【ノスタルジー系アニメ青春恋愛短編小説】ブラウン管の向こう側~幼馴染と、アニメと、わたし~(約9,400字)

藍埜佑(あいのたすく)

【ノスタルジー系アニメ青春恋愛短編小説】ブラウン管の向こう側~幼馴染と、アニメと、わたし~(約9,400字)


●第1章:動く絵の魔法~モノクロの放課後~(1970-1972)


 昭和45年の春、東京都内の古い住宅街。二階建ての平屋が並ぶ通りで、佐藤優一は隣に住む山田明子の家のテレビの前に座っていた。白黒の画面には、女子バレーボール選手の姿が映し出されている。テレビの中の少女は、跳躍してスパイクを放とうとしていた。


「すごい! こずえちゃん、飛んでる!」


 明子が目を輝かせながら叫ぶ。『アタックNo.1』の主人公、鮎原こずえの活躍シーンだ。優一はそれを横目で見ながら、少し困ったような表情を浮かべた。


「僕は……明日のジョーの方が好きだな」


 そう呟いた優一に、明子は不満そうな顔を向けた。


「ジョーは怖いよ。いつも血を流してるし」


「でも、強いんだ。あきらめない」


 優一は真剣な表情で答えた。まだ5歳の二人には、それが「アニメ」という文化の始まりだとは知る由もなかった。ただ、動く絵に心を奪われる子供だった。


 その年、テレビでは『魔法使いサリー』も放送されていた。明子はサリーのように魔法が使えたらいいのにと夢見たが、優一は『仮面ライダー』の方に夢中になっていた。平和な日常の中で、二人はそれぞれ好みの作品を見つけ始めていた。


 秋になると、近所の子供たちも加わってテレビの前は賑やかになった。『ルパン三世』が始まると、みんなで「次はどんな宝物を盗むんだろう?」と想像を膨らませた。


 昭和46年、二人は幼稚園の年長組になった。テレビでは『アンデルセン物語』が始まり、明子は毎週楽しみにしていた。一方の優一は『怪物くん』の方が面白いと主張し、時々二人で言い争いになった。


「怪物くんは怖いんだもん!」


「怖くないよ。優しいんだ」


 そんな会話を繰り返しながらも、二人は毎日のようにテレビの前で過ごした。


 昭和47年、いよいよ小学校入学。その年は二人の生活に大きな変化が訪れた。優一の家にカラーテレビが入ったのだ。


「すごい! 本当にカラーだ!」


 明子は目を丸くして新しいテレビを見つめた。その春から始まった『マジンガーZ』は、鮮やかな色彩で描かれたロボットアニメだった。


「ロケットパーンチ!」


 優一は興奮した声を上げながら、マジンガーZのように腕を突き出す。近所の男の子たちも集まってきて、優一の家は放課後の子供たちの集会所となった。


「女の子は帰れよー!」


 ある日、見知らぬ男の子がそう言って明子を追い出そうとした。明子は泣きそうな顔で立ち上がる。


「明子は特別なんだ!」


 優一がきっぱりと言い切った。その声には珍しく強い意志が込められていた。他の男の子たちも渋々と認めざるを得なかった。


 明子は嬉しそうに優一の隣に座り直す。画面では『科学忍者隊ガッチャマン』が始まっていた。鮮やかな色彩で描かれた戦闘シーンに、子供たちは息を呑んで見入った。


「デビルマンも面白いよね」


 優一がそう言うと、明子は少し怖そうな顔をした。しかし、優一と一緒なら平気だと思った。二人の友情は、様々なアニメを通じて少しずつ深まっていった。


●第2章:虹色の冒険(1973-1975)


