第2話 プロローグ その2
大剣を肩に担いだ騎士の一人が、勢いよく空へ飛びあがった。
その跳躍は、林立する
「伏せてっ‼」
叫ぶと同時、ソフィアはソリの上から飛び降りた。瞬間。
天から着弾した威力が、数頭のトナカイもろともソリを木っ端みじんに粉砕した。
降り積もった雪氷と、その下の凍土が一緒に砕けて、あたり一面に降り注ぐ。
そして悲鳴をあげる難民たちに応えるように、着弾地点から飛び出したのは、鈍い鋼の切っ先だった。
無慈悲な暴力の標的は、宣言通り女と子供と老人たち。
強制労働に適さない、体力的な弱者たちである。
わが子を抱きしめた女性がもろともに真っ二つになり、呆然とした祖父の手を引こうとした孫娘が、一緒くたに引き裂かれる。
瞬く間に、噴き出す赤い血が、白い雪の上に散っていく。
そんな地獄を前にして、家族を殺された男たちは、猛然と反撃を開始した。
「クソッタレどもがっ!」
まだ生き残っている妻子たちを森に逃がすため、数人の男たちが息を合わせる。
彼らは素早く、担いでいた猟銃を慣れた手つきで装填し、騎士の一人に狙いを定めて発砲した。
連続する火薬の爆音。
無防備に銃弾を浴びた騎士は、どくどくと血を流してその場に倒れた。
男たちは収まらない怒りを叫びながら、すぐさま再装填した銃を、もう一人の騎士に向けた。
その瞬間だった。
倒れた騎士が、真っ赤な雪の上で、にやりと唇をゆがめた。
「
直後。
騎士の体から流れ出た血液が渦を巻く。瞬く間に硬質化した血潮は、強靭な装甲となって宿主を包む。
そして立ち上がったのは、
呆然とした男たちの前で、騎士は再生し、新生した体で再び大剣を構えた。
これが、彼らの戦闘用装甲形態。
移植された鋼の心臓、最先端錬金術の結晶である〈
鉄血騎士の、真の姿である。
男たちはもう一度、一斉に銃を撃った。
しかし、生み出されたのは小さな火花と金属音だけ。鉄血騎士の装甲は、まるで雨粒のように軽く弾丸をはじいてしまった。
男たちの一人が、震えながら、今更のようにつぶやいた。
「ば、化け物……」
『そうだよ、人間』
あざけるような金属音を響かせると、装甲した騎士は横なぎに大剣を振るう。
装甲により発揮されるのは騎士の
「おい! 何をやってるんだ、この馬鹿!」
男たちが逃がそうとしていた妻子たちを殺し終えた未装甲の騎士が、同僚へ叱責を飛ばした。
「男は殺すなと言ったはずだぞ」
『ああ、悪い悪い。つい……でも、少しぐらい大目に見てくれよ』
悪びれる様子もなく、装甲した騎士は血濡れた剣先で殺したばかりの死体たちを指した。
まだ温かい臓物が、雪の上で惨たらしく湯気を立てている。
ため息のような金属音が、頭部装甲の隙間から漏れた。
『だって人間どもを見てるとよ、とにかく無性にぶっ殺したくなるんだ』
――砕け散ったソリの残骸から辛うじて身を起こしたソフィアは、そんな騎士たちの帝国語のやり取りを聞いて、奥歯を強く嚙んだ。
こんなやつらが、この世にあっていいわけがない。
細い足に力を入れて立ち上がる。逃げなければならない。
少女はカバンを抱き寄せた。まだ、死ぬわけにはいかないのだ。
「おばさん、起きて、一緒に逃げ――」
近くで倒れていた主婦を助け起こそうとして、ソフィアは気付いた。
砕けたソリの木片が、主婦の腹に何本も突き刺さっていた。
これではもう。
「お願い、この、子と……逃げ、て」
主婦は息も絶え絶えに、自分の下に抱えていた息子を差し出した。
ソフィアは涙をこらえて、うなずいた。
それから震える子どもの手を取って、一緒に森へ逃げようとした。その瞬間。
砲弾のように飛来した大剣が、手を取った男児を背後から消し飛ばした。
そして着弾の衝撃波が、ソフィア自身を吹き飛ばす。
口に入った雪を吐き出しながら、少女はふらふらと起き上がった。握ったままだった彼女の右手の中に残されていたのは、小さな手首だけだった。
『逃げるなよ。せっかく俺たちが来てやったんだぞ。だから是非とも死んでいけ、人間』
「っ……‼」
ソフィアは目に涙をためて、そっと男の子だった手首を雪の上に横たえた。
そして、突き刺さった剣を引き抜きゆっくりと近づいてくる、鋼の化け物をにらみつける。
勝ち目など、あるはずがない。
それでも、このまま黙って殺される自分を少女は許せなかった。
だから、コートのポケットから取り出したガラスの小瓶を握りしめ、鉄血騎士に向かって投げつけた。
