第一章

邂逅

 ブリッツは比較的大きな町であった。特に町の中心部は立派な商店街や繁華街が広がっており、かなりの賑わいが見て取れる。

「この服すごいオシャレ~♪こっちも!カワイイ~♪ね☆ダズト、どっちが似合うと思う?」

「知るか」

「あ~!このコスメ欲しかったんだ♪ちょうどいいわ、買ってこ☆」

「後にしろ」

リィナの言動にダズトは苛立いらだちを隠さずに商店街を闊歩かっぽしていく。

 そんなダズトになど気にもとめずリィナは久しぶりに来た町にはしゃぎまくっており、ダズトのわずらわしい思いは募っていくばかりであった。

「これだからコイツと町に来るのは嫌なんだよ」

ダズトは苦々しい顔をして唾を道に吐き捨てる。

「ダズト~あっちのお店も寄ってきましょうよ☆」

「リィナ、てめぇ少し黙れ」

「え~なんで怒ってるの?」

もはやダズトは何も言い返さず無言で足早に歩き続ける事にした。そしてなんとか、苛立ちが暴発する前に二人は目的地へと到着する事が出来たのだった。

「この宿だな」

そこは町で一番大きな宿屋であった。くだんの新人とはこの宿のラウンジで合流する手筈てはずとなっている。

 ちょうど入ろうとした時、暖簾のれんの中から二人の女性客が出て来てすれ違った。

「ねえ、さっきラウンジに居た人、格好良くなかった?」

「格好良かったね!声かければ良かったなー」

そんな会話を横目にリィナはダズトの肩に手を乗せる。

「大丈夫よ♪どんなにイケメンでもあなたより強くない限りは私はダズト一筋だから☆」

「死ね」

もはやダズトはまともに会話する気すら起きなくなっていた。


 ラウンジに入るとまばらに十数人がくつろいでいた。

「どの人かしら?」

リィナはなんとなく若い男イケメンを想像して探してみるが、いまいちピンとこない。

 ダズトは一通り見回すと独り背を向けて座っている男に近づいていった。男はどうやら何かの本を読んでいるらしい、かたわらには大型の槍らしき物が袋に入れられて立て掛けられている。

「てめぇだな新入りってのは」

「……なる程、あなたですか」

男はそう応えると、読んでいた本を静かに閉じておもむろに立ち上がる。そして振り向きざまに深々と頭を下げた。

「ふふ、どうもはじめまして」

丁寧な挨拶をし終えて男が頭を上げると、ダズトは怪訝けげんな表情を浮かべる。

「ああ?新入りっていうからガキかと思ったら、おっさんじゃねぇか」

男は割合に若くは見えたがおそらく四十は過ぎているであろう、茶色を帯びた髪色をした優男であるが。その体躯は大きくがっしりしているのが分かる。一般的に背が高めのダズトよりもこぶし一つ分ほど高かった。

「ちょっとダズト、初対面の人に失礼よ」

リィナが慌てて発言をいさめる。とはいえリィナもこれには少し驚きを隠せなかった。

「あなたがダズトさんで……こちらの美しい方がリィナさんですね」

にこやかに男が二人を眺める。

「キャッ♪美しいですって☆」

「お世辞だろ」

リィナの言葉にボソリとダズトがつぶやいた。

「ん~?何か言ったかしらダズト~?」

「別に何も」

リィナは聞こえなかった振りをしてジト目でダズトを睨みつけ、ダズトもさも関係ないていでリィナから目を逸らす。

 そんな二人のやり取りを見て男はクククと笑みを漏らした。

「話に聞いていた通り、面白い方達だ……私の名はロキ。歳は上ですが組織では新参者です。どうぞよろしくお願い致します」

ロキと名乗った男は改めて二人に向き直り、再び丁寧にお辞儀をした。

「アハ☆よろしくねロキ君♪」

「ふん、役に立たねぇようなら即クビにするからな」

「肝に命じておきます」

ロキはとても紳士的で感じの良い男であった。普段は他人に迎合しないダズトですら悪い印象を抱いていない。しかしその鍛えられた肉体は旅装の上からでも見て取れる、やはりただ者では無いのであろう。

