師走に夢は走りだす

藤原くう

師走に夢は走りだす

 2003年頃の冬。


 私は両親に連れられて『競馬場』へ歩いていた。


 ……といっても、その時の私がそう思い込んでいただけで、実際は場外販売所WINS


 その場外は西洋チックで、遠くにそびえる時計塔に負けないほどに立派だった。そんな建物に人々が吸いこまれていく。

 

 みんなが吐く息は、期待と興奮こうふんに色づいていた。


 その日、だれもが夢を抱いていた。


 一年に一度の祭典。


 いつもと違う。そう感じた。


 異国のような建物の中へと入ると、むわんとした熱気が包み込む。暖房か、それとも人々の熱気だったのか、今じゃわからない。


 でも、すごく熱かった。


 父は、カードのようなものを持ってどこかへいった。競馬新聞を買うほどの熱量を持っていたのは父だけだ。母はあきれたような顔をしていたけれども、ここじゃ父みたいな人の方が多い。


 テーブルに向き直る人々。緑色のペンシル――ペグシルという名前であると後から知った――で、紙に印をつける彼らの顔は真剣そのもの。


 私は母につれられ、正面スクリーンへ向かった。


 幼い頃の記憶だから自信はないが、そこにはシートがあってスクリーンに映しだされた映像を見られたんだと思う。


 その映像は、200キロ先のホンモノの競馬場から送られてきているもの。


 私は釘付けになった。


 ヒトを乗せて走る、13(あるいは12)頭の生き物に。


 凍えるような寒さの中でツヤツヤに輝いていたからだ、武者震いのように震える筋肉質の肉体に。


 見とれていたら、あっという間に、その時はやってきた。

 

 ファンファーレ。


 ゲートに入っていく馬たち。


 その時の緊張感っていったら! 現場じゃないのに、みんな息を飲んでいるんだ。異様な空気に、私もソワソワしていた。


 出走のときを、息をひそめてじっと待っていた。


 赤い旗がおりる。


 パッとゲートが開く。


 馬たちが緑の海へ飛びだした。芝を蹴りとばしながら13頭の馬たちが内側に集まって、列をなす。


 カーブを曲がり、ホームストレッチを通りすぎる馬群へ、声援が降りそそぐ。


 私は、スクリーン越しにそれを見ていた。


 カーブを過ぎて、バックストレート、そして再びのカーブ。


 数分にも満たないはずなのに長かった。


 ついに決着がつくんだ。


 馬たちが第4コーナーを曲がる。


 一列になっていた群れが広がって、さあ直線。


 声援が吹きすさぶ中、1頭が突きぬける。


 2500mの芝を駆けぬけ、栄光を手にした馬の名は――。




 今年もまた、1つの夢が叶った。


 64年ぶりの夢。


 強豪ひしめく15頭の頂点に立ったのは3歳の女王だった。




 来年はどんな夢を見せてくれるのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

師走に夢は走りだす 藤原くう @erevestakiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画