第2話 異世界にきて敵に出会う前にこんなに走っている奴いる?



痛い。体が痛い。


そりゃあ石造りの部屋で寝てたら痛いよね。



俺は体を起こし、寝ぼけ眼を擦る。昨日は座って寝てたはずなのに、気づけば横になってる。牢屋の小さな窓から差し込む光はほとんどなく、まだ外は早朝のようだ。



「ふぁ・・・寒い」



身震いしながら立ち上がり、昨日のことを思い出す。ロウさん――この街の門番――が、俺を助けてくれた。おかげでなんとか一夜を明かすことができたわけだが、牢屋で寝るなんて初めての経験だった。



そういえば、ロウさんと話して得た情報によると、ここは グランフィールド という街らしい。俺が目指していた大きな塔、それがどうやらダンジョンなんだそうだ。この街はそのダンジョンから採れる資源やアイテムを基盤に発展してきたらしい。まさにダンジョン産業で成り立っているってことだな。



ロウさん曰く、街に出稼ぎに来る人たちの多くは冒険者になるらしい。ダンジョンの浅い層でアイテムを集めたり、モンスターを倒してお金を稼ぐのが定番コースなんだとか。



「俺も・・・やるしかないよな」



このままじゃ食べるものも住むところもない。日が昇ったら冒険者ギルドに行って仕事を探すしかないな。



ロウさんから聞いた物価情報を日本円に直すとこんな感じだ。



銅貨 10円


大銅貨 100円


銀貨 1,000円


大銀貨 10,000円


金貨 100,000円


大金貨 1,000,000円


白金貨 10,000,000円


大白金貨 100,000,000円



この話を聞いたとき、「これくらい常識だろ」と驚かれたのは言うまでもない。苦し紛れに「俺の村では物々交換が主流だった」と言い訳をしたら、ロウさんは「あぁ・・・貧しい農村か」と微妙な顔をして納得してしまった。もうその設定で行くしかない。



ふと、何気なく「ステータス」と唱えてみた。



名前:天川 昇


種族:人間


職業:なし


レベル:1


次のLVアップまで:いいねポイント 2


HP:10 / 10


MP:5 / 5


力:10


知力:10


敏捷:10


耐久:10


器用:10


運:10


いいねポイント:1


スキル:



ステータス確認


称号:


異世界の迷い人



「やっぱり、いいねポイント1しかないよな・・・」



しかし、今日は何か新しい発見があった。


よくよく画面を見てみると、「職業」という項目があるのに気づいた。



「職業?」



試しにそのタブを押してみると、目の前に画面が展開された。そこには数十種類の職業が並んでいる。



【料理人】【警備員】【商人】【農民】【鍛冶職人】【掃除人】【配達員】


【剣士】【格闘家】【弓使い】【魔術師】【盾兵】【暗殺者】


【採掘師】【木こり】【ハーブ採集師】【探検家】【漁師】【狩人】



「おお・・・たくさんあるな」



職業の説明を読んでみるが、どれもそれなりに役に立ちそうだ。しかし・・・



「30ポイントかぁ。まだ1ポイントなんだよな」



この職業達を解放するには1職業あたり30ポイントが必要らしい。


画面を閉じると、少しだけ気合が入った。職業を解放するにはいいねポイントをもっと集めなければならない。それにはまずお金を稼ぐ必要がある。



「よし、今日の目標はギルドに行って仕事を探すことだな」



俺はそう心に決め、朝を迎える準備を始めた。




「おーい、のぼる起きてるかー?そろそろ朝飯だぞー」



ロウさんの声が、牢屋の外から響いてくる。



「あ、はい!今行きます!」



俺は急いで立ち上がり、牢屋の扉へ向かう。ロウさんが外で待っていてくれた。



「俺たちも配給だから、そんなに量は分けてやれんが・・・まあ食え」



そう言って差し出されたのは、小さな木の皿に盛られた雑野菜が浮かぶスープと、固そうなパンだった。



「ありがとうございます。ありがたく頂戴します!」



俺は礼を言いながら席につき、スープをすする。一口飲んだ瞬間、ちょっとした塩気と野菜の苦みが口に広がったが、何か心にしみる味がする。全然豪華じゃないけど、優しさはスパイス。



固いパンをスープに浸して食べながら、ふと思う。



(ロウさん、俺のために自分の分を削ってくれたんだよな・・・)



