First nightmare

「やっと着いた~!この村ね!」

リィナは明らかに疲れの見える様子で溜め息を吐き出す。すでに指令を受けてからすでに十日以上が経過していた。ここは辺境も辺境、西大陸北部の森林地帯に位地する名も無い小さな村。

「……こんなクソ田舎に本当にあるのか?」

「そのはずよ」

ダズトとリィナが受けた指令は迅速を求められるものであったため、二人は出来るだけ急いで訪れだのだが、予想以上に僻地だったために思いのほか到着に時間が掛かってしまっていた。

「もう一度確認しておくわよ」

リィナは指令書を取り出して目を配らせる。

「目標はこの村の教会で聖職者をやっているコムクルという男……その男が持っている『例のモノ』を奪取する事が最優先事項よ。目標の生死は問わないし、やり方も私達に一任されてるわ。コムクルは……世界治安維持機構の元職員だったみたい、これはそれなりの抵抗が予想されるわね」

リィナは指令書を読みながら、時折ダズトの様子をうかがうように目線をあげる。

「ふん、どんな奴だろうと関係ねぇな。邪魔なら始末するだけだ」

「コムクル以外の妨害も予想される所だけど……今回、私達は他の敵対勢力よりもかなり早く情報を掴んでるらしいから可能性は低いと思うわ……とはいえなるべく急いだ方がいいわよね」

ダズトは腕を組んで少し思案していた。

「どうするのダズト?」

「……あと二時間程で日が落ちるな、そこで仕掛ける」

ダズトの言葉にリィナも頷いた。

「ま、そうなるわよね。こんな小さな村、よそ者なんて目立つだけだし」

状況を見ると仕掛けるなら早い方がいいと考えるのは当然であった。時間をかければそれだけ余裕も無くなり、人目にも付くからである。正直リィナとしてもこんな任務とっとと終わらせて早く戻りたいと思っていた。

(ここ二日はお風呂も入ってないし、ほとんど寝ずの強行軍で来たものね~。ホントお肌に悪いったらないわ、髪も痛んじゃうし。ボーナスの査定のためとはいえちょっと僻地すぎるのよ。あ~……早くお風呂入りたい)

もちろんこんな事を口にすれば、ダズトがしかめっ面するのは分かってるので言うことはないが。

「おい!何ぼさっとしてやがる!」

ダズトの怒鳴り声でリィナは我に返る。

「こんな村の入り口で留まってたら悪目立ちするだろうが、時間まで身を潜めるぞ」

「そうね、了解よ☆」

リィナは思っていることをダズトに悟られぬようにウイッチハットを深くかぶり直し指示に従った。


 日が落ちて間もなく、村はずれの教会では男がひとり忙しそうに祭壇を片づけている。司祭用のローブを羽織り眼鏡をかけた生真面目そうな男。コムクルは夕方になるとひとり祈りを捧げ、一日に感謝してから片づけに入るのを日課としていた。この村の生まれではないが村人からの信頼は厚く、今日も普段と変わらない日常を過ごしている、今この時までは。

「む、誰かいるのですか?」

音がした訳ではないが、コムクルは教会の入り口に人の気配を感じた。コムクルの居る祭壇周りには何本かの蝋燭ろうそくが灯っているため明るいが、入り口側は暗く見通せなかった。

「神に祈るか……オレには理解できねぇ行為だな」

闇の中から男の声がした。時を置かず一組の男女が姿を現す。

「本日はもう終了しております、何か用事があればまた明日に……見ない顔ですね、旅の方でしょうか?」

コムクルはいぶかしんで男女に向き直った。

「面倒なのは嫌いでな、ここに在るのは分かってる。出してもらおうか」

ダズトはお互いの顔がはっきりとする位置まで近づくとコムクルを見据えて言い放った。

「一体何を言っておられるのか……」

コムクルは招かれざる来訪者に身構える。

「ふふ欠片かけらよ☆『かみ欠片かけら』……持ってるんでしょう?」

「お、お前たちは何者だ!」

リィナの言葉にコムクルの顔色があきらかに変わる。同時に武器であろうか柄の短い錫杖を手に持ち臨戦態勢をとった。

「あは☆ダーク・ギルドの者で~す♪」

あっけらかんとリィナが答える。

「ダーク・ギルド!あの悪名高い、闇の秘密結社か!」

コムクルは一歩後ろに下がり半身になる。この時、一瞬ダズトも眉間にしわを寄せた。

(ふん、ダーク・ギルドか……つくづくゾッとしねぇ名前だな)