 昭和48年、小学校2年生になった優一と明子の前に、新しいキャラクターが現れた。猫型ロボット、ドラえもん。放送が始まってすぐに、クラスの中で人気者になった。


「のび太くんって、ちょっと優一に似てない?」


 明子がからかうように言うと、優一は慌てて否定した。


「似てないよ! 僕はもっと……」


 言葉の続きが出てこない。確かに、勉強は得意な方ではなかった。昼寝も好きだ。そう思うとぐうの音も出なかった。


 その年は『荒野の少年イサム』も始まった。西部開拓時代を舞台にした物語に、優一は心を奪われた。明子は『科学忍者隊ガッチャマン』の続編に夢中になっていた。


 昭和49年の春、明子の家の前で二人は立ち止まっていた。


「ハイジが始まるんだって」


 明子が嬉しそうに言う。『アルプスの少女ハイジ』の放送が始まったのだ。


「僕は『グレートマジンガー』の方がいいな」


 優一はそう言ったものの、結局二人で見ることになった。アルプスの雄大な自然を背景に、ハイジが駆け回る。その世界に二人とも引き込まれていった。


「ハイジって、私たちと同い年なんだね」


 明子がそうつぶやくと、優一は少し照れくさそうに頷いた。同じ8歳という年齢が、物語をより身近に感じさせた。


 秋になると、『宇宙戦艦ヤマト』が始まった。地球の危機を救うため、ヤマトは未知の星イスカンダルを目指す。


「宇宙ってこんなに広いんだね」


 優一は星々が瞬く宇宙空間に魅了された。明子も、森雪という女性クルーの活躍に心を躍らせた。


 昭和50年、『タイムボカン』のギャグに二人で笑い転げた。そして『フランダースの犬』では、ネロとパトラッシュの温かい友情に涙した。


「ネロが絵を描くの、すごくうまいよね」


 明子はそう言いながら、自分のスケッチブックを開いた。最近、絵を描くことに興味を持ち始めていた。


「『アラビアンナイトシンドバッドの冒険』みたいな、不思議な世界も描いてみたいな」


 優一は明子のスケッチブックを覗き込んだ。まだ稚拙な線画だが、そこには確かな情熱が感じられた。


「僕も描いてみようかな」


 そう言って優一も絵を描き始めた。二人の絵には、見てきたアニメの影響が色濃く表れていた。


●第3章:ブラウン管の向こう側(1976-1978)


 昭和51年、小学5年生になった二人の前に、新しいヒロインが現れた。『キャンディ・キャンディ』の放送が始まったのだ。


「キャンディって、強い子だよね」


 明子はキャンディに共感していた。孤児院で育ち、様々な困難に立ち向かうキャンディの姿に、自分の将来を重ねているようだった。


「『UFOロボ グレンダイザー』の方が面白いよ」


 優一はまだロボットアニメに夢中だった。デューク・フリードの活躍に、少年らしい憧れを抱いていた。


 昭和52年、卒業を控えた春。二人は違う中学に進学することが決まった。


「土曜日は一緒にアニメ見ようね!」


 明子がそう言うと、優一は「ああ」と短く答えた。その年、テレビでは『ガンバの冒険』が始まっていた。小さな野ネズミの大冒険に、二人は自分たちの未来を重ねていた。


「『一休さん』って賢いよね。私も勉強頑張らなきゃ」


 明子は受験勉強に励んでいた。優一も『ヤッターマン』を見ながら、自分の夢について考えるようになっていた。


 『無敵超人ザンボット3』では、主人公が両親を失うシーンに衝撃を受けた。アニメはもう単なる子供向けの娯楽ではなくなっていた。


 昭和53年、中学生になった二人を夢中にさせたのは『銀河鉄道999』だった。星野鉄郎とメーテルの旅は、思春期特有の憧れと不安を刺激した。


「メーテルって、きれいだよね……」


 優一のその言葉に、明子は切ない気持ちになった。女性として意識し始めた自分の体の変化を、メーテルの完璧な姿と比べてしまう。メーテルに敵うわけないとわかっていても、やはりどうしても考えてしまった。


 『宇宙戦艦ヤマトII』も始まり、優一はさらにSFアニメに傾倒していった。一方、明子は宮崎駿監督の『未来少年コナン』に心を奪われた。


「コナンとラナの関係って、私たちに似てるかも」


 そう言って笑う明子に、優一は何も答えられなかった。『キャプテンハーロック』で描かれる自由と孤独について、二人はよく語り合った。しかし、その会話の中にも、どこか距離感が生まれ始めていた。


●第4章:新しい風~変革の序曲~(1979-1981)


