第4話 情けは人の為ならずの本当の意味を異世界で実感することになるとは。



職業『配達員』を解放したことで、俺の世界は大きく変わった。いや、正確にはマジックバックの存在が効率を劇的に改善してくれた。



今までは荷物を1,2件届けるたびに配達所に戻って新しい荷物を受け取るという、正直非効率な作業を繰り返していた。荷車でも使ってまとめて運べればいいんだが、この街の治安状況を考えると正直難しい。以前、バルデルさんにその案を相談したことがあったが――



「盗まれて終わりだ」



一言で却下された。



確かに、この街は平和とは程遠い。喧嘩は日常茶飯事だし、治安が良いとはお世辞にも言えない。ただ、剣を抜いて暴れたり魔法を乱射したりする奴は少ない。それをやると、すぐさま憲兵が乗り込んでくるらしい。この街の憲兵は元冒険者が多く、非常に腕が立つ。血の気の多い冒険者たちも、過去に世話になった兄貴分の憲兵には頭が上がらないらしく、ある程度の秩序は保たれている。



だが、スリや盗みなどはバレない限り捕まらないし騒ぎにもならない。荷車なんて目立つものを放置したら最後。荷車ごと盗まれそうだ。



それでも効率化を図りたい俺は、配達効率に直結するマジックバックの存在をバルデルさんに打ち明けるべきかどうか悩んでいた。だが、俺には相談できる相手が限られている。信頼できるのは、この配達所を仕切る頼れる上司、バルデルさんしかいない。



意を決して声をかけた。



「バルデルさん、少しだけお時間いただけませんか?」



「ん?どうしたんだ、ノボル?」



一瞬怪訝な顔をされたが、バルデルさんはすぐに了承してくれた。



「わかった。他の奴らの配送手配を終わらせてからな」



そう言いながら、他の配達員たちに荷物を割り振り、仕事の段取りをつけていく。いつもの的確で迅速な仕事ぶりだ。10分ほどで作業が終わると、俺はバルデルさんに奥の作業部屋へと案内された。



「で、どうした?・・・まさか辞めるとか言わねぇよな?」



その言葉に、バルデルさんが少し悲しそうな顔をするのを見て、思わず慌てて手を振った。



「いえ、そんなことはありません!ただ、驚かないで聞いてください」



俺は慎重に、マジックバックをバルデルさんへ見せた。



「絶対に内緒にしてくださいね」



そう言ってマジックバックを見せると、バルデルさんの目が大きく見開かれる。しばらく真剣な表情でそれを眺め、中身を確認する。



「お前、本当に才能があったんだな」



「え、才能ですか?」



俺が配達の才能?一体どういうことだ?



「お前の日々の成長ぶりを見て、なんとなく感じてはいた。効率がどんどん上がるし、受け取る人からの評判もすこぶるいい。正直異常な速さだと思っていたんだよ」



バルデルさんは話を続ける。



「たまにいるんだよ、自分の才能と仕事が一致したやつがな。俺も一人だけ知ってる。あいつは俺たちみたいに配達をやっていて、ある日『天から鞄が降ってきた』と言った。それがマジックバックだ。それから奴は覚醒したように仕事の能率が上がり、評判を上げ、今ではこの街の配達局の局長だ」



バルデルさんの話を聞きながら、俺は頭の中で情報を整理する。



どうやらこの世界では、生まれながらにして仕事ごとの才能を持つ人間がいるらしい。その才能が開花すると、俺のようにスキルや特殊能力を手にする。つまり、この世界の人々は運命的に割り振られた仕事を極めることで力を得る仕組みだ。



一方で俺の場合、才能を自由に選べるだけでなく、スキルを好きなタイミングで解放できる。いいねポイントという条件付きではあるが、それを活用することで自由度が高い成長が可能だ。


完全にチート能力である。



「お前が俺を信頼して話してくれたのはわかる。だが、この才能の話は絶対に他人にはするなよ。商人なんて手が出るほど欲しがるだろうし、あくどい連中に目をつけられたら厄介だ」