「闇の者め!『神の欠片』は渡さぬぞ!」

「死にたければ好きにしろ」

ダズトはぬるりと右手で剣を鞘から抜き放つ。ダズトの剣はとても細い剣身を持つ両刃剣、いわゆるレイピアと呼ばれる物で、斬撃も可能だが刺突がメインとなる武器であった。

 そして左手にはバックラーと呼ばれる円い形状をした小型の盾を持ちつつ、姿勢を低くした。前方に盾を突き出し、後ろ手に剣を構える。

 リィナは二人の様子を見つつダズトの三歩程後方へ下がる

(情報通りならコムクルは魔法に長けているはずね、私はダズトの援護かしら)

「神の裁きのいかずちよ!悪しき者共に鉄槌を浴びせたまえ!」

錫杖を握った両手をかざしたコムクルの周りを魔力が渦巻き光がほとばしる。瞬間、二条の雷撃がダズトへと襲いかかった!

 だが閃光がダズトに達する直前、ダズトは構えた盾を前方に大きく薙ぎ払った!弾ける轟音が周囲にこだまする!

「何っ!」

いかずちは一瞬にして煙へと姿を変えた。

「ふん、こんなものか。……おいリィナ、お前は手を出さなくてもいいぜ」

「あらそう?じゃ遠慮なくそうさせてもらうわね☆」

リィナはすました顔であっさりとダズトの申し出を受け取った。実際ダズトひとりで十分なのは分かっていたからだ。

「……その盾、なかなか強力な魔法防御が施されているようだな。ならば!」

再びコムクルの周りでより強力な魔力が渦巻きはじめる!

「神の怒りよ!彼らの罪を燃やし清めたまえ!」

今度は林檎りんご大の火球が三十~四十個ほどコムクルの周囲で形成されると、一斉にダズトとリィナに降り注いできた!

だがリィナに向かって来た火球は途中で見えない壁にぶつかって四散する。

 リィナ自身、強大な魔力を持つ魔法使いであった。この程度の魔法など魔法障壁バリアで無効化するのは容易い。

 ダズトの方は盾を構えて前進する!盾で火球を払い飛ばし、捌けない分は剣で火球を切り落とした!あと一歩でダズトの剣先がコムクルを捉える!

(かかった!)

コムクルはそう心で叫んだ!

「チッ!小細工を」

ダズトの動きが突如止まる。ダズトの左膝から下を、いつの間にか氷が覆って床に固定されていたからだ。

(雷撃魔法に火炎、それに氷雪系……私とおんなじタイプね~♪)

リィナはダズトの心配など一切する事なく、相手の魔法を分析していた。


 この世界に於いて、魔法は人口の八割近くの人が大なり小なり使用する事が出来る。種類や体系もかなり研究されており、学問としても確立されていた。

 光魔法や闇魔法、時空間魔法などは使用者はかなり限られるが、風魔法、水魔法、治癒魔法などはそこそこの人が扱う事ができる。特に雷撃魔法、火炎魔法、氷雪魔法は最もポピュラーな攻撃型魔法であった。


「もはや動けまい、大人しくするがいい」

コムクルは警戒しつつもすでに勝利を確信していた。だがこの賊からは不敵な態度が消えていない。

「ひとつ面白い手品を見せてやろう」

ダズトはニヤリと笑い剣を凍った左足にかざす!たちまち氷から赤黒い炎が立ち上り、瞬く間に氷は蒸発していってしまった!

「なんだと_!?_」

コムクルは驚愕する、魔力は全く感じなかった。それでいて魔法で固められた氷を瞬時に蒸発させる威力は尋常なものではない!

「……それは戦技か方術のたぐいか?」

「さて?どうだかな」

その隙を突き、ダズトの剣がコムクルの左肩を貫いた!

