銀の少女と剣の少年は、冬の国で鉄血に立ち向かうようです
滝浪酒利
第1話 プロローグ その1
これは、さむい冬の国の物語。
つめたい鋼と。
あつい命の物語。
とても小さな国が、滅びを迎えようとしていた。
雪を踏む足音が、
毛皮の防寒着にくるまった老若男女、三十人ばかりの人々と、家財道具を乗せたソリを引く数頭のトナカイが、降りかかる小雪の中を歩いていた。
彼ら彼女らは生まれ育った町を捨てて、数マイル先の港を目指して歩いているのだ。――帝国の侵攻から、逃れるために。
「きゃっ――わぷっ⁉」
そんな難民たちの最後尾付近、遅れがちだった一人の少女がつまずき、顔面から白い雪に突っ込んだ。
「ちょっと、大丈夫かい?」
「す、すみません……どうも、ありがとう」
近くにいた主婦らしき太った女性が、見かねたように少女を助け起こした。ぽんぽんと、ミトンのような大きな手袋をした手が、少女の顔から雪を落とす。
少女の肌は、見る角度によってはややもすれば、雪より白く透き通っていた。茶色い毛皮のフードからのぞく銀髪は、とても現地民とは思えないほどに艶やかだった。
しかし少女の瞳は、他の人々と同じように、くすんだ青い色をしていた。
彼女の名前は、ソフィア。
「雪道に慣れてないのかい? きれいな顔だね、もしかして、お貴族のお嬢様?」
「ええと、まあ、そうなのだけれど……その、今はただの難民だから」
お気遣いなくと、ソフィアは毛皮のコートに残った雪を自分で払った。
それから少女は、小柄な体には不相応に大きな、肩掛けの革カバンを大事そうにかけなおして歩き出す。
しかし、その足取りは生まれたての小鹿のようにふらふらしていた。
どうみても体力の限界だ。やれやれと、主婦はため息をついた。
――結局、ソフィアは病人として、トナカイの曳く家財道具満載のソリの上に一緒に乗せてもらうことになった。
「……ごめんなさい」
「いいってことよ。見てられなかったしね。その代わり、港に着いたらあたしたちに口添え頼むよ」
ソリの横を歩きながら、主婦がソフィアに向けて微笑んだ。
その時、主婦の背後からひょっこりと現れた一人の男の子が、ソフィアをじっと見つめた。
「え、ええと……こんにちは」
「おねーちゃん。体力ないね」
「う、うぐっ……そ、そうね。情けない限りだわ」
「こら、初対面の女の子に失礼だろ。まったくこの子は……」
息子らしき男の子の頭を、主婦はぽかりと小突いた。
男の子はごめんなさいと小さくつぶやいて、それから手袋を外し、コートのポケットをごそごそと、ほどなく小さな包みを取り出した。
「……おねーちゃん、これ、あげる」
それは、飴玉のようだった。
「いいの? ……ありがとう」
ソフィアは男の子の手から飴玉を受け取って、口の中で転がした。
ほのかな甘みがじんわりと、疲れた体にしみる。
「まったく、父親似かね。素直じゃない子だよ」
そう言って、主婦は笑いながら息子の頭をなでた。
「しかし、本当にどうしたものだろうねえ」
どうやら主婦はおしゃべり好きらしく、ほとんどソフィアの返答を聞かないまま、一方的に話し続けた。
一か月前の帝国の突然の侵攻と、帝国軍の主力である化け物たちについての噂。
そして王国軍は負け続き、このまま港から外国へ逃げても、どうなることやら。
ソフィアは主婦の愚痴を黙って聞きながら、辛そうに目を伏せた。
カバンを抱きしめて、本当にごめんなさいと、誰にも聞こえない声で呟いた。
それからしばらく、ようやく主婦のおしゃべりがひと段落を見せたころ。
不意に、勢いを強くした山おろしが、
「止まれ」
雪の森を歩いていた集団の前方に、黒いコートの人影が二つ現れた。
ソフィアは思わず、トナカイのソリから身を乗り出して、人影の正体に目を凝らした。そしてすぐさま、気づけば少女はその場の誰よりも切実に叫んでいた。
「逃げてっ!」
あれは帝国の兵士、いや、そんな生易しい表現は適切ではない。
すべての命の敵。冷たい鋼の化け物。彼らの名は。
「奴らは――鉄血騎士よっ!」
難民たちのリーダー、かつて町長だった男は、両手を挙げたまま雪を踏み、帝国の騎士たちへ近づいた。
「ま、待ってください。降伏します。こっちは戦えないんだ。ただの難民で、女子供もいっぱいいるんです。だからどうか――あふっ」
そして無造作な平手打ち一発で、彼は気絶させられた。
男の体が雪の上に倒れる音。それを合図に二人の騎士は背中の大剣を抜いた。
一人が言った。
「男は殺すな。特に若い男は」
「ああ。わかってる」
「女と子ども、老人は」
「わかってる。――皆殺しだ」
そして地獄が幕開けた。
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