「はい、肝に銘じます」



確かに、この能力を悪い奴に知られたら、誘拐や脅迫の対象になる可能性が高い。バルデルさんの忠告に感謝しつつ、俺は深く頭を下げた。



「で、どうする?そのバッグがあれば他の仕事でも稼げるぞ」



「いえ、この仕事を辞めるつもりはありません。俺、この仕事が好きなんです」



俺がそう答えると、バルデルさんは一瞬驚いた表情を浮かべた後、厳つい顔に満面の笑みを浮かべた。



「そうか。ありがとうよ、ノボル。これからも頼んだぞ!」



ログ:いいねポイントを獲得しました。増加+1いいね



おお、いいねポイントゲットだ。でもそれは一旦置いておこう。



「で、相談があるんですが」



「ああ、荷物をまとめたいんだろ?」



さすがはバルデルさん、すでに俺の意図を察していた。



「これからはお前の荷物は最後にしておく。みんなが出発した後、この部屋で荷物を詰めていけ。他の奴に見られないようにな」



こうして、俺の仕事効率はさらに上がることが決まった。頼れる上司と、この世界のルールを少しずつ理解しながら、俺の配達ライフは新たな段階に進む。





正直、マジックバックの効果を舐めていた。ここまで仕事の効率が変わるものなのかと、自分でも驚いている。今までは荷物を届けるたびに配達所へ戻り、次の荷物を受け取る必要があった。それがマジックバックのおかげである程度の荷物を持ち運べるようになり、無駄な移動時間が少なくなった。それでも5,6回は配達所に戻っているのだが。



結果として、昼休憩前には今日の仕事を終えてしまった。



今日の配達件数は43件。得たいいねポイントは38ポイント。純利益は銅貨100枚。これまで夕方ギリギリまでかかっていた量を、たった半日でこなしてしまったのだ。



「これは本当に凄いな」



一人で呟きながら、俺は配達所へと戻る。さっそくバルデルさんに報告しよう。



「バルデルさん。戻りました!」



扉を開けて声をかけると、バルデルさんは目を丸くして驚いた表情を見せた。だが、次の瞬間にはその表情がニヤリとした笑みに変わる。



「流石に早いな」



「ええ、自分でも驚いています。ここまで効率が変わるとは思いませんでした」



バルデルさんは腕を組んで満足げに頷いている。



俺はそこからバルデルさんと軽く雑談を交わしたあと、追加の依頼がないかを確認する。今日は追加はないそうなので本日はこれにて終了となる。



「よし、今日はこれでお前の仕事は終了だ。あとはゆっくり休め」



「ありがとうございます。お疲れ様です!」



俺は深く一礼して配達所を後にした。



配達所を出た後、俺はそのまま冒険者ギルドへ向かうことにした。



ギルドの扉を押し開けると、受付にいるユフィさんが俺を見て驚いた表情を浮かべた。



「ノボルさん、今日は随分早いんですね。いつもなら夕方くらいにいらっしゃるのに」



「ああ、慣れですかね?」



冗談めかしてそう答えると、ユフィさんはクスリと笑った。



「慣れでここまで早くなるんですか?」



彼女の言葉を笑顔で誤魔化しつつ、俺は依頼の精算を行った。それと今日はお金の引き出しもお願いした。



「大銀貨5枚分をお願いできますか?」



ユフィさんは手際よく帳簿を確認し、保管庫から俺の預けたお金を取り出してくれた。



「はい、大銀貨5枚です。何か買うんですか?」



「パンをいっぱい」



「パンをいっぱい?」


ユフィさんは不思議な顔をしていたが、とりあえず意味深な笑みを浮かべておく。特に意味はない。



俺はユフィさんに礼を言いお金を手にギルドを後にした。



俺は雑貨屋に向かった。目的は、より効率よくパンを運ぶための道具だ。購入したのはかなり大きめの背負い籠。見た目は頑丈で、容量もたっぷりありそうだ。



「大銅貨2枚か。結構したなあ」



そう言いながら籠を背負い試してみる。竹みたいなものを編んだ形だが、思いのほかしっかりしていた。


次はパン屋巡りだ。



街のパン屋を回りながら、固い黒パンをどんどん買い込んでいく。一つ銅貨1枚で買えるパンを、籠にぎっしり詰め込んだ。その数70個。パンだけで籠がいっぱいになった、これで十分だろう。



