雪のような恋

秋月一花

雪のような恋

 しんしんと降り積もる雪の中、自分の手に息を吹きかけて暖を取る白銀の髪の女性が、辺りを見渡していた。


 しっかりと防寒してはいるが、寒いものは寒い。


 だが、彼女には寒さに耐えていても、外で待っていたい理由があった。


 ゆっくりと、馬車が近付いてくる。


 降り続いた雪の影響で、馬車の速度は遅い。しかし、着実に近付いてきているのを見て、彼女は自身の胸がトクントクンと高鳴るのを感じていた。


 馬車が動きを止め、扉が開き中から赤髪の青年が出てきた。彼女のことを見つけると、ずんずんと大股で近付き、自身の上着を脱いで彼女に被せる。


「パティ! こんなに寒い中、外で待っていたのですか!?」

「お、お帰りなさい、ランディ。お怪我は……?」

「ありませんよ。こんなに冷えて……風邪をひいたらどうするんですか」


 心配が滲んでいた声だった。


 パティ――パトリシア・ルウェインは、白銀の髪を風になびかせ、紅蓮の瞳を持つ十七歳の少女は、ランディ――ランドール・ウェインライトの婚約者だ。


 肌も白く、まるで人形のようだと言われていた彼女は、別の意味でも人形のようだと言われていた。表情があまりにも動かないのだ。そのことを薄気味悪く思った令嬢たちから、様々な嫌がらせを受けていたが、パトリシアは顔色ひとつ変えずに耐えていた。


 そのことに気付いたランドールが、声を掛けたことで彼女と話すようになった。そう、それはこんなふうに雪がしんしんと降り続いていた日から始まったのだ。だから、パトリシアは雪が好きになった。雪が降ると、ランドールのことを思い出せるから。


「わたくしのことを心配してくださるのね」

「婚約者のことを心配するのは、当たり前のことでしょう。鼻の先が赤くなっていますよ。屋敷に入りましょう――パティ!?」


 ぎゅっとパトリシアがランドールに抱きついた。目を閉じて、まるで彼の鼓動を確かめるように左胸に耳を密着させると、思ったよりも鼓動が早鐘を打っているようで、顔を上げた。


「すごくドキドキしているわ。本当に怪我はないの?」


 不安そうな彼女の言葉に、ランドールは「まったく」と顔を赤らめて、パトリシアの頬を両手で挟み込む。


「オレの鼓動が早鐘を打っているのは、あなたのせいですよ、パティ」

「わたくしの?」

「ええ。こんなに雪が降り続けている中、オレを待っている姿も、怪我がないか心配してくれる優しさもすべて、あなたを愛しく想えるから」


 ランドールの言葉に、パトリシアはかぁ、と頬を赤らめた。白い肌に朱がさし、色香を感じた彼は、そっと顔を近付けた。


 パトリシアは目を閉じる。唇に、ふにっと柔らかい感触があり、彼女はぎゅっとランドールの服を握る。


 唇が離れ、パトリシアは目を開ける。寒さだけではなく、きっと気恥ずかしさからも頬を赤く染めているランドールを見て、胸がきゅんと高鳴るのを感じ、彼女はふわりと微笑んだ。


 雪は、まだしんしんと降り続いている。


 白銀の雪の中、まるでふたりだけの世界のような感覚。


 ランドールの体温を感じて、心の中にぽっと火が灯る。彼が領地の視察に向かうとき、本当は自分も一緒に行きたかった。だが、彼はパトリシアに待っていてほしいと伝えた。


 寒さが厳しい領地だからこそ、彼女には快適な場所で過ごしてほしかった。それに、パトリシアが寒さに弱いことも、知っていたから。


 そんな彼女が、外で待っていてくれた。寒さよりも自分を選んでくれたことに、ランドールはなんとも言えない高揚感を覚えた。


 だが、やはり心配ではある。婚約者としてウェインライト領で過ごすようになったパトリシア。無理をしているのではないかと思っていたが――……彼女の顔を見て、そんなことは吹き飛んでいく。


 パトリシアはいつも、あまり動かない表情の代わりに態度で愛情を表していた。


 ほんのりと赤くなる頬、少しだけ高くなる声、そしてなにより――愛情のこもったまなざし。そのまなざしを受けて、彼女の気持ちを理解できない人はいないだろうとランドールはぎゅっと彼女を抱きしめる。


「屋敷の中で、温かくて甘いココアでも飲みましょう」

「はい、ランディ。……さすがに寒くなってきました」

「……そうでしょうね」


 しんしん、しんしん、雪は降り続ける。


 パトリシアとランドールの恋心のように。


 積もった雪はいつか水になり、地面に浸透して恵みになる。


 自分たちの恋も、ゆっくりと雪のように積もっていき、いつかとけて水のように身体に浸透していくのだろうと考えて、パトリシアはランドールを見上げた。


「視察の感想を教えていただけますか?」

「もちろんです、パティ。あなたが望むなら、なんでも話しますよ」


 目をキラキラと輝かせるパトリシアに、ランドールは愛しそうに目元を細めて彼女の手をぎゅっと握る。


 外でずっと待っていてくれたからか、とても冷たくなっている彼女の手に体温をわけるように、ぎゅっと。


 そのことに気付いてパトリシアはまたひとつ、ランドールの優しさが胸に積もる。しんしん、しんしん、彼への想いを積み重ね、いつか絶対に想いを返そうと決意していた。


 雪のような恋。淡く積もっていく想い。いつかきっと――ランドールだけの自分になる、と。


 そのために、笑顔の練習をがんばろうと心の中でつぶやき、彼の手を握り返した。

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雪のような恋 秋月一花 @akiduki1001

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