「ぐわぁ!」

コムクルは呻き声をあげるがダズトは止まらない!追撃でコムクルの顔面をバックラーで思いっ切り殴りつける!

 今度は声をあげる事もなくコムクルは吹っ飛び、祭壇へ勢い良く突っ込んで昏倒した。一部がれきと化した祭壇がコムクルの上に崩れ落ちる。


 魔法以外にもこの世界には方術または戦技と呼ばれる異能スキルが存在していた。地方では道術や仙術とも呼ばれたりもするこの技術は、使い手が人口の数%しか居らずその能力も非常に多岐にわたっていた為、魔法のように学問や体系が構築されてはいない。

 あくまでも個人のわざなのであった。

(ダズトの異能スキルは地獄……正確には地獄のような異次元の空間をこちらの空間に顕現けんげんさせる事が出来るというもの。あれはきっと地獄の炎ね~☆熱そ♪)

リィナは倒れたコムクルに憐れみの視線を向けた。


 殴り飛ばした時に落ちた眼鏡を踏み砕き、気を失ったコムクルの所持品を調べる。

 今ダズトの手には錦繍きんしゅうの入った巾着袋が握られていた。

「こいつか?」

ダズトが中身を取り出す。直径五センチ程の大きさ、半透明のいびつな球体をした石が転がり出る。魔力や特別な力などは何も感じられない、単なる石としか思えない代物であった。

「くだらねぇ、どいつもこいつもこんなモンを血眼ちまなこになって探しやがって。本当にこれを集めれば世界が手に入ると本気で思っているのか?馬鹿かよ」

「ちょっと私にもみせてよ」

痛烈に毒づくダズト。その手中にある欠片に、リィナは興味深々で近づいて覗き込んだ。

「ふ~ん……本当に魔力も何も感じないのね~。偽物なんじゃない?」

「かもな」

 ……キィィィイーン……

 頭の中で音がした。

「うっ……」

ダズトはどこか気が遠くなるような感覚に襲われる。

「あら?なんかこれ少し光ってない?」

先ほどまで何事も無かった欠片が、僅かだが青緑色に怪しく発光していた。

「う……うう……」

「ちょっと!ダズトどうしたの?」

異変に気付いたリィナはダズトの苦悶する顔に手を当てて呼びかける。

「……う、大丈夫だ……何でもねぇよ」

リィナに名前を呼ばれると、頭の中で鳴っていた音はゆっくりと消えていく、と同時に欠片の光も少しずつ収まっていった。


「いかん!欠片に魅入られたか!」

意識を取り戻したコムクルはよろめいて立ち上がる。

「早く返すのだ!取り返しのつかない事になるぞ!」

頭や口から血を流しながらもコムクルはリィナを突き飛ばして、必死にダズトの腕に掴みかかり「神の欠片」を取り戻そうとする。

「……この!死に損ないが!」

激昂したダズトの剣がコムクルの胸を貫く。致命傷を負ったコムクルはその場で崩れ落ちた。うつ伏せに倒れたコムクルからは血溜まりがゆっくりと広がっていく。

「……ホワイト・ダガーは……間に……合わなかった……か。……だが……どこに行くとも……、彼らからは……逃げられぬ…………!」

最期にいくらかの言葉を絞り出してコムクルは絶命した。

「何だ?ホワイトダガーだと?」

ダズトは剣に付いた血を振り払って鞘に収めると、「神の欠片」を元の巾着袋に入れてふところへとしまった。

「知らないのダズト?」

突き飛ばされたリィナは身体の埃を払いながら歩いてくる。

「……ホワイト・ダガー。世界治安維持機構の特殊部隊ね、まあ言ってみれば正義の味方よ☆……たぶんコムクルはホワイト・ダガーに見つけた『神の欠片』を渡すつもりだったんじゃないかしら」