心の中で感謝しつつ、いつか必ず恩返しをしようと改めて誓った。



「あ、ちなみに入街料は大銅貨1枚な」



飯を食べながら、ロウさんがポツリと口にする。



「は、はい!必ず返しにきます。もう少しだけ待ってください」



「おうおう。頼むぜ、のぼる」



彼の優しい笑顔に、胸がじんとした。




俺はロウさんにひたすら感謝を述べたあと、門番の詰め所を後にした。気合を入れ直し、街の通りを歩き始める。ロウさんの言葉を頼りに、冒険者ギルドを目指して。



街の朝は想像以上に活気づいていた。



通りにはすでにいくつもの露店が立ち並び、パンや焼き魚の香ばしい匂いが漂ってくる。武器屋、防具屋、鍛冶屋、それに雑貨屋も営業を始めている。朝食用の屋台は長い行列ができていて、商売の準備をする人たちの声が響き渡っていた。



「いやー、賑やかだな・・・」



歩きながら見渡すと、すれ違う人々の中には明らかに「人じゃない」姿の者も多い。



筋肉隆々の体に角が生えた亜人っぽい男や、背中に翼を持つ女性。さらには猫耳や尻尾を揺らしながら歩く獣人たち。異世界特有の多様性を目の当たりにして、俺は思わず足を止めてしまった。



「これが異世界か」



息を呑みながら街の景色を眺める。まさにファンタジーの世界。ダンジョン産業が街の中心である以上、こうして多種多様な冒険者たちが集まるのも当然だろう。



街の喧騒の中で、異世界に来たという実感がようやく湧いてきた。まだ見ぬ冒険者ギルドに向け、俺は再び歩き出した。



冒険者ギルドの扉を押し開けると、ギルド内にいた全員の視線が俺に向けられた。



「え・・・」



予想以上に注目されてしまい、戸惑いが隠せない。ギルドの中には様々な装備を身につけた冒険者たちが雑談や相談をしている。4人ほどの集団で固まっているのが目立つ。パーティーを組むのが一般的なんだろうな、ということはなんとなく察しがついた。



一瞬テンプレ展開!!そんな期待が頭をよぎったが、現実は違う。今の俺は特に何か目立つ特徴があるわけでもなく、むしろ異世界初心者そのもの。周りの視線はすぐに俺から外れていき、また各々の話に戻っていった。



俺は内心ほっとしつつ、空いている受付に向かう。そこには人間の優しそうな女性が座っていた。



「すいません。冒険者登録をしたいのですが」



「はい。承知しました。ではこちらに記入をお願いします」



差し出された紙には名前や年齢、戦闘スタイルと3つしか記入するところがなかった。手に取ると何故か文字が読めるし、ペンを持つと自然に書ける。



これも神様の配慮かな?



あまり深く考えず、さっさと記入していく。



名前: 天川 昇


年齢: 20歳


戦闘スタイル: なし



「戦闘スタイル…か」



正直に言えば、戦闘経験はない。学生時代に少し空手をやっていたけど、市の大会で優勝するのが限界だったし、この異世界で武器や魔法を使うような経験もまだない。とりあえず「なし」と記入しておいた。



紙を渡すと、受付嬢が微笑みながら受け取り、机の上に水晶を置いた。



「ではこちらに手を置いてください。簡単に説明しますと、これであなたの実力がわかります」



ファンタジーお決まりのアレだな、と思いつつ右手を水晶に乗せる。すると、淡い白色の光がゆっくりと輝いた。



「白ですので、Eランクからになります」



受付嬢は淡々と事務的に説明しながら、手早く冒険者カードを作成して渡してくれた。



「登録料として大銅貨1枚になります」



「……」



瞬間、頭の中が真っ白になった。金がない。まただ。



俺の様子を見て察したのか、受付嬢は優しい声で続けた。



「後払いも可能ですので、大丈夫ですよ。一週間以内に収めてください」



「はい、必ず・・・!」



恥ずかしさで顔が熱くなる。情けない。でも、このカードを手にしたことで稼ぐための基盤は整った。





「すいません。簡単な依頼って何がありますか?」



勇気を出して質問すると、受付嬢が少し嬉しそうに答えてくれた。



「Eランクですとダンジョンまでの資材運びや、お手伝い系の依頼が多いですね」



俺はしばらくリストを見ながら考える。戦闘は今の俺には無理だし、そもそも戦闘で強くなれるわけじゃない。



「お手伝い系でお願いします」



そう言うと、受付嬢の目が少し輝いた気がした。



「珍しいですね。ここに来る方は、皆さんダンジョンに行きたがるので、こういった依頼は溜まる一方なんです」



理由を聞いて納得。確かにダンジョン探索のほうがロマンがあるし、稼げるイメージも強いだろう。それでも、俺の目的は感謝されていいねポイントを集めることだ。



リストを眺めた末、俺は一つの仕事を選んだ。



「配達のお手伝いで」



「承知しました。それでは、こちらが詳細と紹介状です」



薬草の採取や荷物運びの仕事もあったが、配達なら一回ごとに直接「ありがとう」と言ってもらえる可能性がある。リスを助けたときの経験から、恐らくそれが正解の可能性が高い。



