異世界いいねポイント生活 ~ボランティアから始まる英雄譚~
ひねくれペンギン
第1話 英雄になるだろう者の初日は牢獄で
目が覚めた。
草の匂いが鼻をつく。ぼんやりと開けた視界には、青い空が広がっていた。見慣れた天井も、聞き慣れた騒音もない。ただ、風に揺れる草原が広がっているだけだ。
ここはどこだ?
頭をひねりながら起き上がると、足元に紙切れが三枚落ちているのが目に入った。見覚えのない文字が書かれている。
『ようこそ異世界へ!あなたは異世界へ転移したよ。頑張ってね。神より』
色んな小説でよくあるやつだ。いくつか有名なやつを読んだ事がある程度だが知っている。これはいきなり現地着陸パターンだな。
チート能力こい!チート能力こい!と期待して次の紙を拾う。
『ステータスと唱えよ』
キタキタキタ。スタータスキター。これもよくあるやつ。俺はためらいなく唱える。
「ステータス」
目の前に透明な画面が浮かび上がった。
名前:天川 昇
種族:人間
職業:なし
レベル:1
次のLVアップまで:いいねポイント2
HP:10 / 10
MP:5 / 5
力:10
知力:10
敏捷:10
耐久:10
器用:10
運:10
いいねポイント:0
スキル:
- ステータス確認
称号:
- 異世界の迷い人
……え?
なんか知らない文字があるんだけど。
「いいねポイントって、何だよ」
独り言を告げるが、当然答えなんて返ってこない。何だこれ。SNSか?異世界に来てまで『いいね』を求められるなんて聞いてないぞ。
とりあえず、何をどうすればいいのか、さっぱり分からない。混乱しつつも、足元にもう一枚紙が落ちていることに気づいた。
『いいねポイントを集め成長せよ。この世界で生き抜く鍵である。後君は戦闘では成長しないよ!』
なん・・・だ・・・と。
このいいねポイントとやらを稼がないといけないらしい。というか普通のゲームみたいに敵倒しても強くならないらしい。
終わった。せめて異世界に来たなら剣と魔法で戦いたかった。
そうは言っても始まらないので俺は周りを見渡してみる。
草原がどこまでも広がっている。
「さて、どうするかな…」
遠くに目を向けると、一際大きな塔のようなものが見える。形状からして、ただの建物ではなさそうだ。異世界小説を読んだことがある俺にはピンとくる。「あれがダンジョンってやつか」と。
「とりあえず、あっちに行ってみるか」
草原を進む中、景色に変化が現れる。緑が濃くなり、森?雑木林?が見えてきた。塔へ行くには、この森を突っ切ったほうが近そうだ。少し考えたが、いきなり詰むことは流石にないだろうと俺は楽観的に考え足を踏み入れることにした。
数分歩いたところで、どこからか「キュー」という小さな声が聞こえた。
「なんだ?」
立ち止まり、耳を澄ます。声の方角を探しながら進んでいくと、草むらの中で小さなリスのような生き物が倒れているのが見えた。体が小刻みに震えている。近づいてよく見ると、足が細い根っこのようなものに絡まって動けなくなっているようだ。
俺はしゃがみ込み、その細い根っこを手で慎重に外していく。特に抵抗することもなく、すぐに解放されたリスは、じっと俺の顔を見つめている。
「ほら自由だぞ。もう動けるだろ?」
そう言って地面にリスを戻してやると、リスは数秒間その場で固まったあと、小さな声で「キュー」と鳴き、そそくさと森の奥へ走っていった。
その瞬間、目の前にまた透明な画面が浮かび上がる。
ログ:いいねポイントを獲得しました。増加 +1 いいね
「は?」
突然のメッセージに思わず声を漏らす。だが、すぐに思い至った。
「ああ、これが『いいねポイント』ってやつか・・・なるほどね、こういう感じで稼ぐわけね」
自分が何をしたかを振り返りつつ、俺は得たポイントの意味を理解した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
お腹がすいてきた。
「異世界だからって、腹は減るんだな…」