 昭和54年4月、『機動戦士ガンダム』の放送が始まった時、優一は一人で見ていた。日曜の朝、両親が出かけた後のリビングで、誰にも邪魔されずにテレビの前に座る。それは彼の大切な時間だった。


「これ、すごく面白いよ!」


 土曜日、明子と会った時に熱心に話すものの、彼女の反応は今ひとつだった。


「ロボットアニメでしょう? 私には難しそう……」


 街で見かけるガンプラの広告も、まだそれほど目立つものではなかった。


 夏休みが終わる頃、変化は突然やってきた。


「おい、佐藤! お前、ガンダム見てるだろう?」


 体育の後、汗を拭いながら教室に戻る途中、クラスで野球部のエースを務める浜田が声をかけてきた。普段はアニメなど見向きもしない彼が、珍しく真剣な表情をしていた。


「え? ああ、見てるよ」


「シャアってやつ、かっこいいよな!」


 優一は目を丸くした。浜田の後ろには、他の野球部員たちも集まってきている。


「お前ら、シャアの何が分かるんだよ。アムロこそ主人公だろ!」


 サッカー部の田中も会話に加わってきた。休み時間、教室は突然アニメの話題で持ちきりになった。


 その日の放課後、明子の学校に立ち寄った優一は、さらに驚くことになる。


「優一! 大変なの!」


 明子が駆け寄ってくる。


「どうしたの?」


「クラスの女子たちが、アムロとシャアのどっちがいいかって大げんかしてるの!」


 明子の口調には困惑が混じっていた。


「私、前から見てたって言えなくて……」


 彼女の言葉に、優一は思わず吹き出した。確かに、数ヶ月前まで見向きもしなかった級友たちが、突然熱狂的なファンになっている様子は不思議だった。


 秋になると、駄菓子屋の店先にガンプラが並ぶようになった。休み時間になると、男子たちは自慢のプラモデルの話で盛り上がる。女子たちは、アムロやシャアの人物像について深刻な議論を始めた。


「なんか、私たちの知ってたアニメと違う感じがしない?」


 ある日、明子がそうつぶやいた。下校途中、二人は新しくできたホビーショップの前で立ち止まっていた。ショーウィンドウには、大きなガンダムのプラモデルが飾られている。


「うん。なんていうか……みんなが自分の解釈を持ってるんだ」


 優一も考え込むように答えた。『宇宙戦艦ヤマト』の時とは明らかに違う。ガンダムは単なるアニメを超えて、何か新しい現象になりつつあった。


 年末に向けて、ブームはさらに加速した。街頭のテレビでは再放送が始まり、本屋には関連書籍が並ぶ。学校では、アニメを見ない生徒の方が珍しくなっていた。


「ねえ、優一」


 クリスマス前の夕方、二人はまた例のホビーショップの前にいた。


「なに?」


「私たち、最初から見てたの、秘密にしておこうか」


 明子は少し照れくさそうに笑った。その表情に、優一は懐かしい感覚を覚えた。幼い頃、二人でテレビを見ていた頃の空気が、ふと蘇ってきたような気がした。


「そうだな。俺たちだけの秘密にしておこう」


 街には『機動戦士ガンダム』のポスターがあふれ、誰もが作品について語り合っている。その中で、二人は小さな秘密を共有することにした。それは、アニメというものを、ずっと大切に見続けてきた者たちの、密やかな誇りのようなものだった。


 その年は新しい『ドラえもん』も始まった。子供の頃に見ていた作品が、新しい形で帰ってきた。『サイボーグ009』も再放送され、懐かしさと新鮮さが入り混じる一年となった。


 昭和55年、『太陽の使者 鉄人28号』と『鉄腕アトム』も新しいバージョンで放送開始。優一は昔の作品と比較しながら見るようになっていた。


「『あしたのジョー2』って、前作より重いテーマになってるよね」


 矢吹丈の生き様に、思春期の二人は強く心を揺さぶられた。


 『伝説巨神イデオン』は、これまでのロボットアニメとは違う深いテーマ性を持っていた。『Xボンバー』では、特撮とアニメの境界線が曖昧になっていることを感じた。


 昭和56年、高校生になった二人。『Dr.スランプ アラレちゃん』のギャグに笑いながらも、『うる星やつら』のラムに、明子は女性としての憧れを感じていた。


「ラムちゃんみたいに積極的になれたらいいのに……だっちゃ」


 その言葉の意味を、優一は理解していたのだろうか。『六神合体ゴッドマーズ』では、人間とロボットの関係性が更に深く描かれるようになっていた。


 アニメは着実に進化を遂げ、二人の心も少しずつ大人に近づいていった。それは期待と不安が入り混じった、微妙な成長の季節だった。


●第5章:変わりゆく世界~抑えきれない胸の鼓動~(1982-1984)