こうして、俺の最初の仕事が決まった。



俺は冒険者ギルド受付嬢(ユフィさんと言うらしい)から受け取った仕事の詳細を手に、配達所へと向かった。街の喧騒の中を抜け、ようやくたどり着いた配達所。そこには筋骨隆々の髭親父が腰掛けていた。



「失礼します。冒険者ギルドから紹介を受けてきました」



俺はユフィさんから受け取った紹介状を差し出す。髭親父がそれを受け取り、ちらりと目を通した。



「おー、新人の手伝いか。助かるぜ」



その瞬間、目の前にまた透明な画面が浮かんだ。



ログ:いいねポイントを獲得しました。増加+1



「おおお!」



思わず声を出してしまった。初っ端からポイントが手に入るなんて、これは期待できそうだ。



「どうした?」



「あ、いや、なんでもないです!よろしくお願いします!」



俺は軽く頭を下げながら言う。



「おお、元気じゃねーか。それじゃあ早速頼むぞ。やることは簡単だ、荷物を持って指定の場所に届けるだけだ。地図を持っていけ。お前、見たところこの辺の人間じゃなさそうだからな、道を覚えるのも大変だろうが、そのうち慣れるさ」



髭の向こうに覗く笑顔は優しい。見た目は怖いが、頼れる親父といった感じの人だ。



「ああ、それと俺の名前はバルデルだ。お前はのぼる、でいいのか?」



「はい、よろしくお願いします!」



名前は紹介状に書かれていたようだ。こうして俺の初仕事が始まった。



配達は想像以上に大変だった。



まず、道が全然わからない。地図には大きな通りしか記載されておらず、小道や細い路地が迷路のように広がっている。おまけに、この街は広すぎる。配達所は街の南側にあるが、配達先が街の北側になると、平気で10キロ以上離れていることもある。



広すぎだろ・・・。これ、乗合馬車が必要な距離だろ



しかし、馬車にはお金がかかる。一回の配達で報酬は銅貨3枚。馬車代に使えば赤字になる可能性が高い。



「走るしかねぇな」



俺はただひたすら走った。



それでも良いこともあった。



もともと大学時代に宅配便のバイトをしていた経験が役立った。「お届け物です!こちらにサインをお願いします!」と明るく声をかければ、ほとんどのお客さんが「ありがとう」と言ってくれる。



ログ:いいねポイントを獲得しました。増加+1



狙い通りだ。午前中だけで3件の配達を終え、3ポイントを得た。報酬は銅貨9枚。日本円にして約900円。安すぎると感じつつも、いいねポイントが稼げたことに満足した。



昼休憩。



支給された水で空腹を紛らわせながら、ぼんやりとステータス画面を開く。すると、LVアップまでの表記が「LVアップ可能」に変わっていることに気づいた。



次のLVアップまで:LVアップ可能(消費いいねポイント2)



「おお、これか」



俺は躊躇せずにボタンを押した。



ログ:LV2になりました。ステータス割り振りが可能です(あと3ポイント)。



敏捷に2、耐久に1を割り振る。


力:10

知力:10

敏捷:12

耐久:11

器用:10

運:10



「これで走るのが楽になる・・・はず!」



午後の仕事を始めると、その効果はすぐに実感できた。足が軽い。明らかに速く走れる。耐久も上げたおかげか、疲れにくさも実感できる。



「やっぱり間違ってなかったな」



その日一日、俺は全力で走り続けた。



配達8件をこなし、報酬は銅貨24枚。いいねポイントは6を獲得。途中、人と接触せずに荷物を置いていく配達が2件あったため、2ポイントとりっぱぐれたが、それでも十分な成果だと思う。



バルデルさんに仕事の報告をし、冒険者ギルドで報酬を受け取る。


ユフィさんにこの金額で泊まれる宿があるかを聞く。



「この辺で安く泊まれる宿はありますか?」



「低ランクですが、大銅貨1枚で泊まれる宿がありますよ」



「ありがとうございます。行ってみます!」



安宿は質素だが悪くない場所だった。途中で買った肉串(銅貨1枚×2)をかじりながら、ようやく体を休める。



昨日の牢屋に比べたら、ここは天国だな



布切れを敷いただけの簡素な寝床だが、それでも石の床とは比べ物にならない快適さだ。寝そべりながらステータス画面を開く。



ステータス


名前:天川 昇

種族:人間

職業:なし

レベル:3

次のLVアップまで:いいねポイント4

HP:13 / 13

MP:6 / 6

力:10

知力:10

敏捷:13

耐久:13

器用:10

運:10

いいねポイント:3



今日は8件こなしたが、明日はもっと効率よくできる気がする。希望が湧いてくる。



「なんか楽しいな~」



俺はそんなことを呟きながら、ゆっくりと眠りに落ちた。

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