雪降る街で

夕日ゆうや

オレの話。

 この物語はフィクションであり、実際の人物、団体などとは一切関係ありません。


 2011.3.11

 14時11分。

「じゃあ、そういうことで」

 オレは雪降る街をアルフォードで駆けていく。

 小さな漁村にある小さな家で生まれ育った。

 ホヤの養殖で生計を立てているが、正直割に合わない。

 高齢化も進み、今では村の八割が七十歳である。

 オレももうそろそろ六十歳を迎える。

 腰や身体を悪くして辞める者も多い。

 今日はたまたま組合と話をすべきことがあった。

 妻は遅い息子の誕生日を祝おうとしている。

 彼女はアルツハイマーがすすんでいる。

 ラジオをつけると「変わる農業」という特集をやっていた。

 なんでも米の取引価格の問題らしい。

「世知辛いね」

 オレはタバコを吹かしながら灰皿を求める。

 日本の一次産業は衰退している。

 食物自給率も下がる一方。農村や漁村から若者が流出する。

 東京へ、都市へと移り住む。

 若者が離れていけば、村は成り立たない。

 その意味を今の若者は、みんなはどう思っているのだろうか。

 一次産業の停滞。

 結果的に国民の食事がおぼつかなくなる。

「くそ。魚も捕れなくなるし」

 昔、とり過ぎたのろいが今になって牙を剥いてきたのだ。

 とれる食糧には限りがある。

 どうすればいいのか、今のオレには分からなかった。

 妻のもとにむかっている最中。


 14時43分。

 電話がかかってくる。

「私だ」

 オレは電話に出ると、車を引き返す。

「なんだって?」

 14時46分。

 ぐらっ。

「なんだ!?」

 オレは周囲を見渡す。

 地震だ。

 車でこれほどの揺れ。

「くそ。なんだってんだ!」

 オレは妻である加代子かよこのことが気がかりになり、そちらに進路をとる。

 電話は切った。

 地震で崩壊した家屋を目の前に立ち尽くす。

 携帯で連絡をとれなかった理由がよく分かる。

「くそ。加代子! 加代子~!」

 力の限り叫ぶ。

 地震で崩壊した家屋の柱がこちらに向かって倒れてくる。


 しばらく気絶していたらしい。

 目を開けると、鋭い痛みが下腹部に感じる。

 オレは腹に刺さった木材を引き抜く。

 血がドバドバと流れ落ちる。

 真っ白な雪の上に赤い血がしたたる。

 これ許容値超えてね?

 はは。オレ、ここで死ぬのかよ。

 トン。

 つま先まで冷たくなっているのが分かる。

 ついでに頭の方の血も抜けているらしい。

「かよ、こ……」

 津波が迫ってくる。


『生きたいか?』


『ああ。生きたいね。バカどもだけどオレが守りたい笑顔があるんだ』

『加代子のことはいいのか?』

『へ。あいつを守るのは当たり前だ。それ以上を求めているんだよ』

『傲慢だな』

『神にとってはそうだろうさ』

『いいだろう。くれてやる。時間を』


 トン。


 おレは……。

『オギャー。オギャー』

 おレは泣くことしかできない幼子になっていた。

 声帯が大人になっていない以上、おれは話すこともままならない。

 今は2000年らしい。

 まだ東日本大震災は起きていない。

 あの忌まわしい地震は。

 おれが10歳になった時に携帯電話をもらった。


 14時43分。

 電話をかける。

 オレの電話におれがかける。

昌義まさよし。すぐ地震がくる。高台へ逃げろ」

「なんだって?」

 直後、地震が来て電話が切られる。

「くっ。なら」

 おれは慌てて加代子の住む自宅へと電話をかける。

「はいはい」

「おれだ。昌義まさよしだ。そこから出ろ。すぐに高台へ逃げろ」

「分かりましたよ。昌義さん、お若い声で」

「……ああ。逃げろ」

 久しぶりに聞いた加代子の声が耳にこびりつく。


『運命は導く。そなたらの過去を』

 神の声が聞こえる。


 おれは加代子とはもう会えない。

 会わない。

 でもこの気持ちはなんだろう。

『そなたは純粋であった。ある意味神に最も近しいだろう』

「は。そんな評価いらないね」

 おれはそう言い、この世界の片隅で生きている加代子を想像した。


▽▼▽


「次のインタビューは不思議な電話を受け取ったという加代子さんです」

 テレビから流れてきた顔と音声に目を丸くする。

 生きていた。

 ちゃんと高台に逃げたらしい。

 おれはツーッと涙がこぼれ落ちる。

「行ってみるか。三陸に」

「父さん?」

「会いに行こう。お前が助けた彼女を」

「……うん。うん!」



                    ~完~

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雪降る街で 夕日ゆうや @PT03wing

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