 教会の入り口から大勢の人の気配がした。

「先生ー!なんか偉い騒がしいですけんど。何かありましたかー?」

「チッ!しまった!」

迂闊にもダズトはコムクルとの闘いや欠片の存在に気がいってしまい、村人の接近をいつの間にか許してしまっていたのだ。

「うわー!ひ、人殺しだー!」

一人がそう叫ぶと一気に火の付いたような騒ぎが膨らんでいった。

「よそ者がよくも!」

「役人に突き出してやる!そこを動くんじゃねぇぞ!」

「おい!もっと人を呼んでこい!」

「入り口を固めろ!逃がすんじゃないぞ!」


 あらあらという感じでリィナは喧騒の真ん中から周囲を見渡した。

「これはちょっと不味いわね~、早く逃げた方がよさそうかしら」

さして慌てる様子はなくリィナは右手を上に掲げる、天に向けた右手に魔力が集まっていく、たちまち幾つものいかづちの束が出来上がりリィナは右手を振り下ろす。

 閃光と共に放たれたいかづちは爆音を上げて教会の裏手をに大きな穴を開けた。コムクルとは比べものにならない凄まじい威力である。

「おい!魔法使いが居るぞ!」

「ちくしょう!逃がすな!早く裏手にも回り込め!」

村人達に動揺が走る。

「さ、ダズトこっちよ!急いで!」

リィナはダズトに脱出を促す。しかしダズトは何故か微動だにしない。

「何してるの?早くなさい!」

「うう……ぐぁああ……!」

「ダズト!」

リィナはダズトの胸で不気味な光を目撃する。光は瞬く間にその強さを増していった。

「……あれは、『神の欠片』がダズトと共鳴しているとでもいうの?」

(なんだ……これは、力の……たぎりが抑えられねぇ……!)

今回、ダズトの意識ははっきりしていた。しかし身体が全くいうことを聞かない!既に胸にある欠片の光はダズトを包み込んでいる!

「なんて魔力!……いえ魔力だけじゃないわ!色んなエネルギーが『神の欠片』からダズトに流れ込んで……これは一体!」

これほどのエネルギーが一点に集中すれば何が起こるのか、リィナは戦慄せずにはいられなかった。

「お、おい!なんだ、あれは!」

「何が起こっているんだ!」

取り囲む村人達からも狼狽うろたえる声が飛び交う!

 大地が揺れて空気が震えた!風が巻き起こり唸りを上げる!完全に光に沈んだダズトの身体は宙に浮き上がり、その力場は臨界点に達しようとしていた!

「……ぐっ!おおぉぉおお!」

まばゆい光の中からダズトが咆哮する。

「いけない!早く魔法障壁バリアを!」

リィナは右手を前方にかざして全力でバリアを張ったと思うが早いか、ダズトから溢れたエネルギーが一気に膨張して辺りを包んだ。全ての喧騒や悲鳴をかき消して。


 静かな月夜であった。夜空から降りてくる美しい月の光を遮るものは今や何もない。

 あの教会からおおよそ半径三キロメートルは、木々はおろか建物も何もかも、全ては吹き飛び無くなってしまっていた。地面がえぐき出しの大地がどこまでも続いている。風の音も虫の声も聞こえはしない。

 いやこの荒んだ大地に蠢くものがひとつあった。

「……あ、うぐっ……」

リィナは意識を取り戻したはいいが、身体をまともに動かす事はできない。

そのためこの凄惨たる状況を飲み込むには、今しばらく掛かりそうであった。

(……右腕が……もってかれたわね。……あばらも何本かイッてるみたい……)

バリアで消滅こそ免れたものの、リィナの右腕は肘から先が消失していた。加え打撲や骨折も複数あり出血も酷く、はたから見ても瀕死の重傷なのはあきらかであった。

(……魔力もほぼ尽きてるし……これは、ちょっとヤバいかも…………早く、予備の……魔力を……)