 昭和57年、高校2年生になった優一と明子。アニメ業界に大きな変化が訪れようとしていた。『超時空要塞マクロス』の放送が始まり、アニメーションの新しい可能性が開かれた。


「これまでのSFとは違うね」


 優一は戦闘シーンの流麗な動きに目を奪われていた。特に板野サーカスと言われるミサイルの乱舞シーンには釘付けになった。明子は主人公たちの恋愛模様に心を躍らせた。


「リンとミンメイ、どっちがいいと思う?」


 その質問に、優一は答えに窮した。そんなの選べるわけがない。『戦闘メカ ザブングル』では、リアルなロボットの戦いが描かれ、『スペースアドベンチャーコブラ』では大人向けの世界観が展開された。アニメは確実に変化していた。


 昭和58年、優一は秋葉原に通い始めていた。


「このアニメ雑誌、面白いよ」


昭和58年の秋、優一は学校帰りの明子を駅前の喫茶店に誘った。制服姿の明子が席に着くと、優一は鞄から分厚い雑誌を取り出した。


「これ、面白いんだ」


 そう言って優一が差し出したのは、『アニメック』という見慣れない雑誌だった。表紙には見覚えのあるアニメキャラクターが描かれている。しかし、そのタッチは教科書や児童書で見るような絵とは違っていた。より洗練された、大人っぽい雰囲気を漂わせていた。


「これ、アニメの雑誌なの?」


 明子が不思議そうに手に取ると、優一は嬉しそうに頷いた。


「うん。他にも『アニメージュ』とか『OUT』とか、いろんな雑誌が出てるんだ。『ふぁんろ~ど』っていう同人誌の情報誌もあって……」


 優一の声は興奮を帯びていた。雑誌を開くと、アニメ作品の詳細な設定資料や、制作者へのインタビュー記事が並んでいる。それは明子が想像していた以上に専門的な内容だった。


「こんなに深く掘り下げてるなんて……」


 明子が感心した様子で頁をめくっていると、見慣れない言葉が目に入った。


「オタク? この言葉、最近よく聞くけど……」


 優一は少し照れくさそうに説明を始めた。


「うん。アニメとか、特定の趣味に詳しい人たちのことをそう呼ぶみたいなんだ。秋葉原に行くと、そういう人たちがよく集まってるよ」


 明子は雑誌の頁から顔を上げ、優一をじっと見つめた。彼の目には、これまで見たことのない輝きがあった。


「私も、読んでみていい?」


 その言葉に、優一の表情が明るくなった。


「もちろん! 来週の土曜日、一緒に秋葉原に行かない? 専門店がたくさんあるんだ」


 コーヒーカップの向こうで、明子は微笑んだ。二人の前には、新しい文化の扉が開かれようとしていた。


 その頃優一は『キン肉マン』の熱い展開に興奮しながらも、『装甲騎兵ボトムズ』の暗い世界観に引き込まれる。そして『めぞん一刻』で描かれる大人の恋愛に、二人は妙にドキドキした。


「響子さんって、素敵な大人の女性だよね」


 明子のその言葉に、優一は何か考え込むような表情を浮かべた。『魔法の天使クリィミーマミ』では、アイドルという新しい文化がアニメに取り入れられていた。


 昭和59年、『北斗の拳』の衝撃的な暴力描写に、アニメの表現の幅の広がりを感じた。『重戦機エルガイム』では、複雑な人間ドラマが展開される。『うる星やつら2』の劇場版で、アニメーション表現の新境地を目の当たりにした。