「ところでお二人は昼食はお済みですか?これからの事をお話するついでに、親交も兼ねてお食事でも如何いかがでしょう?」

思えばもう時刻は正午をとうに過ぎていた。ロキの提案にダズトとリィナは顔を見合わせる。

「いいわね~!是非いきましょう。私おいしいランチのお店知ってるの♪」

「別にオレもかまわねぇぜ」

ちょうど小腹が空きはじめていた事もあり、二人は二つ返事で同意した。


 リィナがオススメする町でも指折りの人気を誇る飲食店に来た一行は、店の一番奥にあった丸い三人掛けのテーブル席に座った。

「私は季節のパスタとオレンジジュース、ダズトは?」

「ビールと生ハム」

「もう、お野菜もちゃんと取らなきゃだめよ。ロキ君は?」

「私はドリアと紅茶を頂きましょう。店員を呼びますね」

 そうして食事も終わった頃、紅茶を飲みながらロキはゆっくりと話を切り出した。

「さて、これからですが……お二人はダカツ寺院という場所をご存知でしょうか?」

「知らねぇ」

ダズトはビールを飲みながら即答する。

「私知ってるわ、ここ西大陸の東端にあるお寺よね。確かすごく歴史があるのよ」

「そうです。そのダカツ寺院の宝物殿に例の『神の欠片』が所蔵されているとの情報がもたらされました」

ロキはうなずきながら話を続ける。「神の欠片」と聞いてダズトも眉を上げて興味を示した。

「よって我々はこの『神の欠片』を回収しに行く事になります」

「教会の次は寺だと?辛気くせぇとこばかりだな」

ダズトはさも面白くなさそうに、背もたれに寄り掛かりながら頭の後ろで両手を組んだ。

「あら、おもむきがあっていいじゃない。私はパワースポット巡り好きよ」

「けっ、ババくさい趣味してやがる。ピクニックへ行くわけじゃねぇんだぞ」

ダズトの皮肉にはリィナも受け流して対応する。

「でも結構距離があるわね~、前の任務と違って平野部を行けるからマシかしら?どちらにしろしっかり準備しないとね」

オレンジジュースを飲んでいたリィナのストローが、ズズズと音を立てて無くなった事を教えてくれた。

「では、行きましょうか」

ロキも良いタイミングで紅茶を飲み終わり、空になったティーカップを皿に置く。これを合図にしたかのように三人は立ち上がった。

「ここのお支払いは私が……」

ロキの申し出をダズトがさえぎる。

「かまわねぇ、組織に付けさせるさ」

「そうよ~、ロキ君は後輩なんだから。ここは先輩に任せておきなさい☆」

ダズトとリィナの発言にロキは思わず失笑を漏らした。

「……では、ここは先輩方におまかせ致しましょう」

こうして店を出た三人はその後、必要な装備を調えブリッツの町を後にしていった。

 旅立つのには良い日であった。空は蒼く晴れ渡っており、日もまだ高く爽やかな風が通り過ぎていく。

 ロキを加えチームとなった三人の初任務はこの様な幸先の良いものになった。が、これは決して喜ばしい事ではないだろう。なぜなら三人の行く道は常に血に塗られており、彼らが通った後には数多あまたしかばねが転がるであろうからだ。

 後になってみれば、世界の為にも誰かが何としても、この旅立ちを阻止せねばならなかったのである。


 町を出てから十五日が経過しようとしていた。

 ブリッツの町は大陸の中心より西に位置しており、東端のダカツ寺院とはかなり距離があるものの、ほとんど平坦な上に大きな街道沿いに東進すればよかったのでそれ程苦労する事は無かった。