その小瓶に内容されているのは黒い液状の特殊な可燃性エレメント。ガラスに特殊言語で刻まれた術式(コード)が光を帯びて起動し、外気の酸素を急速に集めて反応させる。
物質の再構築。それが錬金術の基本にして全て。
術によって引き起こされる、周囲の酸素を巻き込んだ強制的な物質再構築。それに従って取り出されたエネルギーとは、大量の熱と光に他ならなかった。
要するに、ガラスの小瓶は騎士の装甲表面に当たると同時に、爆発した。
吹き荒れた熱と衝撃は、騎士の装甲を焼き焦がしながら破壊し、その内部構造にも若干のダメージを与えた、が。
『……驚いたぞ、小娘。お前、錬金術師か』
金属質な声は、あくまで平然としたものだった。同時、爆発により抉られた装甲が急速に再生していく。
鉄血騎士は体内に埋め込まれた〈
彼らは飲まず食わず、休まず眠る必要もない。さらに超人的な身体能力と、通常武器を寄せ付けない装甲を兼ね備える。
だがなによりも救いがたく悪質なのは、そんな表面上の性能ではない。
『どうする。殺すか? 殺していいか?』
「いや、やめておこう。俺も我慢するから我慢しろ。連れていく」
それは、殺意だ。
人間から鉄血騎士へと再構築された彼らは、人間への理由なき殺意を持つ。
だから、彼らには言葉さえ通じない。
ソフィアは震えていた。それは恐怖のせいではなかった。
小さな肩が震えるのは、その瞳から熱い涙が止まらないのは、あまりにもちっぽけで無力な、自分自身への怒りのせいだった。
生身のままの騎士が、そんなソフィアを指して言った。
「あの瞳をよく見ろ……帝国人だ。もしやすると手配中の女かもしれん」
いつの間にか、ソフィアの瞳はくすんだ青色から、鮮やかな碧眼に変わっていた。
それは彼女の生まれつきの色。帝国人種の瞳に特有の色だ。
少女はこの北国に来てからずっと、錬金術で調剤した目薬で色を変えていた。それが涙を流したことで色が落ちたのだ。しかし今は、どうでもいいことだろう。
再び近づいてくる騎士を、少女は強くにらみつけた。
大丈夫、起き上がる時に、雪の下に隠したカバンには気づかれていない。
この中には、鉄血騎士たちを倒すための希望がある。
それを、まだこの国の諦めていない人々に届けたかったけれど、自分はもう無理だ。だからせめて、誰かが見つけてくれることを願おう。
そのために、どんなに望みが薄くとも最後まであがかなくては。
それが、彼らを造り出してしまった男の、たった一人の娘である――。
「私の、責任だから」
ソフィアは小さくつぶやいた。鉄血騎士はもう、少女の目の前に立っていた。
鋼に覆われた頭部装甲の
『あ~~、近くで見るときれいな娘だなぁ』
ふと、騎士の装甲が小刻みに震えはじめた。
それは寒さのせいなどではなく、より邪悪で衝動的な欲求によるものだった。
『やっぱ、ぶっ殺したいなあ! だからやっぱり殺すわ! 死ね』
「おい――」
装甲した騎士が、仲間の制止を無視して大剣を振り下ろす。
それでも、ソフィアは最後まで目を閉じなかった。
――だから、はっきりと見えたのだ。
『何っ⁉』
「――え」
鉄槌のように唸りを上げる大剣を、横合いから弾いた一本の長剣を。
「奇遇だな」
平坦なその声は、間から響いた。
へたり込むソフィアと鉄血騎士とを分け断つように立った、長身の白い軍服姿から。
「僕も殺したい。――お前たちを、一匹残らず」
少女は呆然と、雪を散らして駆け込んで、窮地を救ってくれた少年の背中を見上げた。
まるで、焼け残ったような灰色の髪。
ちらりと見えた横顔は寒風に擦り切れ、その瞳はくすんだ青色をしていた。
「ファーランド王国軍、第16歩兵連隊所属、レヴィス=ヤルヴェンダー中尉だ」
淡々と名乗るその声は、どこか事務的だった。
「覚悟はしなくていい、抵抗も許可する。その上で、僕はこれからお前たちを斬り殺す」
けれど、確かな決意を響かせて。
鋼の化け物に向けて、彼は言ったのだ。
「そういうわけで、短い間だが、よろしく頼む」
銀の少女と剣の少年は、冬の国で鉄血に立ち向かうようです 滝浪酒利 @takinamis
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。銀の少女と剣の少年は、冬の国で鉄血に立ち向かうようですの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます