ら悪鬼羅刹の如き輩を止める事が出来るのは、それこそ修羅の様な者ではないのだろうか?一つ確かなのは、依然悪夢はまだ続いていくという事だけであった。

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そして闇の栄光へ 瀬古剣一郎 @Sword1man-seko

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