 何より整備された街道は馬に乗って移動する事が出来たため、距離を大きく稼ぐことが可能であった。ただし通過する国によっては有料だったり一般人の乗馬を禁止している所も少なくない。

 魔法が発達したこの世界では旅に馬が必須という訳でも無かったため、旅人もそこまで困らなかったという事情もあった。


「う~……お尻痛い」

リィナはあまり馬に乗り慣れてないようで、痛めた臀部でんぶに治癒魔法を施していた。

「ふん、情けねぇ事だな」

ダズトの見下す態度にリィナも負けじと言い返す。

「二人とも乗馬が得意だからって先に行っちゃうんだから!追いつくの大変だったのよ!」

「まあまあ、リィナさん。ここの関所から二つ先の関所までは一般人の乗馬は禁止されてますので、しばらくは徒歩になりますよ」

ロキはリィナをなだめつつ、旅の荷物を運搬用に購入した驢馬ロバに載せ替えていた。

「それはそれで疲れそうだから嫌」

リィナは珍しくご機嫌斜めで腕を組んでむくれる。

 一行はすでに行程の半分以上を踏破しており旅はおおむね順調であった。途中ダズトが街道警備の兵士と揉めるトラブルもあったが、リィナの愛想とロキの機転で何とか大事にはならずにすんでいた。

 ちなみにダーク・ギルドが用意した偽の身分証で、関所の通過などは全く問題はない。


「徒歩になったばかりで体もまだ慣れていませんし、少し早いですが明日からに備えて、今日はここで夜営の準備をしましょう」

関所を抜けてしばらくの後、ロキが休息を提案をしてきた。日暮れまでまだ一時間程あったが、おそらくリィナへの気遣いであろう。

「は~い!賛成☆」

「チッ!仕方ねぇ」

リィナは即座に両手を上げて同意する。ダズトも舌打ちしながらもロキの提案を承服した。

 こうして三人は街道からやや離れた場所に移動して夜営の準備を始める。ロキは荷を降ろすため、驢馬を近くの木に留めた。その時である。

「……む?」

ロキは空気に違和感を感じた、ほぼ同時にダズトとリィナも反応する。

かすかだが魔力が震えてやがるな」

「これは……時空震!?転移魔法ね!誰かが近くに転移してくるわ、気をつけなさい!」

リィナの警告に一行は即座に臨戦態勢に移行する。ダズトは剣のつかに右手を掛けて、リィナは両手に魔力を集中した。ロキも槍を袋から出してお互いに死角を無くすよう、背中合わせになる陣形を取る。

