雪の日の大佐

青切 吉十

雪の日の大佐

 雪の積もった大統領官邸。遠くに銃撃の音を聞いた大佐は、少尉として、この官邸を襲ったクーデターの日のことを思い出した。あの日からすでに三十数年。たしか、クーデターの日も雪がちらついていた。

 大統領の椅子に坐っていた大佐は、ちらりと、つい先日まで、この席に坐っていた男の血痕が染みついている絨毯を見た。いま降っている雪を押しつければ、この血のあとはきれいにおちるであろうかと大佐は何となく思った。


 銃撃の音がはげしくなる中で、大佐個人としてはとくにすることはなかった。その最後の時を別として。

 彼は指を組み、神に祈ったのちに、いままで自らの身に起きたことを追憶した。

 大佐は常に将軍とともにいたので、将軍の顔が何度もちらついた。彼が殺し損ねた友人の顔が。


 ノックの音がしたが、大佐は返事をしなかった。

 しばらくして、大佐を焚きつけた青年将校が、すまなそうに部屋へ入ってきた。

 大佐は優しく、「なんだい」とたずねた。青年将校は答えた。「将軍からの親書です」。

 机のうえにあった老眼鏡を手に取ろうとした大佐はその行為をやめ、「私は疲れている。きみが代わりに読んでくれたまえ」と頼んだ。青年将校はひとつうなづくと、しばしの沈黙のあと、言った。「これまでの功績に免じて、投降するのならば、大佐のお命だけは保証するとのことです」。それに対して大佐は答えた。「そうかい」と。

 目をつぶっている大佐にむかって、青年将校は謝罪の言葉を述べた。「我々の計画が甘く、大佐には……」と。それに対して、大佐は次のように答えた。「将軍は老いたといえ、将軍だったな。見積もりが甘かったということだ。その甘さを、きみたちはきみたちの命で償うことになる。わるいことをしたかな?」

 「いいえ……。それで、どうなさいますか?」と青年将校。

 「いまさら、どうしようもあるまい」と大佐。

 大佐は眼鏡をかけると、長年、愛用していた拳銃を机に上に置いた。

「しかし、将軍も老いたな。私の命を救おうなどと。前は、そのようなことをおっしゃる方ではなかった……。次の反乱は成功するだろう。いや、そのまえに病で亡くなられるか。どっちにしても、きみたちは運がなかったな」

 そう言い終えると、なにか言おうとした青年将校に対して、大佐は手を振り、退出を命じた。


 青年将校が一礼して部屋から出て行くと、中から一発の銃声がした。

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