異世界転移した瞬間こそテンションが上がったが、現実的な問題に直面するとやる気も削がれる。食べ物はもちろん、水さえ確保できていない。これじゃ行き倒れるのも時間の問題だ。
森の中を歩きながら、何か食べられそうなものを探してみる。木の実でもいいし、魚でも獲れれば儲けものだ。そんなことを考えながら進むと、清らかな水音が聞こえてきた。
「おっ、小川か?」
草むらをかき分けて進むと、小さな川が目の前に現れた。透き通った水がさらさらと流れている。その景色に少しだけ安心する。とりあえず手を伸ばし、水をすくって飲む。
「冷たくてうまいな」
異世界の水だからといって、何か特別な味がするわけじゃない。でも、喉を潤したことで少しだけ生き返った気がする。体力を回復させるためにもここで少し休むことにした。
小川のほとりで休憩をとったあと、再び塔を目指して歩き始めた。森の中を抜けるのには意外と時間がかかり、気づけば2時間ほどが経過している。空を見上げると、日が傾きかけていて、あたりは少しずつ暗くなり始めていた。
「やばいな。早くしないと真っ暗になるぞ」
足を速め、森を抜け出したところで目の前に広がる光景に思わず息をのむ。そこには巨大な壁がそびえ立っていた。そしてその壁の奥、空に突き刺さるように聳え立つ塔が見える。
「あれが街か」
壁には門があり、どうやらそこが入口らしい。近づいていくと、門の近くに灯りがともり始めていた。
「ここが俺の異世界生活の拠点になるのかな」
期待と不安が入り混じる気持ちを胸に、俺はゆっくりと門に向かって歩き出した。
門の前までたどり着いたが、問題が発生した。
「身分を証明するものはあるか?」
門番の男性は鋭い目つきで俺を見据えた。これは予想していなかった。身分証・・・身分証か。確かに異世界でもそれは必要だよな。だが俺が持っているのは、財布の中の日本の免許証くらいだ。これが役に立つはずもない。
「持ってないです」
正直に言うしかなかった。だが、それでは何も説明にならない。咄嗟に頭を下げながら、思いつく限りの言い訳を口にした。
「近くの貧しい農村から来まして…その…身分証は作れなくて」
それが妙にリアルだったのか、門番の視線が少し柔らかくなる。
「たしかにそんなに裕福そうには見えないな」
言われて初めて自分の恰好を思い出す。ダメージジーンズに、森を抜けるときに引っ掛けて裂けたチェックのシャツ。そりゃ貧乏に見えるわけだ。自分で言うのもなんだが、みすぼらしいことこの上ない。
門番はため息をつきながら呟いた。
「この街に出稼ぎに来るものも多いからな。まあよくあることだ」
その優しい口調にほっとしながらも、俺は乾いた笑いしか出なかった。これでなんとか乗り切れるかと思ったのも束の間、新たな問題が降りかかる。
「ところで、入街料はあるのか?」
「・・・」
「・・・」
お金がない。やばい、俺完全に詰んでる。どうする?どこからかお金が湧き出る魔法の財布でもあればいいのに。
「・・・ありません」
震える声で正直に告げると、門番は驚いた顔をした。しかし次の瞬間、吹き出すように笑い始めた。
「ぷっ・・・はははは!そういうこともあるよな!」
俺の顔は恥ずかしさで真っ赤だ。どうせなら怒鳴られたほうが楽だった気がする。だが、門番はそのまま笑いながら手をひらひらと振った。
「まあ悪いやつには見えないしな。入れてやる。ただし、きちんと街で稼げたらお金を持ってくるんだぞ」
「必ず持ってきます!ありがとうございます!」
頭を下げながら俺は門をくぐった。何とか街に入れたことにほっとする一方で、財布の中身が空っぽな現実が改めて俺を襲う。
「やばい、俺お金がない・・・」
思わず呟きながら、目の前に広がる街並みを見上げる。これからどうやって生きていこうか、そんな不安と期待が入り混じった気持ちを抱えながら、俺は一歩を踏み出した。
踏み出したはいいものの、お金がないという事実は変わらない。街の中は活気に満ちていて、灯りが点々と揺れている。その光景を見ながら、俺の心は重くなる一方だった。