 時を置かず、突如としてダズトの前方に光の柱が舞い降りてきて、中から一人の青年が現れた。

 年齢はリィナと同じくらいであろうか、サラサラのプラチナブロンドの髪をしたどこかうれいのあるはかなげな容姿をした美しい青年であった。

「どっかの王子様が迷い込んだ……訳でもなさそうね」

リィナは警戒を解くことなく青年を観察する。

 青年は緊張した表情で辺りをうかがうと、たちまちダズト達の存在に気が付いてなにやら慌てはじめた。かなり挙動不審である。

「誰だテメェ!」

ダズトは青年と目が合うと怒鳴り声をあげて誰何すいかした。

「あっその……僕は世界治安維持機構、特殊部隊ホワイト・ダガー所属のA級戦闘員、ヤマダと申します」

「ホワイト・ダガーだと!?」

ダズトは先日戦ったコムクルの最期の言葉を思い出した。

「こいつが!」

剣を握りしめダズトはいつでも抜刀できるように身をかがめる。

 続けてヤマダと名乗った青年は慌てながら、何やら紙を手に持ち広げて読み上げ始めた。

「え~あなた方が先日、村を爆破・全滅させて奪っていった『神の欠片』を回収させて頂きます。同時にあなた方も逮捕、拘束させて頂きますがよろしいですか?」

「いいわけないじゃない」

ほとんど棒読みの台詞せりふに対してリィナは不服そうに返答をした。

「で、ですよね~。……そうなると武力行使もやむを得ないのですが……」

オドオドとした態度にムカついていたダズトの堪忍袋の緒が、ここでついにぶち切れる。

「ごちゃごちゃうるせぇ!邪魔するなら殺す!」

「……うう、やっぱりこうなるんだ」

青年は泣きそうな顔になりながら読み上げた紙をくしゃくしゃに丸めた。


「また時空震!後ろよ!」

リィナの叫びと共に今度は一行の後方に光の柱が立った。そして中からまたもう一人青年が出てくる。

「ごめんヤマダ君!中央線が少し遅れてて、遅刻してないかな」

「遅いよスズキ君!でも良かった間に合って、一人かと思っちゃったよ」

目尻に涙を浮かべながらヤマダ君はいくばくかホッとしたようであった。

「もう一人いやがったか!かまわねぇまとめて地獄に送ってやる!」

ダズトはいきり立つとヤマダ君の喉元を目掛けて一足飛びで凄まじい斬撃を打ち込んだ!金属同士が激しくぶつかる音が響く!

「うわっと」

刹那、ヤマダ君は咄嗟とっさにロングソードを鞘から半分だけ引き抜いてダズトの強烈な斬撃を防いでいた。

「……こいつ!」

渾身の一撃を防がれたダズトは予想外の事に逆に冷静さを取り戻す。

(ダズトさんのあの攻撃に反応するとは……A級戦闘員と言うのは伊達ではないという事ですか)

ロキもまたヤマダ君の性格と相反する技量に感嘆を禁じ得なかった。

「ヤマダ君、援護するよ!」

スズキ君が短弓を手に取り矢をつがえると、そうはさせまいとリィナとロキも合わせて構えを取った。

「ふん……面白い。こいつはオレがやるから、テメェらはそっちを抑えとけ」

「いつになくやる気ね、いいわよ♪」

「承知しました」

お互い対する相手が決まるとリィナとロキは新しく現れた青年に向き直った。

 スズキと呼ばれた青年は背丈はリィナと同じくらいで余り高くはない。栗色の外に跳ねた髪型がまだ少年っぽい印象を与えた。見るからにすばしっこそうな出で立ちはまるで猫を連想させる。

「ええっ、僕の方が二人相手なんですか?」

スズキ君は驚きを口にしたが、ヤマダ君と比べるとオドオドした態度は感じられない。

「元々が三対二なのよ?諦めなさい」

リィナはまず右手で直径一メートル程の火球を作り出すとスズキ君に照準を合わせた。

「それは、そうなんですが」

言うが早いか、スズキ君はつがえた矢を驚異的な速さでリィナに向けて射かける!

「きゃっ!」

速射のため定まらなかったのか、それともわざと外したのか、矢はリィナの髪をかすめただけであった。そして驚いたリィナの放った火球はスズキ君から大きく外れた場所に着弾して地面に大穴を開ける。驚くべき事に、リィナの髪をかすめた矢はそのままダズトの後頭部に向かっていった!

 だが矢がダズトに当たる事はなかった。ロキのたくましい腕が伸び矢を空中で握り締めている。

「飛んでる矢を掴むなんて!そんな事できるんですか!?」

今度はスズキ君が驚愕していた。

「ロキ君すご~い☆」

「ありがとうございます。リィナさんの魔法の威力も大したものですね」

 この一瞬の攻防でお互い侮れぬ相手であると認識すると、スズキ君はひどく困った顔をした。

「やっぱり二対一はキツイよ、正攻法じゃだめだな。……ヤマダ君ごめん!援護できそうにないや!むしろそっちを何とかして加勢して!なるはやで!」

スズキ君は大声でヤマダ君に呼びかけると、頭にフードを被る。そして腰のポーチから丸い物を手に取って地面に投げつけた。勢いよく煙が立ち上りスズキ君の姿が見えなくなる。