遂にリィナの呼吸が止まる。その時、リィナが胸に付けていたブローチからおびただしい量の魔力が溢れだし、強力な治癒魔法にリィナは包まれた。

 ものの十分程でリィナの右腕は元の状態にまで回復した、打撲や骨折も既にない。ゆっくりとリィナの目が開いていく。

「あ~……久しぶりにホントに死にかけたわ。まさかコツコツ貯めてきた予備魔力を全部使っちゃう事になるなんてね~。ま、死ぬよりはマシだけど☆」

起き上がったリィナはまじまじと周りを見回すと、事の大きさを知ることになった。そして何をする事もできず、しばらく辺りを歩いてみる。

「ダズト!」

見渡す限りの荒野の中心で倒れているダズトを見つけたリィナは、駆け寄ってダズトを抱き起こした。

「大丈夫?しっかりなさい!」

しかしリィナは直ぐに違和感に気付く。

「……なによ、気を失っているだけで殆ど無傷じゃない。私は死にかけたっていうのに!」

若干の苛立ちはあるが、ダズトの無事を確認して胸をなで下ろしたのも束の間、リィナは頭を抱える気持ちになった。

「それにしてもこの惨状……どう報告したものかしらね~」



 西大陸でも有数の大きな町、ブリッツ。その郊外の森の中にひっそりと……いや、結構堂々としたたたずまいでダーク・ギルドのアジトはあった。

「……はい、そうです……はい……はい…………しかしあの力は!……はい、了解しました」

リィナは叩きつけるように魔法無線の受話器を置いた。

「……はぁ、相変わらず無茶ぶりばっかしてくれるわね。でも、それを何とかしなきゃいけないのが末端エージェントの辛いとこだわ」

ブツブツと文句を言いながらリィナは廊下を歩き応接間の扉を開ける。

「……何て言ってきやがった?」

ダズトは自身の定位置であるボロボロのソファに腰掛けながら、入ってきたリィナに首尾を訊ねた。

「どうもこうも、私達はこのまま『神の欠片』の回収任務を続行しろってさ」

リィナはダズトの向かいのソファに座り頬杖をついた。

「何?オレ達がこの欠片を持ったままでか?」

「そうよ~……私もそれがなんか引っかかるのよね」

二人は様々な勢力に狙われているこの「神の欠片」を、組織が自分達に持たせ続ける事がどうしても腑に落ちなかった。

 なにせ実際この欠片の力を目の当たりにしたのである。もっと厳重に保管すべきではないかと進言もしたはずだった。

「それも気になるけど……ダズトあなた本当に大丈夫なの?」

「問題ねぇよ。あれからオレが触ろうが何しようが何も起きねぇじゃねぇか」

ダズトはボロボロのテーブルの上に置かれた「神の欠片」を指で弾いた。当然何も起きはしない。

 あの月夜から今日で二週間余り、なんとかアジトに帰還した二人は直ちに事の詳細を報告したが、今日になってようやく返答がきたのであった。

 それまで「神の欠片」はずっとダズトと共にあるが、あれ以来一切の反応も見せてはいない。

「……だといいけど、またいきなり爆発されたらたまらないもの」

「チッ!済んだことをネチネチと」

流石のダズトもこれには少しバツが悪そうに目線を逸らした。

「……ダズト、あなたたぶん欠片に魅入られたのよ」

「なんだと?」

ダズトは再びリィナに目線を戻しつつ神妙な顔をした。

「あの時コムクルが言っていたでしょ。それが何を意味するのかは私には分からないけど」

「……ふん、オレはオレだ何も変わっちゃいねぇぜ。これからもだ」

 それからしばし沈黙が続く。お互い何か考えているようでもあり、そうでないようでもある。

「……で?これからどうするんだ?」

先に口を開いたのはダズトであった。

「ああ!それなんだけど」

リィナは思い出したように手を打つ。

「ブリッツの町に行って新しく組織に入ってきた人と合流しろってさ、次の指令はその新人さんが持っているそうよ♪」

リィナの言葉にダズトは露骨に嫌そうな顔をした。

「新人だと?オレにガキのお守りをしろってか。ふざけやがって、オレ独りで十分なんだよ」

「なによ、私も要らないっていうの~?」

「ふん、そう聞こえなかったのか?」

「ひっど~い!」

頬を膨らませるリィナを尻目に、ダズトは立ち上がるとさっさと部屋を出て行ってしまった。

「あ~……また、このパターン?」

つい先日の光景がデジャヴする。リィナは溜め息をついて立ち上がり、ダズトを追いかけて行った。

「待ちなさいよ~!」


 美しい月が輝く夜、名も無い村がひとつ地図から永遠に消え去った。この月夜の晩に見た悪夢はこれで一応の終わりを告げたのだろう。

 しかし、これは始まりにすぎなかった。更なる悪夢が次の夜を待っている……

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