「『ダーティペア』のユリとケイって、カッコいいよね」


 明子は女性キャラクターの新しい魅力に気づいていた。もう、か弱いヒロインばかりではない。強く、自立した女性像がアニメでも描かれるようになっていた。


●第6章:揺れる想い~恋の周波数~(1985-1986)


 昭和60年、高校を卒業し、それぞれ違う大学に進学した優一と明子。『タッチ』の放送が始まり、二人は複雑な心境になった。


「あだち充先生って、青春の機微をすごくよく描くよね。あと女の子が可愛い!」


 明子の言葉に、優一は静かに頷いた。二人の間にも、言葉にできない感情が流れていた。


 『機動戦士Ζガンダム』では、カミーユの成長と苦悩が描かれる。優一はその姿に、自分自身を重ねていた。


「カミーユって、複雑だよね……」


 休日、二人でレンタルビデオ店に通うようになっていた。ビデオデッキの普及で、好きな時に好きなアニメが見られるようになった。


 昭和61年、『ドラゴンボール』の放送が始まった。単純な勧善懲悪を超えた物語展開に、二人は引き込まれていった。


「悟空って、純粋なようで深いところがあるよね」


 優一のその言葉に、明子は意外な一面を見た気がした。『聖闘士星矢』でも、少年たちの成長と友情が描かれる。アニメは着実に深みを増していった。


●第7章:夢の続き(1987-1988)


 昭和62年、大学3年生になった二人。就職活動が始まろうとしていた。『シティーハンター』の冴羽の生き方に、大人の世界を垣間見る。


「冴羽さんみたいに、自分の信念を持って生きたいな」


 優一の言葉に、明子は驚いた。いつの間にか、彼も確かな芯を持つようになっていた。


 『機動戦士ガンダムZZ』では、戦争と平和について考えさせられた。アニメは社会性を帯び始めていた。


 昭和63年、『それいけ!アンパンマン』が始まった。純粋な正義の物語に、懐かしさを感じる。


「子供向けアニメも、大切だよね」


 明子の言葉に、優一は深く頷いた。『となりのトトロ』の公開は、アニメの新しい可能性を示していた。


「ねぇ、『AKIRA』って映画、観に行かない?」


 その誘いが、社会人になる前の思い出として、二人の関係を変えるきっかけとなった。大友克洋の世界に圧倒されながら、暗闇の中で二人の手はそっと重なった。


 『ドラゴンボールZ』では、少年から青年への成長が描かれていた。二人も確実に大人への階段を上っていた。


●第8章:私たちの物語(1989)


 平成元年、大学を卒業した優一は、アニメ関連の出版社に就職が決まった。明子は一般企業に内定をもらっていた。


 『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』のOVAで、アニメの新しい形を見た。『らんま1/2』では、性別の境界すら曖昧になっていく。『魁!!男塾』の熱血さに笑いながら、『きまぐれオレンジ☆ロード』の繊細な恋愛模様に心を揺さぶられる。


 秋葉原の喫茶店で、二人は昔のアニメの話で盛り上がっていた。『魔神英雄伝ワタル』を話題にしながら、これまでの道のりを振り返る。


「結局、私たちってオタクになっちゃったね」


 明子がそう言って笑うと、優一も照れくさそうに頷いた。


「でも、それって悪くないだろ?」


 優一がそう言って、テーブルの上の明子の手に自分の手を重ねた。明子は頬を赤らめながら微笑んだ。


「私たち、アニメと一緒に大人になったんだね」


 窓の外では、新しい時代の幕開けを告げるように桜が舞っていた。二人の前には、まだ見ぬアニメの未来が広がっていた。それは同時に、二人の未来でもあった。


 白黒テレビの前で出会った幼なじみは、アニメという文化とともに成長し、そして恋に落ちた。それは、昭和から平成へと移り変わる日本の物語でもあった。


エピローグ:新しいアニメーションと私達


 平成元年の夏、佐藤優一と山田明子は中野のアパートで同棲を始めることになった。会社員として働き始めた明子と、アニメ雑誌の編集者として奮闘する優一。二人の新生活は、思いがけない形で始まった。