「ただの煙幕じゃないわね、魔力探知も出来ないわ」

敵の姿が消えてリィナとロキは全方位の警戒を厳にした。


「言ってくれる。テメェまさかオレに勝てるつもりかよ?」

ダズトはスズキ君がヤマダ君に発した声に苛立ちを募らせていた。「何とかして加勢して」という台詞は、ヤマダ君がダズトに勝つという意味に他ならぬからだ。

「僕も仕事なんで、善処はしないと」

ヤマダ君はダズトの言葉に否定も肯定もせずに、手に持ったロングソードを鞘から完全に抜き放った。

 ヤマダ君の武器はロングソードではあったが、ダズトの知っている物とは形状が違っていた。片刃で反りがあり剣身には美しい刃紋が浮いている。そう、これはカタナと呼ばれる剣であった。

「おら!」

ダズトのレイピアが唸る!斬撃!突き!斬撃!突き!斬撃!突き!突き!

「わっわっわわっ!」

その全てをヤマダ君は剣一本で防いでいた!二人の間に火花が激しく散る!

 そもそもダズトの剣の方が細く軽いため、手数は圧倒的にダズトが上回っていた!だが絶え間ない攻撃もいつかは息をつく瞬間が出てくる。その瞬間をヤマダ君は見逃さない!

「えいやっ!」

軽いかけ声とは裏腹に、ヤマダ君の一振りは恐るべき鋭さを持ってダズトを襲った!

 ダズトの剣はかなり細いため、ヤマダ君のように剣で相手の攻撃を受ける事は出来ない。そのためダズトは左腕に小盾を装備している。このダズトの盾、バックラーは曲面に加工してあり攻撃を受け流す事が容易になっていた。

「ちいっ!」

 一際大きな火花が散りダズトは盾でヤマダ君の太刀を受け止める!が、その斬撃の重さに耐えるため右手も添えねばならず反撃に転じる事が出来ない!

「ぬうぅ!」

ダズトは盾の曲面を利用してヤマダ君の刃を滑らせた!勢いのままお互いの体が交差して行き違う!

 二人の間に距離が開いた。この僅かな合間でお互い息を整える。

「うわぁ、この人めちゃくちゃ強いや」

ヤマダ君が再びカタナを正眼に構える。余裕が有るわけではないが先刻までの彼と違い、どこか戦いを楽しんでいる風にも見えた。

「今更命乞いは聞かねぇぞ」

ダズトは剣が全く届かない間合いにも拘わらず、地ちわすように剣を振り上げる!瞬間!赤黒い炎が大地を走りヤマダ君を覆い尽くした!

「あっつ!熱ぅい!」

ヤマダ君の悲鳴が木霊こだまする!だが炎は突如として水蒸気となりかき消えた!

「なんだと?」

困惑するダズトは見た、まるで生きているかのように動いている水のかたまりがヤマダ君の足元を埋め尽くしているのを!

「チッ!水魔法か!」

 水魔法は攻撃型魔法と違い、主に治水などの土木工事や火事の際の消火などといった日常生活に使われる事が多い。しかし溶ければ即魔力が分散してしまう氷雪系魔法と違い、炎に対しては効率良く熱を奪って消す事が可能だった。

「舐めるなよ!」

「あちち……火は消せるけど、湯気だけでも十分熱いんだよなぁ」

ダズトは連続して劫火を放つがことごとく水塊に迎撃されて水蒸気へと変わっていった!辺りの気温と湿度が一気に上昇する!

