第5話 私がよかったから
前の話(功琉偉つばささん)→ https://kakuyomu.jp/works/16818093090944006885/episodes/16818093090944259440
「あれ? 倉岡さん、どうしたんですか?」
私はその姿にびっくりして、思わず立ち上がった。
だって今日は倉岡さん、シフト入ってないはず。
「なにか、忘れ物でもしたんですか?」
それなら裏口から入ってくればよかったのに。
「……あー」
なにか言いたそうな倉岡さんは首の後ろに手をやり、斜め下を向く。
「……なんでも、ない」
しかしそう呟くと、お店を出て行ってしまった。
えっ、いったい、なんなのだろう。
あんなに急いでいる様子でここに来たのに、"なんでもない”なんて……。
おかしい、よ。
「少しの間だけ、対応お願いしますっ」
私はそう言って、レジを飛び出した。
職務放棄〜とかって声が聞こえた気がしたけど、いい。
あとで怒られよう。
———倉岡さんには絶対、ここに来た理由があったはず。
それを私は、聞かなきゃならない気がした。
お店の扉を開ける。
外では、雪が降っていた。
でも今は、そんなこと気にしてられない。
「……いったい、どこにいったんだろうっ」
左右を見渡すけど、それらしき人はいない。
家……なんてもちろん知らないし、学校も知らない。
……私、倉岡さんのこと、なんにも知らないじゃん。
唯一知っているのは、あの言葉だけ。
私があのバイトを始めたときに教えてくれたもの。
でも結局、大切にしたって、倉岡さんのためにってなれば役にも立たない。
私はあなたの……あなた自身が今思っていることが、言葉が、聞きたい。
とりあえず、右方面に行ってみよう。
私はヒールのままその場を駆け出す。
はらはらと舞い落ちる雪が、視界を少しだけ狭める。
道はまるで、歩行者天国状態。どこもかしこも人だらけ。
吐き出す息はどこまでも白い。
走っていると、遠くのほうにカラフルな何かが見えた。
「はあ、はあ、はあっ」
しばらくしてから足を止めて、顔を上げる。
「キラキラだね~!」
「見てあれ、サンタさんのかたち!」
「イルミネーション、きれいっ!」
……イルミ、ネーション。
好きな人と、見たいなって思っていたもの。
聖夜の魔法とか、そんなものは存在しない。
わかってたはずなのに、信じてみようなんてなんで思っちゃったんだろう。
私は、自分の恰好を見つめる。
人にもまれてしわしわになったバイトの制服。ほつれた髪。
私はいったいここで何をしてるんだろうか。
急に我に返りながら、走って痛くなった足を軽く振る。
すると案の定、ぱかんとヒールが脱げた。
やばい、飛んじゃった。
片足で歩きながら取りに行く。
そして手を伸ばしたところで、僅差で誰かに拾われてしまった。
「あっ」
顔を見上げると、そこには————。
「……石倉」
今会いたいと思っていた人、倉岡さんがいた。
外は寒いはずなのに、マフラーもコートも身に着けてない。
それに学校の制服姿だし……何気に初めて見たけど。
ヒールを足元に置いてくれ、私はそれを履く。
「……石倉、仕事はどうしたんだよ」
クリスマスイヴサービスなのか、倉岡さんは強く言わなかった。
……し、ごと。
"誰かの幸せのささやかな道しるべになる”仕事。
———ずっと、疑問だった。
「倉岡さんが……誰かの幸せのささやかな道しるべになるなら」
私はありったけの酸素を肺にかき集める。
そして、まっすぐ目の前にある瞳を見つめた。
「———じゃあ、倉岡さんの幸せの道しるべには、誰がなるんですかっ!」
倉岡さんは、仕事ができて。
私の出来なさっぷりに呆れたような表情をしても、なんだかんだ助けてくれる。
優しくしてくれる。
倉岡さんはお客さんだけじゃなくて、バイト仲間の私の、幸せの道しるべにだってなってくれた。
だけど……それなら、倉岡さんは?
倉岡さんの幸せの道しるべには、誰がなるの?
倉岡さんの目が、驚いたように見開かれた。
いつも寂しそうな顔ばかりして、自分のことは何も言わないんだから。
私だって、こんな夜に一人で寂しいよ。
だけど、あなたはもっと寂しいはず。
それに気が付いて、追いかけるのはきっと、私じゃなくてもいいんだろうけど。
そんなことわかってるけど!
「……私が、よかったんです」
制服のブレザーに包まれた、この夜には寒すぎるその腕をぎゅっと掴む。
「倉岡さんの幸せの道しるべになるのは———私がよかったから」
幸せの道しるべ 桜田実里 @sakuradaminori0223
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