「もう日も暮れるし、どうすればいいんだよ・・・」
俺は途方に暮れ、適当に路地を歩き始めた。歩きながら人々の様子を観察するが、どうにも馴染めそうな雰囲気ではない。働けるような当てがあるわけでもないし、路上に座り込む勇気もない。どうするか考えを巡らせていると、ふと目に止まったのはついさっき俺を通してくれた門番がいる詰め所だった。
「・・・いや、ないだろ。いやでも・・・」
もう赤っ恥とか気にしている場合じゃない。俺は意を決して詰め所の扉の前に立ち、震える手でノックをした。
扉が開き、顔を出したのは予想通りの門番だった。俺を見るなり怪訝な顔をする。
「なんだ?」
その視線が痛いほど刺さる。だが、俺にはもう後がない。
「すいません!お金がなくて、寝るところもありません!日が上がるまで、ここにいさせてもらえないでしょうか!」
頭を下げるどころか、ほぼ90度に折り曲げた姿勢で懇願する。渾身のお願いだった。これ以上の頼み方なんて思いつかない。だが――
「ぷっ、ははははは!」
予想外の反応に、顔が熱くなるのを感じた。あまりの笑われように恥ずかしさがこみ上げてくるが、それでも俺は必死だった。
「・・・わかってますよ。恥ずかしいのは。けど、仕方ないじゃないですか!」
頭を下げたまま、肩を震わせながら声を張り上げる。そんな俺を見て、門番はしばらく笑い続けた後、ようやく息を整えた。
「悪い悪い。そんな真剣な顔するなよ・・・わかったよ、頭を上げな。いいぜ、一晩だけなら貸してやる」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
勢いよく顔を上げると、門番は少し呆れたように肩をすくめた。
「ただし条件がある。場所は牢屋だ。壁があるだけマシだろ」
「牢屋ですか・・・まあ、それでも助かります。野宿するより全然マシです!」
「そう言ってくれるならいいさ。ほら、入れ入れ。飯も食ってねえだろ?なんかほっとけないな、お前は」
門番は笑いながら詰め所の中に案内してくれた。椅子を出し、簡素な食事を用意してくれる。
「俺はロウだ。お前の名前は?」
「のぼる。天川昇っていいます」
「のぼるか。まあ座れよ。今日の残り物で悪いけどないよりマシだろ」
出されたのは固い肉とパンだったが、空腹の俺にはご馳走以外の何物でもなかった。
「すごく美味しいです!ありがとうございます!」
「そうかそれは良かった」
笑顔で答えるロウの人の良さに、俺はこの街に少し希望を感じた。そして、ふと頭をよぎる。
「これ俺が感謝されないといけないんだよな・・・」
自分がいいねポイントを集める立場であることを思い出し、少し不安になる。だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
飯を食い終わると、ロウと雑談をする。この街は「グランフィールド」と呼ばれ、巨大なダンジョン「深淵の塔」を中心に形成されているということ。冒険者が集まり、ダンジョン攻略を主な産業として栄えているらしい。他にも色々この世界について教えてもらった。
「なるほどな・・・」
ロウの話を聞きながら、俺の目は次第に重くなっていく。気づけば、椅子にもたれかかるようにしてうとうとしていた。
「ほら、牢屋に案内してやるよ。悪いが布団とかはないけど、まあ縛ったりしないから安心しな」
そう言って鍵を開けてくれるロウに、俺は感謝の言葉を述べながら牢屋に入る。意外にも広さはあり、壁に背を預けて座るには十分だった。
「・・・なんだかんだで、助けられっぱなしだな」
目を閉じながら、今日一日の出来事を思い返す。異世界転移から始まり、門番に助けられ牢屋で一晩を過ごすなんて誰が想像しただろう。
疲れ切った体が限界を迎えたのか、俺はそのまま深い眠りに落ちていった。
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