「クソが!」

ダズトはついに炎を出すのを止めて剣を構え直した。流石に相性の悪さはどうにもならない。

 ダズトのわざは決して無制限に発動出来るものでは無い。魔法に魔力が必要なように、ダズトの力は発動にその生命力、つまりいのちを消耗しているのだ。そのため効果が低いのに乱発するのは好ましくなかった。

「僕も魔法がさほど得意ではないので、剣の方が助かります」

「そうかよ」

「……なら剣で殺してやる」と続きの台詞を述べる時間も惜しみ、ダズトは再び稲妻の如くヤマダ君に切り掛かって行った。


 リィナとロキは煙幕の向こう側に居るはずのスズキ君の出方を見ていた。

「上です!」

「了解よ☆」

煙幕を越えて遥か上空から十本程の矢が降ってくるが、それらは全てリィナのバリアで弾かれていった。

「お見事です」

ロキの賛辞が言い終わった時、正面の煙幕の中から今度は二十本近くの矢が飛び出してきた。

「何度やっても同じよ」

殆どの矢が同様に弾かれていく中、硝子ガラスが割れるような音と共に一本の矢がバリアを貫きリィナの眉間に突き刺さらんと迫る!

「……あっぶな~油断してたわ。ロキ君ありがと☆」

「どう致しまして」

すんでの所でまたロキの曲芸が披露されリィナは窮地を脱した。

「嘘っ?今のは当たると思ったのに!本当にまぐれじゃないんだ、凄いな~!」

煙幕の奥からスズキ君もロキに惜しみない賛辞を贈る。

「お褒め頂いた御礼に、これはお返ししましょう」

ロキは掴み止めた矢を声がした方向にまるでダーツのように投げ返す。

「ひぇっ!」

地面に刺さるドスッという音と、短い悲鳴が響く。

「あれ多分、破魔矢っていう魔道具ね。数は多くないと思うけど、気をつけないと」

「では返したらまずかったですね、申し訳ありません」

「別にいいわよ一本くらい。……ところで、ロキ君は攻めと受けどっちが好きかしら?」

「ぶっ!」

煙幕の中でスズキ君が吹き出す。

「?……まあ守ってばかりでは勝てませんから、攻める方が好きですかね」

ロキはリィナの質問の意図がよく分からず無難な答えを返した。

「うんうん、やっぱそうよね。じゃ☆私達も攻めに転じましょうか」

リィナは左手の魔力を雷雲に変え始める。

「効かないよ。この魔道具、紫封煙は魔力を分散する効果があるんだ……えっ?」

煙の中でスズキ君はそう一人ごちた。だが、リィナの雷雲はスズキ君の予想を遥かに超えた大きな物になっていく。

「さ、子猫ちゃん出ていらっしゃい♪」

リィナの作り出した雷雲から極太の雷の帯が無数に発生して、スズキ君の潜む煙幕に吸い込まれていった。

「マジっすか!?」

確かに煙で魔力は分散されてスズキ君に届く迄には四分の一以下の威力にまで落ちていたが、それでも直撃すれば大きなダメージを負うであろうサイズの雷が雨あられのように降り注いでくる!

「ひいぃぃ!」

落ちてくる雷の間隙を必死に駆け抜けながらスズキ君は考える。

(このまま煙幕から出たら相手の思う壺だし、かといってこのまま魔女さんの魔力が尽きるまで待つのも……煙幕の数も限りがあるしなぁ)

「えーい!ままよっ!」

思い決めるとスズキ君はリィナに向かって残りの破魔矢三本を含めた、合計七本の矢を射た!七本の矢は確実にリィナを捉えている!しかし煙から飛び出した矢が迫ってもリィナがバリアを張る気配はない!その時!横からロキがリィナの前に跳躍した!跳んだまま力を込め槍を一閃!ただひとなぎぎで全ての矢は棒きれと化す!

 ここで煙幕から人影が抜きん出た!間違いないスズキ君である!その位置をだいたい予測していたリィナの右手から、先程より一回り大きい火球が射出された!着弾!爆発!憐れスズキ君は影を残して消し炭となり果てた!