さらに肉串を10本購入して、次に向かったのはロウさんのところだ。



「ロウさーん。いますかー?」



「お。ノボルか?なんだその恰好。パンの売り歩きか?」



ロウさんはいつも通りの朗らかな笑みで出迎えてくれる。



「いや、差し入れですよ。お世話になりましたし」



そう言って、俺は肉串と黒パンを5つ手渡した。



「いいのか?」



「もちろんですよ。ロウさんは俺の命の恩人ですからね」



ロウさんの笑顔に、こちらも自然と笑顔になる。こういうやり取りが、なんだか心地いい。



「入ってくか?」



「いえ。今日は持ってきただけですので。まだ行くところがあるんですよ」



「そうか」



差し入れを渡して目的を果たした俺は、軽く礼を言って詰め所を後にした。今日はまだ行かなければならない場所がある。



次に向かったのはスラム街。何度か配達で訪れたことがあるので、迷うこともない。籠いっぱいのパンを背負い、足を踏み入れると案の定物乞いの子供たちがすぐに群がってきた。目を輝かせてこちらを見上げる子供たちを前に、俺は籠から黒パンを取り出して渡していく。



ただし、一つだけ条件を付けた。



「感謝の言葉を言えない子には渡さない」



これは完全に『偽善』というやつだろう。でも、それでもいい。やらない善よりやる偽善だ。



俺は稼いだお金でパンを買い、子供たちはその対価としていいねポイントを俺に与える。これを思いついた時、少しだけ葛藤もあったが正直だれも不幸にならないと思ったので決行した。



「おじさん、ありがとう!!」



無邪気な笑顔とともに飛び出した言葉が、俺の心を満たす。おじさんと呼ばれたのには少し引っかかったが、それを顔に出さず、笑顔で応えた。



黒パン65個はあっという間になくなった。最後に渡せなかった子供もいたが、その子にはまた来るからと言っておいた。



少しだけ心が痛んだが、それでも満足感は大きかった。



宿に戻り、背負い籠を置いて体を水で拭く。スラムでのパン配りの結果は、全回収で65いいね。今日の配達での38いいねと合わせると103いいねポイント。昨日の残り4いいねを足して、合計107いいねとなった。



今回のスキル選択はこうだ。



【改良マジックバック】(パッシブ/25ポイント)


「簡易マジックバック」をアップグレード。容量が2倍になり、重量が完全に無視される。さらに、中の荷物が破損しにくくなる。



【万能マジックバック】(パッシブ/50ポイント)

「改良マジックバック」をさらに強化。容量は実質無限になり、中の荷物がどんな衝撃を受けても破損しない。



【軽やかな足取り】(パッシブ/5ポイント)

移動速度が向上する(敏捷+3)。



【疲労軽減術】(パッシブ/20ポイント)

日常的な動作による疲労をさらに軽減(耐久+5)。



マジックバック関連のスキルはよりポイントの低いスキルを解放しないとスキル習得のボタンが表示されなかったのでそういう仕様なんだろう。


これで100ポイントを消費し、残りは7ポイント。マジックバックはついに完全体となり、容量表示が消えた。明日からすべての荷物を一度に持ち運べるようになり、作業効率はさらに向上するだろう。



【現在のステータス】



名前:天川 昇


種族:人間


職業:配達員


レベル:20


次のLVアップまで:いいねポイント41



HP:30 / 30


MP:15 / 15


力:10


知力:10


敏捷:39(+3)


耐久:38(+5)


器用:10


運:10



いいねポイント:7



スキル:



【簡易マジックバック】


【荷物整理術】


【改良マジックバック】


【万能マジックバック】


【軽やかな足取り】


【疲労軽減術】



俺は満足感に浸りながら、布団に横になった。今日も一歩成長できた。これからが楽しみだ。

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