クスクス型ロボット
敷知遠江守
未来のロボット
ある日、家に帰ったら一体のロボットがいた。
名前は
どっからどうみても怪しい。そもそも見た目からして青い猫型ロボットのような可愛さが無い。まるでナマケモノのそれ。そのナマケモノっぽいロボットが日本語を話しているのだ。
「で、楠千代は何ができるの? 最先端のロボットっていうからには、何か凄い事ができるんでしょ?」
楠千代は待ってましたとばかりに口元を歪めた。こたつの上に置いてあった煎餅を勝手にぼりぼりと食べ始め、お腹に付いている袋を指差した。
「ここには二三世紀の未来から、特に役立ちそうな道具を入れて持ってきたんだ。二三世紀の未来だよ!」
『二三世紀の未来だよ』と言われても、それがどれだけ凄いのかいまいちわからない。とりあえずその二三世紀の未来の事を聞いてみる事にした。ところがこのナマケモノ……もといクスクス型ロボットは、未来については一切話す事ができないと言いやがった。未来について話すのは法律に抵触するのだそうだ。
……だったらこいつがここにいるのは問題無いのだろうか?
「わかった。じゃあ、何かその道具とやらを出してくれよ。何でもいいからさ」
正直ちょっと面倒になっていた。そんな雰囲気を感じたのだろう。楠千代はキョロキョロと周囲を見渡して、これが良いと言ってお盆のようなものを取り出した。
「自走式掃除機! これはね、こうして床に置いておくだけで、勝手に掃除をしてくれるんだよ。特筆すべきはこの薄さ! この薄さによって、狭い隙間にも入る事ができるようになったんだよ!」
二三世紀の未来ってその程度なの? それが正直な感想であった。しかもあからさまに聞いたことがある吸引の音がしてるし。いや、ほら、もっと他にあるだろ。空を飛べるようになるやつとか、ドア開けたら一瞬で別のとこに行けるやつとか。
「空を飛べるものは何度か実用化はされているけど、道路交通法の関係で中々許可されないんだよね。ワープの道具は実用化されているんだけど、小型のものはとにかく事故が多くてね。大型ならそれなりに安全なんだけど航空産業の抵抗が激しくて、全然認可されないんだよね」
……二三世紀になっても、まだそんな事やってるのか。むしろそっちの方が驚きなんだけど。
「そんな業界がどうのとかって言ってるのにタイムマシンは大丈夫なんだな。それはそれで驚きだよ」
楠千代の話によると、人がタイムマシンに乗るのはまだ許可されていないらしい。人が乗るにはまだ人体への影響が大きすぎて、最悪の場合肉片となって飛び散ってしまう。だからロボットである自分たちしか乗る事ができないのだそうだ。それに仮に見つかったとしてもリアルな動物型のロボットであれば不自然じゃないだろうと。
「いや、クスクスがここにいるのはもの凄い不自然だぞ? クスクスって南半球にしかいないし、日本にいるとしたらそれは動物園だけだぞ」
俺の指摘にそんな馬鹿なと言って楠千代は目を見開いて驚いた。クスクスは日本では一般的なペットのはずなのにと。時代考証が甘かったと悔しがっている。
結局楠千代は外に出る事もままならず、うちに居つく事になってしまった。
その後もいくつか二三世紀の未来の道具とやらを見せてもらったのだが、どれもこれも使うことができないか、すでに存在している類いのものばかりであった。
未来のゲーム機だといって取り出したものはゲームが入っておらず、ダウンロードは通信のプロトコルが違ってて利用不可。未来の携帯電話も相手をホログラムで見ながら会話ができるという事だったが、もちろん通信の設備が無くこれも使用不可。
こうなってくると、もはやこいつのポケットだけが二三世紀の未来の技術という感じがしてしまう。
ただ一つだけ使える代物があった。結婚をする若者が極端に減って、男女の研究を熱心に行っていた時期がある。その際、体臭である程度好みの異性を見つけられるというマッチングツールが開発された。その後ツールは何度も大きく改修を受けながら二三世紀の未来でも使用され続けているという説明であった。
見た目はハート型の板チョコ。そこに小さなボタンが付いている。そのボタンを押すと手の汗からDNA情報を読み取って、近くにいる異性との相性を探ってくれるという代物であった。
大昔は自分と合う相手しか探せなかったが、その後改良を重ねた事で相思相愛になれる相手を探し出せるようになったのだとか。
試しに会社で起動させてみると一人の女性が抽出された。隣の部署の非常に地味な女性である。これまでその女性とはまともに話すらした事が無い。どんな声なのかすら知らない。
ただ相思相愛になれると言われると、何となく意識してしまうもので。それからというもの何度か社内のイベントで一緒になった。その都度色々と会話を重ねていった。
年齢は三つ下。二人姉妹の妹。実家は山形。そんな感じに色々とお互い情報を交換するうちに、気が付いたらデートをするようになっていた。
恐るべし、二三世紀のマッチング技術。
「なあ楠千代。今度のクリスマス、ホワイトクリスマスにできないかな?」
年の瀬も迫ったある日、駄目で元々と思って聞いてみた。案の定楠千代の答えは、天候を個人の希望で無理やり変えるのは自然法で許可されていないというものであった。聞いてみただけだからと言う俺を、楠千代は申し訳なさそうな顔でじっと見つめていた。その表情はどこか寂しそうであった。
こうしてクリスマスイブを迎えた。
天気予報では穏やかな日になるだろうという事であった。少し底冷えするものの確かに穏やかな日差し。彼女と二人、イルミネーションに彩られた水族館へと向かった。水槽にはクリスマスツリーやクリスマスリーフの飾りが施されていて何とも特別感がある。その後夕飯を食べ、今度は映画館で映画を見る事に。
映画を見終え外に出た時であった。空から白いものが舞い降りてきた。わあ、雪だと無邪気にはしゃぐ彼女。そんな彼女とは反対にそんな馬鹿なと空を見上げる俺。天気アプリで確認すると、三十分ほど前から突然局地的に雪雲が発生したとの事であった。
楠千代がやってくれたに違いない。そう思ったら何とも嬉しい気持ちが込み上げてくる。役立たず、ポンコツ、そんな風に罵った事もあったけれど、やっぱり頼りになる奴だったんだ。帰ったらちゃんと御礼を言わないと。
翌日家に帰ると、もう楠千代はいなかった。代わりに、こたつの上に一通の手紙が置いてあった。
”未来に帰る事にしました。今日までありがとう。二人で過ごした日々楽しかったです。彼女さんと末永くお幸せに”
クスクス型ロボット 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu
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