「やりましたか?」

着地したロキは立ち上がって爆発で出来たクレーターを見つめる。

「どうかしら?今フラグも立ったし。手応えも微妙ね」

「ふらぐ?……ではまだ?」

「今燃やしたのは、多分そういう魔道具な気がするわ」

 リィナの予想は的中している。燃えたのは変わり身の魔道具であり、スズキ君は未だ煙幕内に健在であった。

(……どうしようバレてる)

息を殺しつつ二人の隙を窺っていたスズキ君は次の策を思案する。

「でも、もう終わりよ」

「あっ!しまった!」

スズキ君はいつしか地面から冷気が伝わってきてる事に気付く!煙というのは徐々に上に昇っていくため、下の方は煙幕の濃度がかなり薄くなっていたのだった!

 スズキ君を凍結させようと魔法の氷が足下から襲い掛かってくる!スズキ君は上空に跳ねてこれを回避!

「危なかっ……うわぁ!」

宙に躍り出たスズキ君の眼前にはロキの投擲とうてきした槍が迫っていた!もはや空中では回避は出来ない!しかしスズキ君はまるで猫のように滞空中に姿勢を変えて何とか直撃をかわす!だが完全に避けきる事はできずに被っていたフードに槍が深々と突き刺さった!そのまま後方の木に打ち付けられてスズキ君は身動きがとれなくなってしまう!

「ほう、本気でなげたのですが……あれを躱すとは」

「また感心してる、本当にロキ君は人を褒めるのが上手よね♪」

ロキとリィナが他愛のない会話をしながら近づいてくるが、そこには一分いちぶの隙も感じられない。

「あわ、あわわわわ……!」

まさに「まな板の上の鯉」である、もはやスズキ君に為すすべはなかった。


 はたして一体何合くらい打ち合ったのだろうか、ダズトとヤマダ君の激しい剣戟はいつ終わるやもしれぬ程に互角であった。お互いに一歩も引くことなく白刃の応酬が繰り返されている。それでも終わりの刻は確実に迫っていた。

 二人の技量が伯仲している中で唯一大きな差があるものがあった。

 ダズトは全てを実戦で学んでおり、常に死と隣合わせの状況でつちかってきた技であった。ましてや修業や稽古など生まれてこのかた一度もした事はないであろう。

 もちろんヤマダ君も実戦経験はゼロではない。しかし入隊してまだ二年目のヤマダ君には命のやり取りをする経験……言い換えれば「覚悟」が足りなかったのである。

 逆に言えばたった二年で特殊部隊のA級戦闘員になったヤマダ君は天才であった。さらに付け加えると彼は性格的に修業や稽古も至って不真面目でもある。

「うっ!くっ!わあっ!」

ダズトの苛烈な攻撃にヤマダ君の苦悩する声が続く!刻が経つにつれてヤマダ君がより防戦に徹する事が多くなってきていた!しかしそれは必ずしも不利という訳ではない!ヤマダ君は体力を温存しつつ必殺の一撃を虎視眈々と狙っていたのだ!

「ここだ!」

乾坤一擲!呼吸の合間!その一瞬の隙を付いてヤマダ君の剣がひらめく!

「甘ぇぜ!」

ダズトはわざと隙を見せて反撃を誘っていた!カウンターで剣と剣が交錯する!一際ひときわ鈍い金属音がした!ヤマダ君の剛剣を片手で受けた衝撃でダズトの左腕は激しく痺れる!そしてダズトの剣はヤマダ君の肩口を切り裂いていた!

「痛っ!」

しかし思いのほか傷は浅く戦闘にさして支障をきたすものではなかった!ところがヤマダ君は覚悟の足りなさゆえなのかここでひるんでしまったのだ!

「ここまでだ!死ね!」

この致命的な隙を見逃すはずも無く、ダズトの剣がひるがえりヤマダ君の首筋に斬撃が打ち込まれる!

