無謬時代で学ぶ失敗方法

ししおういちか

確実に生きて死ぬという現実逃避

 十歳。先生が挙手を求めないのが、私は気に入らなかった。


『好きな人同士、挙手して下さい』


 どこにそんなことを聞く教師がいるか、と思うだろう。


 でも、道徳の授業では言っていたのだ。男女は平等で、生まれた国や肌の色で不幸になってはいけないのだと。全員に幸せな家族を作る権利があるのだ、と。


 外面というのは、腐った裏の顔を隠すためのものである。


 みんな同じではなかった。何故あの子のように、私は頭が良くない? 何故あの子は、私でもすぐ理解できるようなことを何度繰り返しても失敗するのか?


 自他に向けられる比較がストレスになり、私の体内を激しく痛めつける。


 でも、親に聞いても先生に聞いても解決されない。濁すような愛想笑いが食欲さえ掻き消した。


 一七歳、私は道を決める。


 全てにおいて、得意なことに挑む。達成感よりもリスク排除が優先。勉強も部活も恋愛も、恐ろしく慎重になった。


 モヤモヤは消えないけど、ぼんやりと未来が見えるようになった気がする。まだ色はわからない。


 しばらくして。最近よく聞くようになった『情弱』なるものにだけはなるまいと決めた夏休み、また痛みの種が振り撒かれる。


『文化祭が終わった後、別れる人多いらしいよ』


 私は目の奥が不気味に脈打つのを感じた。怒りか嘆きか失望か、自分でもよくわからない。


 小学生だったあの日、人間は常に上と下に分かれていると悟った。だが、こうもあからさまに見せびらかすというのか?


 それはまるで、乞食の前で少し古いお札を投げ捨てるような行為ではないのか。同じ制服に身を包んだ、誰かの心で歯軋りが鳴ったのが聞こえる……。


 ——お金と違って、捨てられた異性に飛びつくことなんてできやしないのに。


 夏休み中のお祭りまでは続くんじゃない、という噂を耳から口内へ送り、奥歯で噛み潰す。


 そんな日々がドロドロと流れていき、誰かが何かを変えてくれないかと願うこと数年。


 ——聞かせてあげるのすら忌々しい!!!!


 指先が、スマートフォンの画面に穴を開けるかと思った。形だけは綺麗な爪が歪に折れ曲がる。


『ねえ、見てよこれ。——凄くない? 登録者一五〇万人も行ってるし』


 あの時、しょうもない文化祭の間だけ幸福を食い尽くした子が、二次元イラストに隠れてだらしなく笑い……


『これどこだろ? 南国っぽいけど。実家お金持ちだったもんねー、あの二人』


 ただただ運に恵まれただけで、幼いツラを産み腐って……見せびらかすことでさらに裕福に!!


 極め付けには、


『そういや〇〇って、卒業した後どうなったか知ってる? 誰か連絡先とか——』


 リア垢で恥ずかしげもなく書き込まれた文章を見て、地獄にくすぶる悪魔を見た気がした。


 ねえ……みんな言ってたじゃない。


 コスパやタイパ重視だって。効率のいい勉強法をみんなで考えて、ちゃんとステータスの一致する相手とマッチングして!! 貯蓄額に見合った少額投資の積立まで考えて、家のローンを計算すれば病気になっても事故になってもどんな不安があっても誰かを頼る必要なんてな


 ……い、ん、じゃ?


 あれ?


 この話を、私は誰にするんだろう。


 初めて間違えた。正解は? どうやってリスクマネジメントする? わからない。誰に教えてもらえるのかも。


 視線が迷子のように、スマートフォンの画面を右往左往する。数分間ずっと。そのうち、人差し指が摩擦でヒリついてきた。


 そして、


『一生孤独が確定してるやつwwwwwwww』


 ああ……文字が全員挙手している。


 一〇歳の時、いや今からでもいい。自虐以外の未来を示して欲しい。許されるのなら……


 誰かが道を教えてくれなければ——安定の道から、無謬の誘惑から私は抜け出せない。


 だって。


 自分のことは自分でやるのが一人前だって、信じてたから。




















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