「やっぱり、ここにする?」


 内見の帰り道、明子が優一に尋ねた。築20年の古いアパートは決して新しくはなかったが、二人の給料で何とか払える家賃で、駅からも近かった。


「うん。それに、近所にレンタルビデオ屋があるしね」


 優一の言葉に、明子は笑みを浮かべた。二十四年間、隣同士で過ごしてきた二人。でも、これからは同じ屋根の下で暮らす。その事実に、まだ実感が湧かない。


 引っ越しの日、二人の荷物の大半はビデオテープとアニメ関連の本だった。


「こんなに集めてたんだね」


 明子が段ボール箱を開けながら呟く。中には、幼い頃から大切に保管してきた『アニメック』や『アニメージュ』のバックナンバーが詰まっていた。


「これ、私が描いた絵!」


 雑誌の間から、色あせたスケッチブックが出てきた。小学生の頃、『アルプスの少女ハイジ』に影響を受けて描いた風景画。稚拙な線で描かれた山々と、草原を駆けるハイジらしき少女。


「へえ、上手いじゃないか」


 優一が覗き込むと、明子は恥ずかしそうにスケッチブックを閉じた。


「もう、見ないで!」


 二人で笑い合う。新しい家の中に、懐かしい思い出が広がっていく。


 テレビとビデオデッキを設置すると、さっそく『AKIRA』を観直した。初めてデートらしいデートをした映画。あの時、暗闇の中で触れた手の温もりを、二人は今でも覚えている。


「ねえ、優一」


「ん?」


「私たち、ずっとアニメと一緒に生きてきたよね」


 夕暮れの部屋で、明子は遠い目をしていた。


「そうだな。『アタックNo.1』を観てた頃から……ずっとな」


 優一は明子の肩を抱き寄せた。窓の外では、夏の夕立が始まろうとしていた。


「編集の仕事、大変?」


「ああ。でも、好きなことだから」


 優一は創刊準備中の新しいアニメ雑誌の企画に携わっていた。バブル景気の中、アニメ業界も活気に満ちている。


「私も、会社の後輩たちにアニメの話をするんだ。そしたらね、意外と分かってくれるの」


 明子は一般企業で働きながら、アニメファンとしての自分を隠そうとはしなかった。それは、優一との思い出が作ってくれた自信だった。


「この棚に、ビデオを並べようか」


 二人で家具を組み立てながら、これからの生活について語り合う。来月から連載が始まる『らんま1/2』のことや、噂の新作『ドラゴンボールZ』のこと。アニメは、二人の会話の中心にあり続けていた。


「ああ、そうだ」


 優一が突然立ち上がり、段ボール箱から一本のビデオテープを取り出した。


「これ、コピーしておいたんだ」


 それは、二人が子供の頃に見ていた『マジンガーZ』の録画だった。画質は粗いが、懐かしい映像が流れ出す。


「まだ持ってたの?」


 明子の目が潤んだ。画面の中の声が響く。


「ロケットパーンチ!」


「覚えてる? 僕が真似してた」


「ええ。そして、私を『特別だ』って言ってくれたね」


 二十四年前のあの日。男の子たちの中で、ただ一人の女の子として認められた日。それは、二人の物語の始まりだった。


 夜が更けていく。新しい家の中に、二人の思い出が静かに溶け込んでいった。本棚には、『宇宙戦艦ヤマト』から『機動戦士ガンダム』まで、青春の記録が並ぶ。机の上には、優一が作っている新雑誌の企画書。その横には、明子が描きためている絵のスケッチブック。


「明日は何を観る?」


 布団を敷きながら、明子が尋ねた。


「そうだな……『めぞん一刻』でも観るか」


「いいね。五代くんと響子さんみたいに、私たちも上手くやっていけるかな」


「大丈夫さ。僕たちには、二十四年分の思い出があるんだから」


 雨上がりの夜空に、星が瞬き始めていた。窓の外の街並みは、『AKIRA』の世界のようにネオンが煌めいている。でも、この部屋の中は、『となりのトトロ』のように温かい。


 二人の新しい物語は、まだ始まったばかり。テレビの前で育った幼なじみは、今、現実の中で愛を育んでいく。それは、アニメという文化と共に歩んできた昭和の記憶と、これから築いていく平成の夢が交差する物語。優一と明子の物語は、まだまだ続いていく。


(了)

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