 ピピピピピピピピピピ……

「何の音だ!?」

全く聞き慣れぬ電子音がヤマダ君からにわかに鳴り出す!ダズトは警戒する余り剣を振り抜く前に後方に飛び退すさった!

「あ、定時だ」

ハッとした顔でヤマダ君は懐中時計を出して時刻を確認しだす。並行してこれと同じ事がスズキ君の方でもって起こっていた。

「定時だと?」

不意を突かれたダズトはヤマダ君の言葉の意味を理解するのに数秒の刻を要した。

「すみませんが今日の業務はここまでです。どうもお疲れ様でした」

「ああ!?何ふざけた事言ってやがる!」

剣を鞘に収めて身なりを整えながらヤマダ君はダズトに語りかけるも、余りにも突然の展開にダズトは若干の戸惑いを隠しきれない。

「スズキくーん!今日帰り飲みに行かない?」

「いいね!駅前のタゴサクでどうかな!」

ヤマダ君はすでにダズトではなく、離れた所で木に打ち付けられているスズキ君と手を振りながらアフターファイブについて会話していた。

 リィナとロキも先の電子音を警戒しての事であろう、かなりスズキ君との距離を開けているのが分かる。

「オッケー!」

 スズキ君のお店選びにヤマダ君は笑顔を浮かべて指でOKサインを作った。

 それからヤマダ君とスズキ君はビー玉によく似た何かを取り出すと、親指で空に向けて弾く。するとビー玉が光の柱になって二人を包み込んだ。

「あ、これ転移用の魔道具だわ」

リィナが気付くも、時すでに遅し。

「逃がすか!」

ダズトが咄嗟に駆け寄って光の柱を斬り付けるも虚しくすり抜けてしまう。

「いてて……これ労災になるかなぁ」

ヤマダ君が肩の傷を案じる吐息を最後に、光の柱はゆっくり細い線となってじきに消滅していった。


「……何なんだ、あいつら」

ダズトは光柱が消えた場所に剣を突き立て、極めてまっさらな混じり気のない無の表情になっていた。もっと怒髪が天を突く勢いかと思いきや、ダズトの心はもうとっくに怒りを果てしなく通り過ぎていたのである。

 ここでリィナとロキが合流して来るも、二人ともどこか釈然としない表情であった。

「想像と全然違ったわ、やる気無さすぎじゃない?あれ本当に噂のホワイト・ダガーなのかしら?」

リィナは唖然とした顔で、ならず者から恐れられているホワイト・ダガーのイメージが崩れ去るのを感じていた。

「実力は本物だと思いましたが……公務員とはいえ、こうもお役所仕事ではいけませんね」

「いや、そこじゃねぇだろ」

どこかズレたロキの意見にダズトががらにもなくツッコミを入れる。

 だが確かにヤマダ君はダズトと互角に立ち廻り、スズキ君もリィナとロキの二人掛かりでなければもっと苦戦していたであろう。

「……あらダズト、腕怪我してるの?ほら貸してみなさい」

リィナはダズトが左腕を押さえてるのに気付いて治癒魔法を唱える。

 ダズトはヤマダ君の最後の一撃を受けた衝撃で、盾越しにも拘わらず酷い打撲を負っていたのだった。やはり彼等の実力は侮れぬものがあろう。

「チッ!余計なことを」

「素直じゃないわね~」

いつもの二人のやり取りを見て、ロキもいつも通りのにこやかな表情に戻っていた。

「……もういい。くだらねぇ、とっとと飯食って寝るぞ」

完全に気分が萎えたダズトはリィナ達に背を向けて歩き出した。

「私もそうするわ~。かなり魔力使って疲れちゃった」

リィナも「ん~」と、背伸びをしてから眠そうにダズトの後を歩き出す。

「ではすぐに夕食の支度したくを致しましょう」

 既に日は落ちかけていた、美しい夕日が三人に長い影を作る。ロキは夜営の準備の続きをするべく、荷物を載せた驢馬へと向かって行った。

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